2019年3月15日金曜日

悩ましいことばかり


既に何度も書いていることだが、例外はあるものの、情報はひとつのノートに集中させている。日記、メモ、読書記録、草稿、等々。理科系の研究者にとっての実験ノートのような用途も担わせている。

基本的にはモレスキンのソフトカバーを使っている。が、そればかりだと飽きるので、最近は他のノートと交互に使うことも多い。渡邊製本謹製BOOKNOTEが最近のお気に入り。今使っているモレスキンがあと十日もすれば使い終わりそうなので、新しいノートを注文した。

が、そんなときに限って、この渡邊製本、新商品をこれ見よがしに繰り出してきた。悔しいじゃないか、万年筆向けのノートと来た。何やら万年筆愛好家の間で評判のトモエリバーとかいう薄くて軽くて、しかしにじみの少ない紙を使ったノートらしい。

うむ。ふだん万年筆を使う身ではあるが(ペリカンのスーヴェレーンとモンブランのマイスターシュテュックを交互に)、中途半端なこだわりしかないので、知らなかったぜ、トモエリバー。さっそくそれも注文したさ。

なるほど、書き心地はいい。吸い取り紙までついている。

しかしなあ……

これまで方眼ノートを使っていた僕はこの方眼をちょっと重く感じるようになって、久しぶりに無地に回帰しようと思ったのだよ。だからBOOKNOTE は無地のものを注文したのだ。それなのに、この万年筆用新作CROSSFIELD は方眼紙なのだな。うーむ……

世界はなぜ僕を悩ませようとするのだろう? 

まあいいや。さて、問題は、この新作をどんな用途で使うか、だな。普段使いのノートにはその場に応じて鉛筆やボールペン、ローラーなどで書き込むこともある(基本は万年筆だが)ので、従来のBOOKNOTEを充てるとして、CROSSFIELD はどうすべきか? 

きっとこれも普段使いに回すのだろうな。

2019年3月4日月曜日

これも聖地巡礼。たぶん。


観光旅行のようなことはあまりしないのだが、ホテルはコロン劇場

のすぐ前だし、中心街なので、大統領官邸Casa Rosada

なんてのも歩いてほどなく行ける。エビータとペロンが邂逅を果たしたルナ・パーク

なども。

今日は、セサル・アイラの作品によく出てくるフローレスFlores地区に足を運んでみた。雰囲気を知っていると知らないでは違うかなと思ったのだ。

なるほど、瀟洒、とは言えないが住宅街で、なんと、地上の鉄道まで走っている。

公園にはこんな(見えるだろうか?)

緑の鳥までいた。鳩に混じって。

ところで、北からの日差しが方向感覚を狂わせると2日前に書いた。もうひとつ感覚の狂うことがある。何か?

ブエノスアイレスの地下鉄は左側通行なのだ! 少なくとも僕がこれまでに乗った3路線はいずれもそうだ。

これにはびっくりだ。僕はてっきり、車が右側通行である都市では地下鉄や鉄道も右側通行なのだと思い込んでいた。東京は車も電車も左側通行。メキシコは車もメトロも右側通行。しかし、ブエノスアイレスは違ったのだ!

これはあれかな? 丸ノ内線の車両を払い下げて使っているということと関係あるのかな? ただし、僕は丸ノ内線の車両は見ていないのだが。

地下鉄の表示は面白い。「現在地」を示すのに "Usted está aquí" (あなたはここにいます)などと書かず、"VOS" 

である。「お前」なのだ。なんかすてきだ。

2019年3月3日日曜日

聖地巡礼……なのか?


こちらはまだ2日土曜日。この日はお定まりのコースとして書店 El Ateneo に行ってきた。

劇場を改修した書店で、BBCが世界で最も美しい書店のひとつに選んだ奴だ。実際の El Ateneoはもう何店か存在していて、僕はそのうちのひとつに到着初日に行ったのだった。フロリダ通りにふたつある店舗のひとつ(あとで訊いたら、ひとつはもう閉店したのだそうだ。つまり、フロリダ通りにはひとつしかない)。あの「フロリダ派」と「ボエド派」(ボルヘスのころのふたつの対立する文学グループのことだ)のフロリダだ。繁華街なのだ。で、BBCで話題のこの店はサンタ・フェという通り沿いにある。

サンタ・フェ通りには Galería がたんさんあった。ひとつの建物の中にたくさんの小さな店舗が軒を連ねる商業施設だ。セサル・アイラの「試練」では、こうしたGalería内のスーパーマーケットを主人公たちが襲うことになる。映画『僕と未来とブエノスアイレス』の舞台になったのも、galería内の店だった。

さて、El Ateneo。さすがに観光客がいっぱいで、皆、写真を撮っていた。

かくいう僕も撮ったわけだが……

そして何より感心したのは、1階桟敷席が読書室になっていること。

2階に行くと、桟敷だった場所がこのように仕切りを取り払われて全体が回廊になっていることがわかる。

僕が探しているたぐいの本は古本が主なので、あまり新刊には興味がないのだが、それでもカタログ・ショッピングだけではわからない雰囲気をつかみ、見逃していた本を買うために行く。

フィクションではセサル・アイラとサマンタ・シュウェブリンを買った。アイラはSFなんて書いてあるものだから、絶対に変なSFだろうとの確信をもって。シュウェブリンは冒頭が「三人が最初にしたことは胸を見せることだった」なんてな感じだったので、ついつい、なんだか、引き込まれて……

もちろん、店内のカフェで食事をしたのだった。(下はカフェから見た店内)

その後、古本屋巡り。


2019年3月2日土曜日

時差を抱きしめて


東京とブエノスアイレスの時間差はちょうど12時間。無理して時計を変えずともいい。その意味では楽だ。旅行中は時差ぼけをあえて直そうとはせず、早寝早起きの生活を送る。ホテルの朝食の前にかなりのまとまった仕事をする。

それから出かけていく。地下鉄はSubeというカードで利用する。街角のキオスクで120ペソだっただろうか? 180? まあいいや、それにさらにいくばくかチャージする。

今日、1日を過ごしたのは、ここ。

空の青と芝生の緑の対照が鮮やかなのは、ブエノスアイレスの空が美しいのか、写真の映りがいいのか。ともかく、国立図書館だ。これはその前庭、というのかな?

おや? あそこに何やら見覚えのある人物が……

アルフォンソ翁ではありませんか!

アルフォンソ・レイェスは1927-19301936-1938年の間、在アルゼンチンのメキシコ大使をしていた。その間にボルヘスらと親好をむすび、彼に影響を与えたことはつとに知られている。そのレイェスの銅像がブエノスアイレスの国立図書館の庭にはあるのだ。教えられて知っていたけれども、あらためて見ると、感無量。

思ったほどの成果は得られなかったけれども、ともかく、ある種の雰囲気をつかむことはできた。アーカイヴ調査は、そこが大事だったりするのだ。成果としての情報もともかく、時代の雰囲気を感じ取ること。

それにしても、もう眠くてしかたがないのだ。

2019年3月1日金曜日

南米のパリたるゆえん


ブエノスアイレスが「南米のパリ」を自認するゆえんのひとつは、こんな街角のつくりにある。オベリスクの周囲がディアゴナルになっていて、建物の高さとファサードがそろっている。



それにしても、夏の昼間の日差しが北から照りつける事実は、思いのほか感覚を混乱させるものである。


『文学ムック たべるのがおそい』Vol.7(書肆侃々房)。ここに「儀志直始末記」という短編小説のようなものを書いている。島唄の「儀志直」を基にした短篇のようなものと、それの作者と思われる人物についてのボルヘス的遊びを試みた「編者注」からなるもの。

このムックの編集長を務める西崎憲さんに、あるところでお目にかかったときに、「君も何か書くの?」と言われて、こんなものができました、と持っていったら、採用していただいた。

ブエノスアイレスでゲラを読む。

2019年2月23日土曜日

ヘビと魚と独裁者


今度、こういう催しをやる。

アメリカ大陸のブラックミュージック@共立女子大学

同大学の福嶋伸洋さんが企画したもので、南北アメリカというか、アメリカズというか、4言語横断の黒人音楽の痕跡を文学などにたどるもの。僕は「ヘビの踊り」について話す予定。カルペンティエールの小説の主要なモチーフのひとつだ。

その数日後には、まだ情報が解禁されていないので、あからさまに言うことはできないが、なにやら魚について7分ばかりの短い話をする。

そして、3月25日にはこちら(リンク)。

飯田橋文学会の〈現代作家アーカイヴ〉の一環として池澤夏樹さんにインタヴューする。

平野啓一郎さんの発案で始まったこのシリーズはインタヴュイーたる作家に自作の中から3作を選んでもらい、主にそれをめぐって自身の創作活動を振り返っていただくというもの。

池澤さんが選んだのは『マシアス・ギリの失脚』『花を運ぶ妹』『双頭の船』の3作。僕はやはり独裁者小説『マシアス・ギリの失脚』で池澤さんに注目するようになった人間なので、これが1作目に選ばれるのは嬉しい。

楽しみ。

東大本郷キャンパス法文二号館2番大教室。



2019年2月12日火曜日

不倫の代償?


何度か書いていると思うが、新国立劇場演劇研修所の修了公演にご招待いただく。今年、12期はアーサー・ミラー『るつぼ』がその演目だ。水谷八也翻訳、演出は現在の同劇場芸術監督・宮田慶子。

『るつぼ』はセイラムの魔女裁判(このバージョンではセイレムと表記)を扱った戯曲だ。マッカーシズムの嵐が吹き荒れるころに書かれたものだ。映画『クルーシブル』(1996)の原作。

セイラムの魔女裁判は、ニューイングランド植民地の同名の村で十七世紀に起こったもの。若い女性が集団ヒステリーから魔女を名指しし、始まった裁判では次々と魔女認定がされ、何十人もが絞首刑になった。

ミラーの戯曲は魔女を名指しして聖女のように扱われたアビゲイル・ウィリアムズ(川飛舞花)が、奉公に出ていた先で関係を持った農場主ジョン・プロクター(河合隆汰)の妻エリザベス(永井茉梨奈)に抱いた嫉妬をそもそもの中心に据えている。プロクター夫妻のキリスト教徒としての倫理観と集団ヒステリーへの態度が2幕以降の展開を支える。

魔女裁判の特徴は告白にある。魔女を見たと告白した者は、罪を認めたとして罰が軽減されるというパラドックスが成り立つ。その点はたとえば『裁かるるジャンヌ』のジャンヌ・ダルク裁判と変わりない。問題は、罪を認めることはキリスト教徒としての堕落を意味し、自らの名を汚すことを意味するということ。名を汚して生きながらえるか、立派なクリスチャンとして死んでいくかの問題だ。この場合、いずれの選択もあきらかな狂気への屈服をも意味するから耐えがたい。

法廷の場面こそないが(裁判所の控え室の場はある)、罪を認める認めない、何が罪であるかないか、などをめぐる言葉のやりとりの劇なので、裁判劇の変種と見ていいのだろう。緊迫感たっぷりであった。

このできごとを題材にした小説に、マリーズ・コンデ『わたしはティチューバ』がある。事件の発端となった少女たちの集会で、魔術を使ったとされるバルバドス出身の女性を題材にしたものだ。風呂本惇子・西井のぶ子訳で邦訳がある(新水社、1998)。訳者の風呂本による「あとがき」ではティチューバをこのできごとの重要人物のひとりとして登場させた先駆的作品が『るつぼ』だとのこと。

2019年2月10日日曜日

今日から僕もポメラニアン!


怒濤の論文審査週間が終わった。博士論文1本、修士論文5本、学部卒業論文12本。やれやれ。

とあるTV番組が終わるらしく、そのことを嘆くツイッターの書き込みをよく見た。新刊本の作者を呼んで話を聞くという番組だ。僕も何度か見たことがあるが、なにぶん、深夜の番組なので、なかなか頻繁にはチェックできない。TV番組を録画して見るようなことはめったにしないので、たまたま起きていたときくらいしか見ない。

で、その終了が予告されたあと、久しぶりにその時間まで起きていたので、見た。

吉本ばなながゲストだった。

彼女の家の紹介があった。彼女はよくポメラで書いているとのこと。

ポメラ。実は前から気になっていた。特に吉本ばななに思い入れはないが(むしろ彼女の父親をよく読んだ)、気になっていたポメラで書いていると聞くと、欲しくなるじゃないか。

で、ここ数日、ポメラを使っている。DM200。なかなかいい。縦書きや反転表示も可能なのがますます嬉しい。ファイルはテキストファイル。

僕は以前、こんなこと(リンク)を書いたのではあるが、今ではMS Word (for Mac) はほとんど使っていない。重いのだ。長い文書だと処理に手間取ってもどかしい。だから今ではエディタでテキストファイルかリッチテキストファイルにして書いている。主にiText Proというソフトを使っている。そんなわけで、テキストファイルを生成してくれて、PCとのリンクもできるこれは、なかなかのすぐれものではないかと思う。もちろん、キーボードはPCよりも小さめなので、慣れる必要があるが、タッチは悪くない。

余談だが、親指シフトキー愛用者にはその配列もできるという。僕は親指シフトはできないのだが、それにこだわるひとには朗報に違いない。(フィルムに包まれたままなので、写真が見栄えが悪い)


2019年2月5日火曜日

届いた!


久しぶりに本棚を増設したのだ。乱雑に床に置かれていた本をこれで収納できる。

やれやれ。

しかしこれもすぐにいっぱいになっちゃうんだろうな。

ところで、この場所はこうなっていたはずだ。

あのちっちゃいのに大容量の棚はどこにいったのか?

ここでした。

枕元。地震があったら本当に怖い。でもまあ、これくらいなら、大丈夫だ。たぶん。

2019年1月3日木曜日

おせちもいいけどステーキもね


正月らしいことをしたくなった。それどころではないのに。

正確にいうと、休暇らしいことをしたくなった。

明日14日には教え子……いや、呑み仲間たちと新年会だ。計画を立てる際に最初、アルゼンチン料理店が候補にあがった。5日からの営業とのことで、他の店に決まった。

アルゼンチン料理と言えば、肉だ。牛肉だ。それをグリルする。アサードという。グリルではないが、その行けなかったアルゼンチン料理の敵を取る(?)ために、昨日はステーキを食した。まあ、これは正月らしいことではないが、あえて、それでタイトルに使った。タイトルはククレカレーか何かのCMのコピーのもじりだ。おせちもいいけどカレーもね。キャンディーズが歌っていた。ある年代以上の人にとっては、正月の風物詩だ。

で、休暇らしいこと。映画館で見損なった映画を見た。たとえば:

ミシェル・アザナヴィシウス『グッバイ・ゴダール!』(フランス、2018

ジャン=リュック・ゴダール(ルイ・ガレル)と妻アンナ・ヴィアゼムスキー(ステイシー・マーティン)の話だ。彼らが『中国女』で出会い、結婚し、分かれるまでの話。1967年から始まるので、これもまた68年を扱った映画と言っていい。ゴダールがカンヌを中止に追い込み、ジガ・ヴェルトフ集団を作って自らの全否定に走った時代の話だ。周囲との軋轢が深まるにつれてアンナへの嫉妬を深め、一度など自殺未遂にまでいたり、彼女に愛想を尽かされる。ヴィアゼムスキーの回想が原作なのでゴダールが実に憎たらしくて口うるさい、小難しい人物に造形されている。

カメラを見つめての台詞や、字幕を使って言葉の裏の本音を表現するなど、ゴダールその人への目配せも怠らないが、何よりもこれは、彼が68年の喧噪で4回も眼鏡を落として駄目にする話でもある(4回目はラジオで伝えられるのみではあるが)。メガネ、メガネ、ってなもんだ。横山やすしだ。

昨日、「Macの小さいの」と書いたのは、これのことだ。MacBookAir

そして最近は、机のスタンド、ベッドわきのスタンド、椅子わきのスタンドだけで夜を過ごしている。このくらいだと集中力が出る。