2020年10月26日月曜日

次の日曜日の遠出



わざとらしくこんな画像を載せてみる。



前の週の日曜に兄が死に、母が上京し、金曜に通夜、土曜に葬儀があった。


ここでは書くことがはばかられる宗教問題や、書くと長くなるので省く人間関係もあり、人の死は残された者の心痛の種でもあるのだ。いろいろあって、母を送って一泊で地元に帰ることになった。日曜日に行って、月曜日に戻った。


空港の待合室での収穫。



文(かざり)潮光(英吉)『奄美大島民謠大觀 復刻版』(南島文化研究社、1933/文秀人、1983)。


これに復刻版があるとは知らなかった。しかも復刻自体がかなり前のことで、それでもまだ空港の売店で買えるなんて! 僕はかつてこれの原版を都立図書館の目録に見つけてそれを参照した。以前発表した短篇小説「儀志直始末記」(『たべるのがおそい』Vol.7)の主要な発想源のひとつだ。



次は、みき。


神酒ではない。どのような言葉の由来かは知らない。米とサツマイモのデンプンとでつくる飲み物で、そういえばオルチャタみたいなものだ。もう少しドロドロした飲み物。これが意外と好き。



これはふねやき。「ケンムンのおやつ」だと(『奄美大島民謡大観』風に言えば、ふねは「船」のように発音されては困る。「ケンムン」のケはけでもないしきでもない。ンにいたっては存在すら疑われる。「ばけもの」では断じてない。「日本文字にはない發音である」〔13ページ〕)。黒糖の菓子なのだが、僕が認識しているふねやきよりははるかにパウンドケーキ風である。芭蕉(ばしゃ)……つまりモンキーバナナの葉が敷いてあって、歯触りを除けば、つまり風味と味は、なるほど、ふねやきだ。焼きたてですと言われて買ったのだ。うまい。



この菓子に敷かれた芭蕉の木(個体としては別物)。子どものころはこれに立派な実がなった。



廃墟風の我が家。上の芭蕉の木が向こうに見える。

2020年10月18日日曜日

日曜のお出かけ



こうして窓を写真に撮ると、二重露光したような効果を得られる。



目的地に少しばかり早く着いたので、コーヒーとガトー・ショコラでおやつ。


目的地はここ。



といっても、ノスタルジーに駆られて故郷に帰ったのではない。羽田の到着ロビーだ。来年には90歳になる老母が急遽上京することになったので、迎えに行ったのだ。休日で当日のことなので急にはレンタカーなど借りることができず、電車で行って、タクシーに乗せた。


だいぶ足腰が弱っている母が、係員に車椅子で助けてもらって上京したのは、今朝未明、兄が死んだからだ。可愛そうに。子どもの方が母より先に死んでしまった。


そんなにべったりな仲でもない……どころか、高校に入って家を出たので(兄も僕も)、離ればなれに暮らしいる期間の方が圧倒的に長い。昨年4月には癌が見つかり、治療していたので、つまりそんなに唐突というわけでもなかったし、喪失感が大きいわけでもないのだが、それでもわずか2歳違いだ。堪える。


柳原友厚(1961.12.5-2020.10.18)R.I.P.

2020年10月7日水曜日

ポロを探せ

パブロ・ラライン『エマ、愛の罠』(チリ、2019)


相変わらず悪意の冴えるパブロ・ラライン。彼に敬意を表して、僕も悪意を込めて、いわゆる「ネタバレ」(すれすれ)で書く。というか、そうしないことにはこの悪意は伝わらない。


物語の筋は、このエントリーのタイトル通りのものだと思った方がいい。ポロというコロンビア移民の子どもを養子に迎えたエマ(マリアーナ・デイ・ジローラモ)とガストン(ガエル・ガルシア・ベルナル)の夫婦は、しかし、ポロが放火事件を起こし、エマの姉が火傷を負ったことを機に施設に戻され、どうやら他の夫婦に新たに養子に出されたらしい。性病が元で不能になったガストンと12歳も年下のエマのやりとりは愛憎半ばし、まるでその種の心理劇かと錯覚させる。


一方で、ガストンはバイセクシュアルを匂わせるし、エマは実際、消防士のアニバル(サンティアゴ・カブレラ)とも、離婚訴訟のために相談に行った弁護士のラケル(パオラ・ジャンニーニ)とも、そしてレゲトン・ダンサー仲間の女性たちとも関係を持っている。レゲトンのリズムと奔放な(というより双方向に開かれた)性。これも映画が観客をミスリードするひとつの要素だ。トレイラーなどは明らかにそれを全面に押し出している。


夫婦は憎しみ合い、罵り合い、でもときに惚れ直し合いながらポロをどう扱えばよかったのかと話している。が、肝心のポロは出てこないのだ(本当は出てくるのだけど、それがそれとして知らされない)。そして、実はエマの行動はポロ(クリスティアン・スワレス)と再び巡り会うために計算されたものだったのだということが最後近くになって明かされる。


素晴らしいのは、それからラストまでのわずか5分ほどのシークエンスだ。再び巡り会ったポロをどう扱うのか。ガストンと同じツーブロックの髪(最近、どこかの高校で禁止になったとして話題になった髪型)にする。その後のことは、さすがに書かないでおこう。ここにララインの悪意の多くが詰まっている。そしてその悪意はコロンビア人の子を養子にしたメキシコ人演出家とイタリア系(といっても、この場合は演じる女優のことだが)チリ人ダンサー兼ダンス教師の夫婦が取り得る、現在では最善の、間文化的な家族とコミュニティのあり方を示唆しているのだから痛快だ。妻の踊るレゲトン(ヒップホップとメレンゲなどのミックス)を蔑むガストンと、妻がいるから他の女と関係は持てないと尻込みするアニバルの複雑な表情が、その悪意にして善意であるものを受け入れられないでいる者の心を代弁している。


ガエルがララインと組むのは3度目だが監督はこの国際的な人気者の優男/男優を困らせた表情にすることに長けている。『ジャッキー』でナタリー・ポートマンを美しくなく(醜いとまでは言えない)撮った人らしい。





マグネシウムの粒が洗濯洗剤+芳香剤代わりにいいらしいというので、買ってみたぞ。


2020年10月6日火曜日

世界が縮小している

僕は扁桃腺が悪いので、のど飴を持ち歩いている。お気に入りはAsahi のはちみつ黒糖のど飴で、これは売っている場所が限られているので、時々、困る。



先日、いつも買っていた店でブツが見当たらないと思ったら、パッケージが変わっていた。それで気づかなかったのだ。


が、このパッケージ、変わっただけではない。どうも量が減ったようなのだ。持続時間が短い。袋も開けづらくなっているし、……うーむ。値段は変わらないのに。最近、こういう例が多くないか? 値段は変わらないけれども、パッケージを刷新して、減量をカムフラージュする。


日曜の晩、ついついNHK-BSのプレミアムステージを見てしまった。


三好十郎作、栗山民也演出『殺意 ストリップショウ』鈴木杏ひとり芝居@シアタートラム。


圧倒されたのだった。1950年の作品。


ストリップショウを今日が最後だからとダンサァの緑川美沙が自らの半生を振り返る形式。兄の先輩の社会学者・山田先生を頼って上京し、最初は先生宅に住み込みで学び、後に関連の新劇の劇団に入った美沙は、先生の弟の徹男に恋をする。山田先生は社会派でいっぱしの左翼だったはずが、すっかり転向し、信奉者たちを戦争にけしかけている。その中には徹男もいる。徹男は学徒出陣で出征後、死亡。戦後、美沙はストリッパーに、そして高級娼婦に身をやつす。久しぶりに山田先生の講演会を見かけて聞きにいったら、彼は再転向して民主主義と労働運動を語っている。美沙は殺意を感じ、彼をつけ狙う……


といった話をひとりで2時間、下着姿(ダンサーの衣装としての下着、といった感じの格好。それに薄手のロング・カーディガンを羽織った姿)で語る鈴木杏は、やっぱりすごいのだ。


見終えてしばらく眠れなくなってしまった。


でも、もう授業が始まっている。つらい……

2020年10月1日木曜日

ブログもこまめに更新しなきゃと、月初めにはいつも思うのだけど……

10月になってしまった。否応なしに。授業も始まってしまった。9月の末には博士論文の審査があったりして、いろいろと大変だった。博士候補(まだ教授会を通過していないので、候補のままだが)は某私立大学に専任教員として4月から勤めることになったようだ。めでたい。



小田香監督『セノーテ』の劇場公開用パンフレットに「神話を幻視する」という文章を書いた。



『ユリイカ』10月号ペドロ・コスタ特集に「靴を脱ぐ女」という文章を書いた。



疫病を忌避してあまり出歩かないものだから、ソーラー電池式懐中時計の電池が切れた。


そして今日は「新・今日の作家展2020 再生の空間」@横浜市民ギャラリーに行ってきた。


「メキシコシティの探偵」(2020)をはじめとする4本の地主麻衣子のビデオ作品およびインスタレーションと、「震災後ノート」などの山口啓介の作品の展示。


「メキシコシティの探偵」は地主さんがメヒコで撮ってきた映像にボラーニョの詩の朗読をかぶせたもの。若きボラーニョのだらしなくロマンチックな詩が乾いたメヒコの街角を歩く名も知れぬ人々の背中に跳ね返る。


「震災後ノート」は圧倒されたので、帰宅後、授業の準備ノートがいつもより綿密になった。影響を受けやすいのだな。展示は10月11日まで。


ついでながら、今期の授業ではマリオ・バルガス=リョサ、オクタビオ・パス、アルベルト・ルイ=サンチェスなどを読む。


2020年9月16日水曜日

ゆっくりと緞帳が下りてきて、そして……

長田育恵作、栗山民也演出『ゲルニカ』@パルコ劇場(パルコ・オープニング・シリーズ)



僕は新生パルコ劇場のオープニングでピーター・シェーファーの『ピサロ』(35年前の同じパルコ劇場での上演を観に行ったのだ)を観に行く予定だったのだが、このたびのコロナ騒ぎで公演は中止、払い戻しを受けたのだった。その代償というわけでもないが、観に行ってきたのだ。『ゲルニカ』。



二幕もので、地元の盟主の娘サラ(上白石萌歌)の結婚の日に内戦が始まり、婚約者のいとこテオ(松島庄汰)が反乱軍側に参加したために婚礼は中止、そのサラが当然ファシスト側である母マリア(キムラ緑子)の許を離れるまでが第1幕。今は家を出て飲食店を開く元料理人のイシドロ(谷川昭一朗)の店に身を寄せながらバスク民族派の若者たちの中で暮らしているサラが、数学者の道を捨てて人民戦線軍に参加したユダヤ系のイグナシオ(中山優馬)――テオを殺した――と知り合い、ゲルニカの爆撃の日を迎えるまでが第2幕。外枠としてイギリスとフランスから戦争の記事を書くためにやってきた二人のジャーナリスト、クリフ(勝地涼)とレイチェル(早霧せいな)と彼らが書いた記事が存在する。


第1幕の最初と最後、それから全体の最後近いクライマックスでは「月曜日」「午後4時半」を強調する歌をキャストたちが全員で歌う。一瞬、ミュージカルなのかなとも思うが、そうではない。これはこの日時が運命的に指定されていることを示唆してガルシア=ロルカ「イグナシオ・サンチェス=メヒーアを悼む」を思わせる。サラとイグナシオの運命の出会いを血の問題として提示するところなど、伝統的なスペイン的テーマを意識しているようで重層的だ。そしてこのふたりの血の問題は多く語られるわけではないが、いくつかの劇の展開をほのめかし、一種の謎を作っている。無粋な謎解きはしないところが何よりもいい。脚本の勝利。



回り舞台を活用しつつシンプルに作ったセットもともかく、爆撃の瞬間の表現がすばらしい。タイトルにほのめかしたので、僕もこれ以上は言わないようにしよう。上白石萌音はTVドラマで人気を博したようだが、妹・萌歌は舞台映えのする女優なのだった。



この種のものにしては厚いパンフレットには金子奈美がコメントを寄せている。彼女自身が書いているように、彼女の訳したベルナルド・アチャガ『アコーディオン弾きの息子』(新潮社、2020)とともに楽しんでいただきたいと思うのであった。

2020年9月9日水曜日

金持ちになれるだろうか?


こんなのを買った。財布だ。


今まで、HerzのL字型の財布(いちばん手前)か、それを模した(いや、どっちが先かはわからないHerzがこれを模したのかもしれない)土屋鞄の、ほんの少しHerzのそれより大きめの同型のやつ(真ん中)を使っていた。交互に。


が、これはこの真ん中のしきりに小銭を入れておくと少し取り出しにくいのが難。


で、これは土屋鞄だが、少し厚みをつけて、かつ、縫い合わせの部分を縫い合わせではなく蛇腹にした製品。小銭も取り出しやすそうだ。


まあ、最近はあまり現金での買い物はしないのだが。


パスタ入れになるちょうどいいケースもあったので買った。


そして、油入れ。もっと幅広でぼてっとした、色もケバいものを使っていたのだが、百円均一ショップで細身の銀色ステンレスのものがあったので、迷わず手に取った。これは現金よりは頻繁に使うかもしれない。

2020年9月7日月曜日

身体を馴らす

集中講義が始まった。

このところ2年連続で名古屋に行っていた、あの続きだ。今年も名古屋に行く予定だったのだ。


ところが、行けなくなった。授業はオンラインになった。交通・宿泊費がもらえなくなった。些細な額だが。


接続環境などを考え、自習などを活用してやるようにとの要請があったので、zoom で接続する時間は少なめに抑えつつやるつもり。そのために授業の進行のしかたを少し変えることにした。



8月の末に年をひとつ重ねた。それを祝って教え子たちとオンライン飲み会をした。そのときのために取り寄せたのは下北沢テピートからの料理。


9月に入ってからまたブログの更新を怠っていたのだが、その間に原稿を4本、仕上げた。何の原稿かは、活字になるときにでも。



椅子の背もたれのクッションを外せばだいぶ部屋が広く感じられることに気づいた。悪くない。

2020年8月24日月曜日

小さい男だ

以前書いたように、僕は通常、Mac Book Air をそれより大きなディスプレイにつなぎ、Bluetooth でMagic Keyboard および Magic Trackpad を使って作業をしている。


が、最近、どうも仕事を怠けがちなのはこの配列のせいなのではないかと疑われることがあった。


へい。逃避です。


が、実際、ディスプレイから外して、Mac Book Air を Mac Book Air として使っているときの方が、仕事ははかどるようなのだ。いろいろと検証して改めて確認した次第。


キーボードのタッチはあきらかにMagic Keyboard の方が良い。ディスプレイだって大きい方がいいに決まっている。見やすいし、なにより、スピーカーも内蔵でそれがなかなかいいものだから、映像などは接続して見た方が遙かにいいに決まっている。でも、なんというのだろう? キーボードとディスプレイの角度や距離、バランスというか、そういうものを総合的に考えると、外付けのディスプレイは、それで作業するために身構えたり姿勢を変えたりしなければならないようで、そのために、仕事に没入するのが難しいようなのだ。


実際の物理的な説明は、僕の納得したとおりなのかどうかは知らないが、ともかく、つらつらと考えてみれば、たとえばボラーニョ『野生の探偵たち』の翻訳をしていた際、もっともはかどったのが非常勤先の大学の講師控え室だったことなども、単に環境の問題ではなく、ラップトップをラップトップとして使ったという、ツールの問題も作用しているのかもしれないと思う。


21インチ(だったと思う)の大画面を棄て、かくして13.3インチの小さなディスプレイに快適さを感じるようになってしまった。俺はスケールの小さな人間だ。


ディスプレイは端に寄せ、これからは映像を見るときだけ接続することにしようかと思う。

2020年8月9日日曜日

「さらばボルヘス、天才作家よ、嘘つきの老人よ」

Mario Varas Llosa, Medio siglo con Borges (Alfaguara, 2020).


バルガス=リョサはこれまで枕になりそうな、敷石になりそうな本をたくさん書いてきた。その彼が「半世紀」ものボルヘスとの関係を書くというのだから、それはそれは大部なのだろうと思ったら、わずか百ページ強だった。


……まあ、確かに、バルガス=リョサとボルヘスとは相容れないようだと僕も思う。バルガス=リョサがボルヘスについて書いた文章はそんなに多くはないのだろうと思う。


本書には63年と81年、二度にわたる対話、もしくはバルガス=リョサによるボルヘスへのインタヴューが掲載されている。それが思いのほか面白い。そしてまたその対話が二人の作家の決定的に相容れない性格と、それでも不思議と共通の作家への高い評価という点での一致をあぶり出している。


二人が一致して評価している作家というのはフロベールとコンラッドだ。バルガス=リョサがフロベール論を書き、コンラッドに深く関わる小説『ケルト人の夢』(たぶん、近々、邦訳が出るはず)を書いていることは周知のこと。ボルヘスはパリでの最初の対話(バルガス=リョサがラジオ・フランスの文化コーナーを担当していたころのものらしい)において、バルガス=リョサに対し、モンテーニュとフロベールからは影響を受けたと肯定し、かつ、「たぶん、誰よりもフロベール(の影響を強く受けた:引用者補足)と思う」(18)と言っている。さらに『ボヴァリー夫人』と『感情教育』のフロベールか、『サランボー』と『聖アントワーヌの誘惑』のフロベールかという質問に対しては第三のフロベールがいる。『ブーヴァールとペキュシェ』のフロベールだ、と応えている。


コンラッドに関しては、バルガス=リョサがボルヘスの家を訪ねて行ったインタヴューの際に水を向けている。その時はボルヘスはコンラッドに関しては多くを語らなかったけれども、その対話と同時に掲載されたらしいバルガス=リョサの文章「家中のボルヘス」で、コンラッドについては詩を書いているではないか、と指摘している。(この記事の表題はこの文章の中の一節)


しかし、やはり二人の気質の違いは顕著で、そのことはバルガス=リョサ自身も自覚しているのだろう。「彼は私の言うことを聞いているのだろうか? たまにしか聞いていないという印象だ。特定の対話者、目の前にいる血肉を備えた人物、でも彼にとっては陰に過ぎないかもしれない人物に向かってしゃべっているのではなく、抽象的でたくさんいる聴衆にしゃべっている(略)」(26-7)ようだとの戸惑いを見せている。


ボルヘスののらりくらりと冗談で交わす会話の方が好きな僕としては、バルガス=リョサがそう感じるのは彼が真面目すぎるからだと言いたくもなる。ブエノスアイレスのボルヘスの自宅での対話の冒頭、自身の本、および自身に関する本がないと不思議がるバルガス=リョサに対し、ボルヘスは言う。


JLB:最初に出たやつ(私についての本:引用者注)は読みましたよ。メンドーサで独裁制のころに出されたやつ。

MVLl: どの独裁制ですか、ボルヘスさん? というのも残念ながらいくつも……

JLB: あの独裁ですよ……その名は思い出したくない。(de cuyo nombre no quiero acordarme.)

MVLl: それに口に出したくもない。 (Ni mencionarlo)(30)


ボルヘスの「その名は思い出したくない(思い出せない)」はもちろんセルバンテスからの引用だ。バルガス=リョサだってそのことを充分知っているはずなのに、最後の1行を加える。無粋だな、と思うのだ。「独裁制」という言葉に引き摺られ、引用の遊びではなく、ボルヘスの独裁制への嫌悪感を読み取り、そこに共感するつもりで言葉を足しているのだ。


正直言ってこのふたつの対話以外の文章をまだちゃんと読んではいないのだが、対話は少なくとも、ボルヘスへの興味からみて面白い。相容れなさを前面に押し出して愚直に政治的なことなども質問するバルガス=リョサのインタヴュアーとしてのそれが手腕なのかもしれない。63年当時のパリでのボルヘスに対する熱狂もうかがい知れるし、2つ目の対話では最後にノスタルジーというキーワードを引き出している。


外語時代の教え子が1日に亡くなった。病気療養中だった。同期のある友人が彼女に会いたがっている、となぜかメッセンジャーのような役目を果たし、一段落ついたら3人で会おうと連絡し合ったのが3月17日のことだった。それが最後になった。悲しい。