2010年11月22日月曜日

辞書の話

翻訳が大詰めである。ぼくは翻訳する際にはともかく辞書を引いてばかりいる。

ふだん本を読むときはほとんど辞書など引かない。それは最初の読みだからだ。けれども、授業で使う教材と翻訳の対象の実際に訳を作るときにはかなりの頻度で引いている。それから研究対象となるテクストもそうだ。とりわけそれについて何かを書こうと思うときは、辞書は引いてばかりだ。大げさに言えば、一字一句引いている。首っ引きになっている。意味がわかるとかわからないとかの問題ではないからだ。その語が持ちうる可能性について知らないことが多すぎるからだ。ましてや文学作品となれば、考えれば考えるほどひとつの単語が曖昧に見えてくるからだ。

辞書というのは、『現代スペイン語辞典』とか『西和中辞典』とかの話ではない。スペイン語に関して言えば、たとえば、語の最もオーソドックスな定義がなされているのは王立アカデミアの辞書だと言われている。Diccionario de la lengua española. 通称DRAE (Diccionario de Real Academia Española)。古典などを読むときに参考になるのは、このアカデミアが17-18世紀に出していた辞書の最終版のファクシミリ版 Diccionario de autoridades (『権威の辞典』! とよく驚かれるのだが、この辞書によるautoridadの第一義は、「洗練、上品、上等」)だ。セルバンテスやケベードなどからの用例にあふれ、実に嬉しい。ちなみに、オクタビオ・パスは何度かこれに依拠して語の定義などをしていた。

しかし、我々外国人にとって、そしてまたスペイン語を使いこなそうとする人にとって、なんと言っても役に立つのは María Moliner, Diccionario de uso del español. 『スペイン語語法辞典』。通称、マリア・モリネールの辞書だ。マリア・モリネールという図書館司書が、独りでこつこつと20年間かけて作った辞書。その名の通り、語法などの解説が目からウロコの連続だ。ガブリエル・ガルシア=マルケスがこれを「私のための辞書」と言ったのは有名な話。そう言った文章は以前、田澤耕が訳して岩波のPR誌か何かに掲載したはず。

初版は語源順というその単語の配列が、最初のうちは引きづらい印象をもたらしたけれども、慣れればそれもまた勉強になるし、合理的。ぼくも大学院進学を決意した瞬間に金を貯めて2巻セット3万円くらいだったそれを買い求め、驚きながら使っていたものだ。以後、座右に置き続けている。

第2版で語彙は増えたし、配列はふつうのアルファベット順になったけれども、語彙が増えた分用例が減ったように思うのは残念なことだった。これをペーパーバックにして安価にしたような Diccionario Salamanca de la lengua española が出て、それがなかなかの優れものなので、これを使う頻度の方が増えたかもしれない。

第3版の出たマリア・モリネールの辞書は、その第3版をDVDとしても発売した。実は、最近、それを使用している。上の写真は第2版第2巻とDVDの箱、そして実際のPC上の画面。

第2版はCD-ROM版があったにはあったが、システムとの折り合いがうまく行かず、ぼくは使えなかった。今回もそんなことがありはすまいかと不安だったけど、Macにも(Snow LeopardにあるRosettaというソフトをインストールした上で)インストールできた。そして実に重宝している。逆引きやら表現別の検索やらと、さすがに紙の辞書ではなかなかできない検索ができるので、ますます便利だ。

ところで、先日そんな話をしたら知らない人がいたので、念のために言っておくと、アカデミアの辞書はサイト上で無料で検索できる。ガルシア=マルケスが序文を書いて話題になった(そして、これもなかなかいい) Clave: Diccionario de uso del español actual も無料だ。

日本語で、有料サイトで重宝しているのが、ジャパンナレッジJapan Knowledge。ニッポニカの百科事典や『ランダムハウス英和辞典』、『現代用語の基礎知識』などが横断検索できる。そして何よりすばらしいのは『日本国語大辞典』も検索できるということ。これもぼくは第2版が出たときに買ったのだが、出先でもこれが引けるのは実にすばらしいこと。