2017年7月17日月曜日

文学を読み・書き・動いてきた。

昨日は現代文芸論研究室創立10周年記念シンポジウム「文学を読む・書く・動く」に出席してきた。出席というか、開催してきた。

まずは沼野充義、柴田元幸、野谷文昭の三氏による現文創設時の思い出。

次の第一セッション「文学を読む」の司会をした。パネルは福島伸洋さんとマイケル・エメリックさん。

福嶋さんはボブ・ディランの話から始め、詩は元来、音楽であったと文学史に話を広げ、孤独な黙読、韻のことなどを話した。マイケル・エメリックさんは、立命館に留学時代、日本語の本を集中して読んでいたが、ある日、ふとイェイツの詩を紐解いてみたところ、言葉が炸裂するような感覚を得たこと、感覚遮断によるそうした体験から、読まないことについて考え、たとえばまだ読めない子供たちの言語のあり方を紹介しつつ、自身の炸裂体験にも共通するある爆発を感じているはずの子供たちの経験に思いを巡らせた。

第二セッション「文学を語る」は阿部賢一さんの司会。平野啓一郎さんが子ども時分に作文にフィクションを書いていたこと、自身の「分人」という概念から創作する自己を語れば、千野帽子さんがそれを理論的に後付け、中核自己と自伝的自己について語った。

第三セッション「文学を動く」では司会の沼野充義さんが西成彦さん今福龍太さんそれぞれを紹介しながら2008年に出た二人の本のことを紹介、西さんは自身の足跡を語り、脱領域の知性(extraterritorial)が治外法権でもあることを説いた。今福さんは今年死んだ3人の作家のことを語った。

満員であった。(写真は沼野充義さんのFacebookから)


盛況であった。

2017年7月9日日曜日

地獄よりも暑い

7月5日(水)にはかねて予告のとおり、マドリード・コンプルテンセ大学の教授、ダマソ・ロペス=ガルシア博士に「ジェイムズ・ジョイスとフリオ・コルタサル」という題でご講演願った。ロペス=ガルシア博士は博学な人で、『ユリシーズ』と『石蹴り遊び』の似ている点、異なる点、意義の相同性などについて語った。

7月6日(木) メキシコ大使館にプラネータ社(出版社)のプロモーションのためのプレゼンテーションを聴きに。田村さと子さんや宇野和美さん、そしてきたむらさとしさんらの話を聴きに行った。

この日、大学で受け取ったのが、これ。

『文藝』秋号。ここに「戦後文学が読みたい」という1ページの文章を書いている。特集の一環だ。特集は堂々の読み応えだ。

7日(金)にはあるところに行ったのだが、その途中、公園に寄った。

鯉ってこうしてみると、意外に……

8日(土)は立教の口座。『ポーランドのボクサー』の表題作を読んだ。僕が気づかなかったある読みについての示唆をいただいた。皆さん、なかなか鋭いのである。


9日(日)溶けている。

2017年7月4日火曜日

補色

さて、赤を脱し、黒いケースにしたiPad mini (2) なわけだが、昨日、記事を投稿してからあることに気づいた。

iPad mini が見つからない。見失ってしまう! 

たぶん、黒だからみつからないのではないと思う。ずっと赤で認識してきたから、黒を見落としてしまうのだと思う。慣れれば、たぶん、大丈夫……?

ちょっと前にこんなノートを見つけた。渡邊製本謹製BOOK NOTE(リンク)

もう何度も書いているが、ふだんはMoleskineを使っている。

が、たまには気分転換したい。それに、以前書いたように、ノートの形状や色、形などとともにそこに書いた内容を記憶していることも多い。以前、ある本を読んでメモを取ったはずだが、とそれを思い出そうとすると、あ、そういえば、あのノートに書いたのだった、と思い出す。

そんなわけで、たまにはMoleskine以外のノートも使う。それで、今回はこれを注文したのだった。僕はどうも広告に弱いらしい。

が! 

その後、持ち物が赤ばかりなのにうんざりして、赤を脱出したのだった。それなのに赤いノートを注文しちまったぜ! 

……でも大丈夫。

補色の緑も買っておきました。次はこの緑を卸すことにしよう。

渡邊製本は今月5日(明日だ)からの世界文具・紙製品展に出品するそうで、それを記念して「粗品」をあげるとの手紙がついてきた。

「粗品」というのが、右に見える灰色の紙。買う前の本に挟まっているあのスリップの形状をしたメモパッド。


すてきだ。

2017年7月3日月曜日

赤と黒

選挙が終わった。

気づいたら身の回りに赤いものが増えていた。共産主義者じゃあるまいし。還暦までもまだ少しあるのに。

昨日のファイルケースも、それからメガネケースも赤。さすがにちょっと行き過ぎだ。

iPad miniの赤いケースがだいぶ黒ずみ、くたびれてきたので、黒いのに換えてみた。別にファシストになったわけではない。

売り場にはiPad mini4のケースばかりが並んでいたので、これはiPad mini2と共通なのかと訊ねたら、店の従業員は即座に、違います、と答えた。4の方が薄いんです、と。つまり、僕の持っているiPad mini 2 はこれよりも厚いのだと。で、片隅にあった以前のヴァージョン用のケースを教えてくれた。

うむ、「違います!」と答えたときの彼女の表情が何やら勝ち誇っているように見えたのは、僕のひがみ根性だろうか? 


そうか、iPad mini4 ってこれよりも薄いのか。だったらいっそのこと、iPad mini4を買っちゃおうか、てな気になるのが人情というものだが、さすがにそれはやめた。こうして僕のiPad が黒くなった。

2017年7月2日日曜日

日曜日には部屋を片づける

今日のポテトサラダはことのほかうまいのだ。

ひとつの地獄からもうひとつの地獄に移り住むだけのことが決定したこんな日に。

日曜日は気分転換に部屋の片付けをしてみた。少しスッキリした。誰かを家に招きたくなった。

そんな時に届いた荷物がこれ。

バッグ内のバッグとしても、あるいは手持ちでも使えるもので、ちょうどいい具合にPCが収まるものが欲しかった。鞄が革のもので、汗をかくと色落ちが心配なので、バックパックとして背負うことはせず、肩掛けで使っている。そうするとPCが重くてしかたない。肩掛けの鞄の際にPCなどを手持ちにできるものが欲しかったので、だいぶ前に、ファイルケースとともにいつものHERZに注文していたのだ。それが忘れたころにやって来た。


ポテトサラダを入れる弁当を持っていくのもあと2回。(つまりあと2週で授業が終わる)

2017年7月1日土曜日

告知2点


マドリード・コンプルテンセ大学のダマソ・ロペス=ガルシア先生による講演「ジョイスとコルタサル」。


現代文芸論研究室創立10周年記念シンポジウム。文学を読む、語る、動く。

ぜひ!

立教のラテンアメリカ講座、文学の授業ではエドゥアルド・ハルフォン『ポーランドのボクサー』松本健二訳(白水社、2016)を読んでいる。これが面白いのだ。

日本語版『ポーランドのボクサー』は同名の短編集、中篇『ピルエット』、同『修道院』のそれぞれ一部を編み直したもの。しかし、たとえば『ポーランドのボクサー』所収の「白い煙」と『修道院』とに連続性があるので、後者の第1章である「テルアビブは竈のような暑さだった」と「白い煙」を続けて読むと(日本語版『ポーランドのボクサー』はその順に配置されている)独自の面白みが生まれる。立教は公開講座でいろいろな人がいるので、反応も様々で面白い。


『ポーランドのボクサー』冒頭の「彼方の」についての話を中心に、上記シンポジウムでは話をしようかと思う。

写真はイメージ。@治一郎カフェ吉祥寺。

2017年6月17日土曜日

散歩で乱歩

立教大学にラテンアメリカ研究所というのがある。そこがラテンアメリカ講座という市民講座を開設している。その講座には文学の授業があって、今年、それを担当している。最初の3回くらい軽く講義のようなことをして、後は実際の本を読んでいる。

まずはジョシュ『バイクとユニコーン』見田悠子訳(東宣出版)の短篇を一篇ずつ読んできて、今日が最後の一篇だった。話すと長くなる理由から2番目に掲載されている「生ける海」が最後の1作。なかなか面白かった。

終わって向かい側の歩道(中高や五号館のあるところ)に渡って歩いていると、「乱歩邸公開中」とある。

熱心な読者でもないので致し方ないのだが、実は江戸川乱歩がこの近くに居を構えていたことは知らなかった。その住居が立教大学に譲渡され、大学の大衆文化研究センターの管轄下にある。通常の公開日でもないのだが、今日は特別に公開していたようだ。

見てきた。

応接間の隅にはライティングデスク。その前面にはブリタニカの百科事典が並べてあった。

土蔵は書庫。そういえば、以前、何かのTV番組でこの中にカメラが入ったのだった。みたことがある。整然とした書庫は羨ましい。

この蔵全体が書庫なのだ。

びわもなっている。

枯れているものの池であることは間違いない。


で、帰宅後、エドガー・アラン・ポーなど読んで過ごしている。来週の授業に関係する事柄だ。

2017年6月15日木曜日

Id est...

つまり(……昨日の続き。『笑う故郷』のダニエル・マントバーニが1976年に故郷を出てバルセローナに渡ったらしいということは)、ダニエルは政治亡命者かもしれないということだ。故郷も石もて追われた身かもしれないということ。彼は自身の小説の題材としては一貫して故郷のことを選んでいる。映画内で紹介される作品のストーリーを見るに、田舎の閉塞性やそのように閉塞した社会で起きた凄惨な事件などを扱っているらしい。それは故郷にとっては不名誉な事件であり、それを暴くダニエルは不名誉な存在であるだろう。

その不名誉市民ダニエルが、今、ノーベル文学賞という、いかにもわかりやすい、大衆的な名誉へと変換した。故郷の町サラスは、実はダニエルが自分たちにとって不名誉であり得るということを知ってか知らずか、彼に名誉市民の称号を与えたのだ。

逡巡の末にダニエルが帰郷を決意したのは、あるいは昔の恋人イレーネが忘れられないからかもしれない。ダニエルは独身だとされるが、彼は彼女を思い、結婚してこなかったのかもしれない。そう考えるのがドラマティックでありロマン的(小説的)でありロマンティックだ。彼女と別れねばならなかったということは、ダニエルの出国が不可抗力によるものであったことを示唆しているようだ。ダニエルが亡命者だとの解釈を強化する要素だ。

1976年の軍事独裁政権による人権弾圧(いわゆる「汚い戦争」)や、それに先んじるペロンらのポピュリズムによって国を出たアルゼンチン人頭脳は少なくない。エルネスト・ラクラウやワルテル・ミニョーロ、ミゲル・ベナサヤグらのように、他言語(英語やフランス語)で執筆する(した)知識人もいる。亡命者1・5世のラウラ・アルコーバもフランス語で書いている。彼らは国の体制には必ずしも都合の良くないことも書く。不名誉市民だ。と同時にアルゼンチンという国を世界に知らしめもする。名誉市民だ。ダニエルはそうした(不)名誉市民のひとりなのだ。

今日、9月15日、共謀罪法案が参議院で可決され、成立した。これからこの国でも人権弾圧が始まるだろう。そして頭脳が流出するだろう。

そういえばこの国は「グローバル人材」などという不思議な言葉を造り、若い連中を外に出て働かせたがっているのだった。簡単な話だ。人権弾圧すれば若い優秀な人材(頭脳)は外国に出て行く。彼らは日本にとっての不名誉を、その逃亡先で描き続けるだろう。日本にとっての不名誉市民となるだろう。そのことによって日本の知名度は高まる。日本に名誉をもたらす。不名誉という名誉を。実にこの政府は首尾一貫している。


『笑う故郷』は、おそらく、こうした背景のある映画として、40年後、50年後の日本を扱った映画として見られるべきなのかもしれない。

2017年6月14日水曜日

昨日の予告どおり見てきた


試写に呼んでいただいたのだ。去年の東京国際映画祭で『名誉市民』(これが原題の直訳)のタイトルで上映されたもの。

アルゼンチンで初のノーベル賞受賞作家ダニエル・マントバーニ(オスカル・マルティネス)はバルセローナに在住だが、もう40年ばかりも戻っていない故郷の町サラスから、特別講義と名誉市民の称号授与などのために5日ほど帰郷しないかとのオファーをもらう。最初は断ったけれども、思い直して受けることにした。

そして始まる歓迎の日々。

僕はノーベル文学賞はもらっていない。いや、賞と名のつくものをもらったことはない。もらうほどの業績はない。しかし、それでも文章を書いたり訳したり、講義したりして過ごしているし、結果、周囲には名誉と思われるもの(職)を得てもいる。そして僕はサラス以上の田舎の出身だ。そんな僕には、そんな僕でも、田舎の人たちとの齟齬は身につまされることばかりだ。

こちらの仕事のことなどまったく興味はなくとも、その大袈裟な肩書きのために集まって来る者、あまつさえこちらの意識とは遠く離れた問題についての話を持ちかけてくる者、 こちらの仕事とは無関係に幼馴染みであるために仲良くしてくる者、そしてたまにはこちらの仕事を理解し、読んでくれている者(僕の場合は、これはほとんどいない)や思い入れを込めて読んでくれている者(ますます僕にはいない)……

加えてかつての恋人(アンドレア・フリヘリオ演じるイレーネ)がいて、その彼女を妻とした友人(ダディ・ブリエバのアントニオ)がいて、その友人が、いかにもなマッチョで……などという、僕自身は身につまされないけれども、話の流れとしてはよくわかる要素もふんだん。

これを深刻な物語に作り上げれば、知識人の苦悩の話になる。彼らの多くは自らの出自との齟齬に苦しむものだからだ(おまえは歌うな/おまえは赤まんまの花やとんぼの羽根を歌うな……)。しかし、ダニエルのノーベル賞スピーチのシーンから始まってどこかユーモラスだから救われる。


ユーモラスではあっても、背景を考えると、考えさせられる。ダニエルが故郷に帰るのは40年ぶりだ。この映画は2016年の作品。2016年の40年前は1976年。軍事独裁が始まり、「汚い戦争」と呼ばれる人権弾圧の始まった年だ。

2017年6月13日火曜日

目の疲れは映画で癒す……? 

ここ一週間ばかり目がひどく疲れる。視力が落ちようとしているのだ。この場合の視力の低下とは、近視が進むのではなく、遠視がひどくなること。

こんなに目が疲れるのは、神経か精神が、あるいはその両方が参っているのだろう。過去、だいたいそうだった。

6月3日(土)4日(日)は日本ラテンアメリカ学会大会で、僕は4日午後のシンポジウム「キューバ再考」でディスカッサント役を務めた。なかなかの盛況であった……と思う。

そこである人に紹介され、その人と後日、会うことになったのだが、これが一種の神経戦で、それでだいぶ摩耗してしまったようだ。こういう人物への対処を僕はもっと考えなければならないようだ。

おかげで一週間ばかり無駄に過ごすことになる。

金曜日には東京外国語大学でのイベントでトマス・グティエレス・アレア『低開発の記憶』を見た。

昨日、12日の月曜日にはパブロ・ラライン『ネルーダ』を再び見た。今度は字幕つきで。

たぶん、明日も映画の試写に行く。


目は恐ろしく疲れている。映画を見てもPCのモニタを見ても、本を読んでも、空を眺めても目は疲れるばかりだ。