2017年11月20日月曜日

人はみな詩人を目指す

アレハンドロ・ホドロフスキー『エンドレス・ポエトリー』(フランス、チリ、日本、2016)

『リアリティのダンス』(チリ、フランス、2013)の続篇とも言うべき自伝的作品。


トコピージャを後にするホドロフスキー親子のうち母親のサラ(パメラ・フローレス)が台詞を歌い、あからさまな書き割りを伴う船旅とサンティアーゴの街の様子が映し出された、そこはもうホドロフスキーの世界だ。

医者になれと強要する父親ハイメ(ブロンティス・ホドロフスキー)に反発して家を出たアレハンドロ(イェレミアス・ハースコビッツ→アダン・ホドロフスキー)は詩人になろうとし、ニカノール・パラの「ヘビ女」に想を与えた女ステラ(パメラ・フローレス)に出会い、パラ本人(フェリペ・リーオス)に出会い、エンリケ・リン(レアンドロ・タープ)に出会い……と詩人として自己成形していく。

ロベルト・ボラーニョの短篇に「ダンス・カード」というのがある。ボラーニョの分身とおぼしき人物が知り合った詩人たち芸術家たちとの思い出を綴ったものだ。それのホドロフスキー版、とでも言えばいいだろうか?

実際、ボラーニョを知った今となっては、ホドロフスキーの世界が実によくわかる。アレハンドロとエンリケが道をまっすぐ進むと決めてトラックの上に登り、見知らぬ他人の家を突っ切って行くというシークエンスがある。そしてまた、ふたりがどこかの講堂で立派な詩人として紹介されながら悪態に満ちた詩文を読み、肉と卵を聴衆に投げつけるシーン。ああいったことを、おそらく、ボラーニョはメキシコで仲間たちとやっていたのだ。『野生の探偵たち』のウリセス・リマのモデルとなったカルロス・サンティアーゴは目をつむって横断歩道を渡るという奇癖を持ち、そのため二度、交通事故に遭い、二度目に死んだのだった。

その破壊的行動を伴うロマンティックなまでの詩への憧憬をボラーニョとホドロフスキーは分け合っているのだ。

ホドロフスキー=ボラーニョ+サーカス+カーニヴァル

といったところだろうか。この自伝シリーズは三部作を考えていて、次回作でパリを経由してメキシコに到達するというのだが、そこにはきっと若きボラーニョも顔を出すに違いない。


ところで、ホドロフスキーにはやはり強烈なエディプス・コンプレックスのようなものがあるはずで、この作品でも父親のくびきから逃れる自分を描いているのだが、そのアレハンドロが息子のブロンティスやアダンを動員し、彼らを裸にしたり髪を剃らせたりして、エディプス的な意味合いではないかもしれないものの父親の存在感と影とをこれ見よがしに彼ら息子たちに落としているのは皮肉なものだとも思うのである。
写真はイメージ。先日の「ディエゴ・リベラの時代」展の図録が届いた!


2017年11月15日水曜日

ゆったりとした週

東大が採っている複雑な仕組みのカレンダーのおかげで、今週は東大の授業はない。他大はあるが。そしてまた、土曜日の立教の授業もない。入試の日だからだ。つまり今週は、比較的ゆったりした週だ。

昨日、14日(火)にはコロンビアの作家エクトル・アバッド=ファシオリンセの講演を聴きにセルバンテス文化センターに行ってきた。当初の予定になかったことだが、彼の講演の前に、娘が撮ったドキュメンタリーが上映された。僕は知らずに行って、最後の10分くらいだけ見た。アバッドは1987年、父親を殺され、亡命のようにしてコロンビアを去る。その経緯を彼のおそらく一番知られている小説 El olvido que seremos に綴っているわけだが、映画はその辺りの事情を当時のフッテージなど交えながら作ったものだった。

今日届いた荷物はこれ。


ラッセル・ホッブズのヤカン。注ぎ口が細く、コーヒーを淹れるのに向いている。

2017年11月11日土曜日

デートの記録、あるいは『野生の探偵たち』ファンへのお薦め

昨日、10日(金)、午前中の授業を終え、夜、とある女性と新開拓のレストランで食事をする約束をしていたのだが、どうせならと、昼間のうちから会って行ってきたのだ。


リベラの壁画を持ってこられるはずもなく、リベラのもの自体は少ないですから、期待しないでくださいね、と関係者に言い含められていたし、そもそも壁画をあらぬ期待を込めて所望していたわけでもないので、まあ、「の時代」を楽しむのだと、そういうつもりで出かけて行った北浦和。

埼玉県立近代美術館は入り口にフェルナンド・ボテーロの彫刻をでんと据えた素晴らしい美術館なのだ。埼玉県がメキシコ州と姉妹提携を結んでいることもあり、美術館の広報誌はその名もZócaloだったりする。

さて、リベラの壁画は、もちろん、さすがになかったけれども(映像とスライド投影、それにティナ・モドッティらによる壁画写真数点があった)、若き日のリベラ、そしてパリでキュビスムに転じる前後のリベラ、成熟後の非・壁画作品もあって、なかなかの充実ぶりだった。

そして、肝心の「の時代」。これがまた素晴らしい。特筆したいのは、マヌエル・マプレス=アルセのエストリデンティスモやその後の雑誌『同時代人』にいたるまでの前衛詩のグループとアーティストたちの緊密な繋がりを押さえ、当時の雑誌や、30-30というグループのマニフェストを掲げたポスターなどは見ていて飽きなかった。2時間ばかり滞在して、閉館間際の退出だった。

マプレス=アルセらはボラーニョ『野生の探偵たち』で頻繁に言及されたり登場したりする。その人たちの前衛詩がアートと密接に関連していることを示しくれるものだ。

本来の目的として夜に行ったのは、上野のバスク料理店サルデスカ


ある人が気になるとツイートしていたのを見たその日、別のある方からデートのお誘いが来たので、行っちゃえ、と提案したもの。いささか裏切り者の気分。カウンターと小さなテーブルがひとつあるだけの、スナックを居抜きした、ひとりで切り盛りしている店。食事のメニューはすべて日替わりらしい。どれも非常に美味であった。

2017年11月5日日曜日

センに線を引く

一昨日のエントリーでは写真に映った3冊のうち橋爪大三郎の著書のみを話題にした。が、その奥にはアマルティア・セン『アマルティア・セン講義 グローバリゼーションと人間の安全保障』加藤幹雄訳(ちくま学芸文庫、2017)などがあったのだった。

橋爪のアドバイスを受け入れ、センの著作を読む際、傍線を定規で引いてみた。

うーむ。果たして手書きより早く引けたかどうかは、不明。しかし、手書きよりはるかに美しく引けたことは間違いない。僕の読書の痕跡としては比類なく整然としている。

そしてまた、定規を栞の代わりに本に挟んで持ち歩くというのもひとつの手なのかもしれないとも思う。

『グローバリゼーションと人間の安全保障』はセンが来日して行った石橋記念講演の記録(第一・二章 「グローバリゼーション」「人間の安全保障」)と、それを機に東大からの第一号の名誉博士号を受賞したときの講演(第三章 「文明は衝突するのか?」)、それにセン自身が選定した独立論文(第四章 「東洋と西洋」)から成る。

グローバリゼーションを歴史上恒常的に見られてきた統合への動きとして捉えるところなどは、アルフォンソ・レイェスの「ポリスのアテナ」と並べて論じたくなるし、数学の概念の伝達と変化を叙述した箇所などは翻訳論の文脈にも入れてみたい。センの教養と洞察が光るところ。

「人間の安全保障」という概念が小渕恵三の提唱したものであることなどは、日本での講演であるという性質から来るものだろうが、それにしても、すてきなことを知らしめてくれるじゃないか。小渕は「人間は生存を脅かされたり尊厳を冒されることなく創造的な生活を営むべき存在であると信じ」、「人間の安全保障」という概念を提示したそうだ。


人間の尊厳など、友だちでない者のそれなら冒し放題な小渕の後輩(つまり、現首相のことだが)に聞かせてやりたいじゃないか。

そして、もっと、もっと切実に聞かせてやりたいのが、次の断定。

 経済発展の要素の一部とみなされる基本的自由を拡大するには、さまざまな制度とそのような諸制度による保護とが必要です。民主主義的な経済運営、市民の権利、基本的人権、自由で開放されたメディア、基本的教育と健康管理を提供する施設、経済的セーフティ・ネット、そしてこれまでおろそかにされてきて最近ようやく注意が払われるようになった女性の自由と権利を保護する諸制度などが必要なのです。(57)

どれも今の日本でないがしろにされているものばかりじゃないか。


2017年11月3日金曜日

公共のものである私の頭

10月31日にはセルバンテス文化センターに行った。México en Sur 1931-1951( FCE ) という本を編んだGerardo Villadelángel によるこの本のプレゼンテーションがあったのだ。グレゴリー・サンブラーノとの対話の形式。それを逐次通訳した人物は「ハビエル・ビジャウルティアやオクタビオ・パスが雑誌『放蕩息子』に寄稿していた」ってな発話を、「(ビジャウルティアやパスを『スール』に招いた)ホセ・ビアンコは『スール』では放蕩息子みたいな存在だったから」と訳した。(他にもいくつか誤訳があったが、忘れた)きっと詩人たちのことやメキシコの文学シーンをよく知らない人なのだろう。背景を分かっていないのだ(「放蕩息子」という日本語の意味も)。プロの通訳ならそのへんのことも調べた上で臨むものなのだが、まあ仕方がない。

誰かの発話を理解するには内容のみならずその人の背景や意図を理解することが必要で、そうした背景や意図を分からないと誤解したり(訳する場合には)誤訳したりする。それは本と同じだ。

橋爪大三郎『正しい本の読み方』(講談社現代新書、2017)はこうした読書論につきものの、著者の実践編というべき箇所が面白い。特にマルクスとレヴィ=ストロースをその「構造」と「意図」、「背景」から主張内容を簡潔に教えてくれる。唸らせる。で、ついでにフーコー『知の考古学』の誤訳がそこにある数学的構造を理解していないことに由来することを指摘している。さすがのキレだ。

でも読書論として画期的なポイントは、マーカーは黄色と青を使う、「白黒コピーを取ったときに、色が出ないのは、黄色と青だけだから」とか、「傍線は、手で引いてると、時間がかかるんです。だから、定規で引く」。「いわゆるカードは作りません。一切」という実践的アドヴァイスだ。特に2つ目には虚を突かれ、3つ目には解放された。

そして居住まいを正されるまとめの言葉:「学者とは、自分の頭を、公共のために使うと決めて、修練を積んでいる、プロの本の書き手です」。


はい。頑張って書きます。本。

2017年10月29日日曜日

スペイン語の世界

昨日、28日(土)には、東京外国語大学でのスペイン語教育120年記念の催しに行ってきた。

まずは寺崎英樹先生による講演。氏は外語在任中に100周年の執筆を担当したそうで、日本とスペインとの接触から始まって東京外語大におけるスペイン語教育までを振り返った。

その後、二つの分科会。そのうちのひとつで僕は、久野量一さんの司会により、野谷文昭、宇野和美の両氏と翻訳について語った。3人がそれぞれの翻訳家としての仕事を振り返りながら、本との出会いとか作家とのつき合いなど、いくつかのテーマを語った。(写真は友人による。シンポジウム開始前の僕)

その日は午後からホームカミングデイで、メキシコ史家であったはずがいつの間にかシャンソン歌手になった清水透先生の歌とトークの催しもあったのだが、シンポジウムのメンバーと打ち上げに行き、午後の部は出なかった。

今日、新国立劇場小劇場のマチネで見てきたのは、アントニオ・ブエロ・バリェッホ『ある階段の物語』田中麻衣子演出。新国立の演劇研修所第11期生の試演会だ。


中央に大きな階段を据えたアパートの住人4家族の話。三代にわたる時間を描くのだが、若いカップル(二代目)の台詞が、その子の世代によって繰り返され、安易に若い世代への希望を託すような話にはなっていないところが面白いところ。ただし、その結末を、30年前にこの戯曲を読んだ切りの僕は忘れていたのだけど。

2017年10月22日日曜日

期日前投票に行ってきたぜ


18日(水)には、以前話題にした青山南『60歳からの外国語修行――メキシコに学ぶ』(岩波新書)の刊行記念イヴェントに行ってきた。久野量一さんとのトークショウ@B&B。

僕も1991年の4-5月の5週間、グワダラハラのCEPEに学んだ。青山南さんは、つまり、僕の後輩ということになる。実際には大先輩だけれども……

ケルアックの訳者である青山さんがスペイン語を学ぶのは、これはもう理の当然というか、必然というか、そういえば今日の『朝日新聞』の書評欄で評されていたアーヴィングの『神秘大通り』の主人公もフワン・ディエゴだし、そんなわけで、アメリカ文学の方々には大いにスペイン語を学んでいただきたいと思うのである。

で、ところで、行きの飛行機の中でガレアーノの『収奪された大地』を読み始めたという青山さんは、本書中にも多くのメキシコ関連の本を引いて、新たな読書へと導いてくれる。

トークショウでもそんな質問が出ていた。言及された本の数々をどのように選書したのかと。たとえば『トラテロルコの夜』などは?……

青山さんの著書のなかでも一番意外に思ったのが、このことなのだった。つまり、彼はスペイン語の授業の過去形の練習問題において1968年10月2日のトラテロルコの三文化広場における大虐殺を知ったのだと。そして、それから家族の方(と答えていただろうか? 単なる「知人」と言っていただろうか?)を通じて翻訳を取り寄せ、読んだのだと。

僕が意外に思ったと言ったのは、つまり、トラテロルコの虐殺のニュースは日本では報じられなかったか、それとも報じられたとしてもさしたるインパクトを残さなかったのだな、ということ。

本文には、オリンピックのことやそこでの黒人選手たちのある振る舞いのことなどは記憶に残っていると書いてある。アメリカ文学に関心を寄せていた青山さんのことだから、それは当然だろう。が、そのついでのちょっと前のこの事件(オリンピックを睨んでの処置)を覚えることさえなかったというのだから、きっと日本ではまったく報じられなかったんだろうな。

それが意外だというのは、僕はその5年後、73年ともなると、もう立派に自意識を抱いていて、その僕はその年のチリのクーデタの報道は記憶しているように思うからだ。もちろん、記憶というのはあくまでも曖昧で、それは事後的に得られたものかもしれないのではあるが……

トラテロルコの三文化広場とそこでの虐殺などについては、準備中の著書『テクストとしての都市:メキシコDF』でも触れている。来年の夏くらいの刊行予定。青山さんに献呈して差し上げよう。

翌日、こんなものを手に入れた。電子版『スペイン語大辞典』(白水社/LogoVista)

むふふ。

立教のラテンアメリカ講座ではフアン・ガブリエル・バスケス『密告者』服部綾乃、石川隆介訳(作品社)を本格的に読み始めた。面白いと評判である。昨日は翻訳のあり方についての議論で盛り上がった。

昨日は帰り道、期日前投票所に寄って1票を投じてきた。


僕は「穏健なアナーキスト」などと若き日のサルトルのような定義で自らを位置づけるものであり、共産党や社会党(現・社民党)の支持者であったことはない(言うまでもないが、自民党や公明党には一度として投票したことはない)。どちらかというとオリーヴの木方式で小さな政党が離合集散を繰り返しながら政治が作られていくのが好きではある。そのために野党に票を投じ続けているわけだが、今回は、ともかく、何が何でも安倍晋三の馬鹿者を引きずり下ろさなければならないとの危機感がある。秋葉原でのABの最後の演説の異様な映像を見るにつけ、そう思う。今すぐあの男を引きずり下ろさなけはれば僕らは滅びへの道をひた走ることになる。いや、既に走ってはいるのだが……

2017年10月15日日曜日

今年のラテンビートは1作品しか見られなかった。

いや、表題以前に、10月は半ばの今日になるまでブログを更新せずにいた! 

日本イスパニヤ学会63回大会に出た。

授業が始まってオロオロした。

そして、今年唯一のラテンビート映画祭:

ルクレシア・マルテル『サマ』(アルゼンチン他、2017)


一度では分かりきれなかったところもあるが、植民地の閉鎖的スペイン人社会に流れるなかなかに不穏な雰囲気を作り出して、いかにもマルテルらしいと思えた前半だったのが、ディエゴ・デ・サマ(ダニエル・ヒメネス=カチョ)が悪党のビクーニャ・ダ・ポルト征伐に出かけてからの後半の展開は目を見張る。前半は音声の取り扱いにハッとさせられ、後半はBGM(「アマポーラ」と "Te quiero dijiste" ! )にハッとさせられる。

2017年9月26日火曜日

狼狽える9月末

9月22日には非常勤先の大学のひとつが開講し、23日(土)も立教のラテンアメリカ研究所の講座が始まった。が、その日は授業を終えると京都に飛んだ。

恒例のハンバーグラボ参り……

ではない。世界文学・語圏横断ネットワークの研究会だ。今回は会場が同志社大学。

美しいキャンパスなのだ。比較的新しい良心館が会場(写真は異なる校舎。彰栄館、かな?)。

二日目の25日(月)午前中のパネルは「文学首都とその分身」。僕が司会を務めた。東大の駒場の学生たちのパネルだ。パスカル・カザノヴァ『世界文学空間』の提示する「文学首都」とその「分身」の概念を出発点にアルジェやニューヨーク、サイバー空間という「分身」または「文学場」などの立ち上がる様子を追った研究発表。

その日、最後の発表は聞くことができず、というのも、取って返した今度は東京へ。

『チリ夜想曲』出版記念兼ボラーニョ・コレクション完結記念トークショー(野谷文昭対小野正嗣)を聞きに。

終わって久野量一さんや斎藤文子さんも交え、コレクションの訳者揃い踏みで写真を撮ったが、きっと、やがて白水社のツイッターに掲載されると思う(いや、もう掲載された)

そして今日、否応なしに東大の授業が始まった。


ああ!……

2017年9月21日木曜日

メキシコを痛む

留学生たちと食事して飲んで、ぐっすり寝ている間にメキシコでは大地震があったようだ。M 7.1。今朝の『朝日』朝刊の時点で死者が225人。数日前のオアハカ、チアパスと違い、今回は首都も直撃した。奇しくも1985年の大地震と同じ9月19日のことだった。

レベッカ・ソルニット『災害ユートピア』では85年の地震のことが扱われている。邦訳のメキシコの地名や人名は惨憺たるもので、スペイン語(世界)など、すぐそこにあるのに、その程度の調べ物もしないのはいかがなものかと、ほとほといやになったけれども、その表記の問題は今は措いておこう。『災害ユートピア』ではメキシコのことが扱われている。

ノノアルコ=トラテロルコ住宅、つまりトラテロルコの三文化広場を取り囲む高層アパート群の一棟がまるごとひしゃげたこと、治安が乱れるのを恐れて投入された警官隊や軍が逆に略奪に走ったこと、一般の人々は文字どおりの「地獄に立ち上げられた楽園」(これが原題の直訳)を実現してみせたことが紹介される。とりわけスラム街テピートの住民たちの自衛は特筆に値する、と。

メキシコ当局はこれを機にテピートから低所得者層を追い出し、再開発しようと考え、地上げまがいの工作をした。住民たちの組合は地震の前からNPO組織と共同で自分たちの住む長屋のような共同住宅(vecindad)の改修を考えていた。住民を追い出した上での地上げによる再開発ではなく、住民たちに益する下からの再開発が実現した。

地震に乗じて政府が住民を追い出し再開発でもしようものなら、それはたとえばナオミ・クラインの『ショックドクトリン』(惨事便乗型資本主義)というものだろう。僕らは3.11においてこのショックドクトリンを経験し、独裁者を許してしまうことになるのだが、メキシコはそれを阻んだのだ。

85年を思い出し、祈るしかない。

95年の神戸を経験した安藤哲行はその経験をホセ・エミリオ・パチェーコの85年についての詩とともに思い出している(『現代ラテンアメリカ文学併走』)。安藤はパチェーコの詩で95年を乗りこえたのだ。

85年のメキシコは僕らの心の支えともなったのだ。

きっとメキシコはそのように惨事を乗り越える。そう思うことにしよう。

写真は青山南『60歳からの外国語修行――メキシコに学ぶ』(岩波新書、2017)

青山さんは60になってから早稲田から研究休暇をもらい、グワダラハラ大学でスペイン語を学んだ。その後、オアハカにも行った。その時のメキシコの学習体験記。


メキシコから僕らは学ぶことだってできる。

2017年9月20日水曜日

青木ヶ原の樹海の入り口には看板が立っている

留学生見学ツアーというのに行ってきた。僕は東大では留学生ではない。教師だ。だから引率教員立場で行ってきた。

まずは忍野八海。

池の水面に人の姿が映って、モネの絵のようだ。

そして鳴沢氷穴。

鳴沢氷穴は青木ヶ原の樹海の端にある洞窟で、かつて天然の冷蔵庫として使われた冷たい場所。

幻想的な地底の風景だ。

そして少し裏に回ったら、こんな看板が立っていた。


今日は山梨県立美術館と文学観を訪ね、その後、昇仙峡を歩いた。2010年に外語のオリエンテーション旅行で来たことがあった。少し記憶と異なっているような気もしたが、写真を見比べてみたら間違いなく同じ道を歩いていた。

2017年9月11日月曜日

París, París, por fin París...

エンリーケ・ビラ=マタス『パリに終わりはこない』木村榮一訳(河出書房新社、2017)

の書評を書いたのだが、それはあくまでも短い文章。以前もそんなことがあったが、書き足りないという思いがあり、書評には書けなかったことをここで何カ所か紹介したく。

『パリに終わりはこない』París no se acaba nunca (2003) は、かつて、2009年、外語の学生たちと読んだ作品だが、今回、その時の学生(現在は勤め人)が翻訳を買い、読んだら、あっという間に授業で読んだ箇所を通り過ぎてしまったと泣き笑いしていた。

ビラ=マタスが最初の長編『教養ある女暗殺者』を書いていたころのパリの思い出を、三日間連続の講演会で話すという体裁の小説。「私は講演、それとも小説だろうか?」

下敷きにはヘミングウェイによるパリの回想録『移動祝祭日』があるのだが、この写真に映っている章ではスコットという名のろくでもないオドラデクを登場させてヘミングウェイとフィッツジェラルドの後日譚を空想するという章。(オドラデクは『ポータブル文学小史』にも登場させている)。こんな調子だ。

書評のために取ったメモから:『われらの時代』に所収の「雨の中の猫」を講演で読み上げ、「私」はこれがよくわからないと白状する。しかし、ガルシア=マルケスはこれを「世界で最もすぐれた短篇」と呼んだと。そして聴衆に解釈を求めるのだ。そうして出てきた解釈が以下のとおり。

①……この短篇は白い象が出てくる別の短篇を思い起こさせる。実を言うと、女性は妊娠していて、ひそかに子供をおろしたいと思っている。それがこの短篇の秘められた物語である。②……この短篇は若い女性の性的欲求不満を描いている。そのせいで猫がほしいと言っているのである。③……実を言うと、この短篇は戦争が終わったばかりで、北アメリカの援助を必要としているイタリアの悲惨な状況を描いたものである。④……この物語は性交後の倦怠感を描いている。⑤……新妻は、夫の同性愛的な要望に応えるためにボーイッシュな髪にしているが、そのことに嫌気がさしている。⑥……新妻はホテルの支配人に恋をしている。⑦……男は本を読みながら、同時に妻の話に耳を傾けることはできないと言わんとしている。これは穴居時代に端を発するもので、男たちは狩猟に出かけ、女たちは洞窟に残って食事の用意をする。男たちは沈黙の中で思索することを学び、女たちは気がかりなことを口に出してしゃべり、さまざまな感情に基づいて関係を築き上げていく。(24-25ページ)

この解釈を、僕は感心して読んだものだ。確かに、「雨の中の猫」は、新婚の妻がホテルの窓から見える広場で雨に濡れている猫を拾いに行くのだが、広場に出てみるといなくなっている、そしてやがてボーイがその猫を抱いて「支配人からのプレゼント」と言って持ってくる、というだけの話だ。「氷山の理論」(「もっとも重要なことは語られない」223ページ)よろしく語られないことがたくさんあるのだろう。それが何なのかを予想するのが解釈の楽しみだが、なるほど、様々な解釈があるものだ、と感心させられる。⑤などは思いもよらなかった。

ヘミングウェイが双極性障害だったとはよく言われる話。彼のサディスト的傾向についてはレオナルド・パドゥーラが『アディオス、ヘミングウェイ』の題材にしている。そして今、ここでは(別に作家その人のと考える必要はないが)同性愛の傾向の可能性が示唆されているというわけだ。シェイクスビアとその秘めたる性向。なんだか興味深い。


ところで、『パリに終わりはこない』はビラ=マタスの別のある小説を読みたくさせる小説だ。でも「もっとも重要なこと」はここでも語らないでおこう。

2017年9月10日日曜日

ペコロスが会いに来た

タコス熱に浮かされたのは、僕の好きなタコス・アル・パストールのレシピをネット上で見つけたからだ。

ある時、今度はアマゾンでトルティーヤプレスを見つけた。欲しい、などとFacebookで呟いたら、友人があることのお祝いにプレゼントしてくれた。(プレスをいただく直前までの様子は、この記事〔リンク〕。この後、具と市販のトルティーヤでタコス・パーティをした際にいただいたのだ)

困った困った。いただいた以上は使わなきゃいけない。かくして僕のタコス生活が始まった。

昨日は、そんなわけで、教え子を招いてのタコス・パーティだったのだ。

こうしてトルティーヤとサルサを作り、

こうしてアル・パストールの下準備をし、

トルティーヤの一部は揚げてチップスにして、ワカモーレを作った。

でもスワデーロ(tacos de suadero)も準備したいと思った。牛肉を焼き、ライム(またはオレンジ)を絞り、その皮も搾り汁の中に入れ、水を足して水気がなくなるまで焼く。それを刻んでトルティーヤに乗せ、みじん切りのタマネギとコリアンダー、サルサをかけ、ライムを搾って食べる。

が、このスワデーロにはなくてもいいけどどうしても付け合わせたいものがあった。

Cebollitaである。小さなタマネギcebollaだ。日本ではペコロスとして知られる。残念ながらこのペコロス、そんなに頻繁には見られない。

たまたま参加者のひとりが高島屋で見つけてきてくれて、今回は手に入れることができた。本当は茎つきがいいのだけど、まあいいや。

これを牛肉と一緒に焼き、スワデーロのタコスを準備。味つけというか、ダシとりに使うのだが、このペコロスにそもそも味が染みこむので、つけ合わせとして食べると、最高だ。

こんな感じ。


おいしくいただきました。(下の写真は (c)蓑毛はるか)

2017年9月4日月曜日

英語、始めました……? 

今日届いた本:

右から順に、まずは献本2冊。

コリン・バレット『ヤングスキンズ』田栗美奈子、下林悠治訳(作品社)
(寡聞にして知らなかった作家だ。読みます)

J.M.G.ル・クレジオ『心は燃える』中地義和訳(作品社)
(中にスペイン語やガリシア語の表記、というか文章や単語が少し出てきて、確認を頼まれたので、中地さんからいただいたのだ)

そして左端は:

鈴木長十、伊藤和雄共編『新・基本英文700選』(駿台文庫、2002)

いわゆる駿台の『700選』だ。

説明しよう:

ちょっと前にFacebook上で管啓次郎さんが、どうすれば英語ができるようになるかという質問に答える形で、何らかの文章をカードに書き写し、それを覚えるようにすることだと書いていた。そして、たぶん、ご自身の教え子向けに、毎日のように数行の英文(その後、それに仏文が加わった)の引用を掲載するようになった。

管さんの意見には大いに賛成。もっとも、彼がそうして挙げてくださる英文や仏文を書き写して覚えることはしていないのだが……

で、ふと思い出したのだ、俺の『700選』はどこに行ったのだ? と。そして、なくなっていることに気づいた。

高校時代の参考書などのうち、世界史の図録や資料集と政経の参考書、それに国語便覧などを手許に置いている。その手許に置く参考書のひとつに『700選』があったはずなのに、いつ間にかなくしてしまっていたのだ。

僕たちの高校では英語教師が独自に英文の『600選』というのを作っていた。それを僕たちに覚えさせていた。これはとても役に立ったと思っている。これはもちろん、『700選』の模倣というか、それをモデルにしたローカル版だ。本家・駿台より100文少ないところがわが校の志の足りないところというべきだろうか? ともかく、『700選』という本家があることを知り、それを手に入れて、これも大いに参考にしていた。僕が高校時代に憶えている学習と言えば、これとZ会の通信添削くらいだ。

で、高校を出てからも、大学に入ってからも、大学院に入ってからも常に手許に……本棚に置いていた。国語便覧や世界史資料集とともに。世界史の資料集などは数年に一度新版を買うから、常にそこにあることがわかるのだが、問題は買い換えずに高校時代からずっと同じもののまま置いていた『700選』だ。これをいつの間にか捨ててしまっていたらしいのだ。まあ、だいたい開くこともなくなっていたし……

で、管さんの試みに触れたとき、この本のことを思い出し、なくなっていることを確認し、でもそのままにしておいた。

2、3日前にアマゾンである本を注文しようとしたとき、ふと、この『700選』のことを思い出し、検索してみたら、あった。だから注文した。それが届いたという次第。

『新・……」なので、僕が持っていたものとは少し違うはず。少なくともCD2枚つきではある。当時はCDなんかついていなかった。

そして今、CDは特に必要ないかな、と思う。

……いや、待てよ。これを話題の(?)「スピードラーニング」のように聞き流しにしたりすれば、僕もいつか、無意識に英語が口をついて出てくる日が来るかな? 

えへへ……

聞いてみた。何も考えずに聞き流したり、こうして文章を書きながら聞いたりすると意味がすぐに立ち上がらない文章がたまに紛れ込む。

テクストを見れば、覚えた記憶(記憶した記憶!)のない文章も散見される。ボルヘスの言うように、学びの最終段階は忘れることにあるから、これらの文章を文字どおりに記憶している必要はないし、大半は、今さらおぼえるまでもないような文章だが、確かに、自分で発話する際にものにしていない構文や表現を含む例文も多々あって、今さらながら勉強不足を痛感する。索引つきなので句動詞やイディオムの検索にも使える。

さ、英語を勉強するぞ、と……

ところで、こんな感じのものがスペイン語やフランス語、イタリア語などであるといいと思うのだが、ざっと見たところ、フランス語やイタリア語にはないようだ(かつて、フランス語のもので、何か学習に使っていたような記憶があるのだが、手許にないし、アマゾンで検索する限りでは、ない)。スペイン語ではあるにはあるが、古いもののようだ(やはり瓜谷良平の『スペイン語基本文2000』だかを使っていたような気もするのだが、同じく手許になく、確認できない)。ポルトガル語には『ポルトガル語重要基本構文275』というのがある。これは275の熟語表現と、それを使った800ばかりの文章の本のようだ。ちょっと取り寄せてみようか? 

で、スベイン語教師たちに言いたい。こんな感じの参考書、作らないか? 『基本スペイン文○○百選』。買うんだけどな。教育目的で。


そして、他の言語もいかが? フランス語やイタリア語、買うんだけどな。勉強のために。

2017年9月2日土曜日

自らアイロンをかける日々

わが家には、話せば長くなるし泣いちゃうので細かく言いたくはない理由から、自分で買ったおぼえもないのに存在するものというのがある。

同じ理由から、はっきりと買ったことを記憶しているのに、なくなってしまったものというのもある。

後者の代表はバーミックス。そして幾冊かの本(『ウディ・アレン・バイオグラフィー』など)。

前者の代表が、アイロン。

スチーム・アイロンがいつの間にかわが家にあったのだ。僕は独り暮らしを始めてから、ずっとハンディ・アイロンを持っていて、それを使っていたのだが、ある時から、スチーム・アイロンを持っていた。しかし、残念なことに、スチーム機能がイカレているアイロンだ。スチーム・アイロン、スチーム抜き。仕方がないからスチーム機能はないものとして使っていた。

いろいろな方の話をうかがうに、スチーム・アイロンなどよりは普通のアイロンに自分で霧吹きで水を拭きかけた方が良いとの意見もある。

なるほど。

わが家には、上と同じ理由から、なぜか使いさしのファブリーズなどもある。僕は使ったことないのに。ともかく、それで霧を吹き、普通のアイロンとして使うようになった。

なかなかいい。

なかなかいいと思ったら、スチーム抜きのスチーム・アイロンという存在が間抜けに思えてきた。それで、こんなの

を見つけて、手に入れた。今やアイロンはスチームつきが一般的なので、スチームなしのアイロンは実に安いのだ。3,980円だかなんだか、そんな値段だった。

で、今日届いたのはいいのだが、残念! 今日は洗濯をしていないのだ。だいたい2日に一度のペースで洗濯するのだが、今日はその谷間の日。明日まで我慢。

でも、ところで、以前、スーツ用にあつらえたのだけど染みができてしまったので、クリーニングに出すのをやめて洗いざらしでハンガーに吊したままのシャツがあるのだった。それで、試しがけ。

ふむ。きれいな仕上がりである。このシャツもまた着たくなったぞ。

コードが短いのが玉に瑕だが、なに、短ければ延長すればいい。あるいはコンセントに近い場所で使えばいいのだ。


明日が楽しみ♡

2017年9月1日金曜日

9月も映画に始まる


を観るのはかれこれ3度目だ。


そして関係者試写会(リンク)についで、今回、プレス試写会にも呼んでいただいたので、観られるものなら何度でも、てなわけで観てきた。

もちろん、メキシコで観たときと同じ内容だ。だから内容については上のリンクを参照のこと。

同じ映画を何度も観ると、同じ本を何度も読んだ時と同様、観るたびに新たな発見があったり、新たな感慨を抱いたりする。今日は、たとえば、ネルーダが逃避行に出る直前に、滞在先の家の庭で、まるで男らしさか何かを顕示するかのようにピストルを撃つシーンがあるのだが、それを窓越しに眺める妻の存在に、僕はなんとはなしにビクトル・エリセの『エル・スール』を思い出したりもした。ところが、これまでまったく気づかなかったのだが、この射撃訓練は迫り来る追っ手に対処するためのものだとの台詞があったのだった。

そうだったのか……


帰りにABC六本木店を冷やかしてから戻った。戻ったら仕事関連でちょっとした問題が持ち上がっていた。


9月だ。

2017年8月30日水曜日

書きこみの季節

最近(年度初頭から)、こういうものを持ち歩いている。

先日、『エルネスト』の試写会で斜め前に座った方おふたりが試写の始まる直前まで本を読んでいた。そのうちひとりは鉛筆を片手に読んでいた。

すっかり老眼になってからだろうか? (ちなみに、最初に目の衰えを感じたのは40にならないころだ。トホホ、なのだ)ちょっと隙間時間ができると本を開くということが徐々に少なくなってきた。同時に、たとえば電車で読書に集中できなくなってきた。

しかし、果たして僕はその昔、読書に集中などしていたのだろうか? 

まあいい。そんなわけで、『エルネスト』試写会での斜め前のお二方のような振る舞いをすることは今は少なくなった。

それでも、締め切りや予習に追われているときには寸暇を惜しんで本を開く。開かざるを得なくなる。

ところで、本に書きこみをする人としない人がいる。僕は気紛れなので書きこみしたりしなかったりだ。しかも、人生の時期によって書きこみの時期と書きこみしない時期とがあるようだ。ある一時期読んだ本には書きこみがあり、その他の時期に読んだ本はまっさらだったり、ただ付箋が貼ってあるだけだったりする。

最近は、比較的書きこみをするほうだ。近々、同僚がこんな本(リンク)を出すみたいだし、今は書きこみをする時期のようだ。書きこみには早く読むためにする書きこみとゆっくり読むためにする書きこみがあるが、いずれにしろ、集中力を持続するためのひとつの方策だ。最近は集中力不足なので、書きこみすることが多い。

書きこみするためには鉛筆が必要だ。鉛筆はペンケースから取り出せばいいのだろうが、それも面倒だ。本当は読んでいる本に鉛筆を挿して持ち歩きたいものだ。でもそうすると、本がその必要もないのに傷ついたりする。僕は本をぞんざいに扱う方ではあるが、だからといって意図的にボロボロにするのは僕の好みではない。

そこで、冒頭の写真のような器具を見つけ、使っているのだ。こんな風に(下)本やノートに挿して歩く。後ろの翼がマグネットになっていて、本体を吸い付ける。ピッタリとはまる。


こうして鉛筆片手の電車内や出先での読書が始まる。

2017年8月29日火曜日

8月は映画に始まり映画に終わる?

今月の最初の記事も映画の話だった。

昨日は以下のものを鑑賞。


パターソンという町に住むパターソンという名のバス運転手の一週間を追ったもの。題字も、月曜から日曜、そしてまためぐってきた月曜の日付も手書き風の字幕で出ていたので、できれば日本語字幕も手書き(もしくは手書き風のフォント)にしてくれるとよかったなと思う。昔よく見た映画のように、略字体を含む手書きの字幕。ジャームッシュのようなアナクロニズムを装う作家にはそれがぴったりだと思うのだけど。

ましてや『パターソン』は、手書きについての映画だ。主人公のパターソン(アダム・ドライバー)はバス運転手で、目覚めてから車庫に着くまでの間に頭の中に転がせておいた言葉を、出発直前にノートに書きつけるのを日課としている。さらに、帰宅後、自宅地下の書斎で、詩に磨きをかける。パターソンが詩をノートに書きつけると、画面にも字幕でその文字が浮かび上がる。そしてそれが、やはり手書き(風)だ。コンピュータのワープロソフトで書くのが一般化した現在、携帯電話も持たない時代遅れなパターソンがノートに手書きで書く、これが重要。手書きだからこその失われ方をするのが、この作品の最大のドラマ。そこからいかにして再生するかがこの映画のテーマ、と言えばいいのかな? 

月曜の朝、目覚めたパターソンに、まだまどろんでいる妻のローラ(ゴルシフテ・ファラハニ)が双子の親になる夢を見たと囁くところから始まる。すると、街に双子があふれ出す。いや、「あふれ出す」は大袈裟だが、通勤途中にも双子の老人がいるし、バスの客にも双子、夜の犬の散歩の途中に寄るバーにも双子、パターソンのようにノートに詩を書いている女の子も双子……まるでパターソンの日々はローラの夢の中のようだ。

ローラはそれこそ夢見る女の子で、白黒モノトーンで世界を塗り固めようとしているし、同じくモノトーンのカップケーキを焼いては、それでひと儲けしようとか、ハーレクインという名の白黒のギターを買って、これでカントリー歌手になるんだなどと言ったりしている。この夫婦の会話が、とても面白い。寝起きに交わす言葉だけがかみ合っているようだ。起きているときには、夫は妻の料理を褒めたりするのだが、果たして本当に美味しいと思っているのか、疑問だ。妻は1度も読んだことがないはずなのに、夫がノートに書きつけている詩は傑作だからパブリッシュするといいと勧め、その点でも「夢見る女の子」風だ。こうしたちぐはぐさがジャームッシュの特長と言えば言えるのだが、そこに犬のマーヴィンのコミカルさが加わって、観ていて飽きない。

映画の中で使われる詩はロン・パジェットのもののようだ。これらの詩や、それからウィリアム・カーロス・ウィリアムズの詩(集)をもとにストーリーを組み立て、引用から創作が成り立つことをも示していて秀逸。

詩が生まれ、再生する瞬間を映画で体験できるのだ。


その後、隣の三省堂書店で買った『ユリイカ別冊 特集ジム・ジャームッシュ』(青土社)。そして、非常勤先の教え子たちと就職を祝って食事をし、酔っ払って帰った自宅のボスとに見出した『別冊本の雑誌19 古典名作 本の雑誌』(本の雑誌社)。豪華執筆陣に紛れて、この中で南欧の古典20作について書いている。

2017年8月25日金曜日

Me puedo morir con vos.


試写会に呼んでいたただいた。試写会場があれだけの満席だったのは僕には初めての体験。

ゲバラとともにボリビアの山中でゲリラ活動をして倒れた日系人フレディ・前村については、その評伝が『革命の侍』のタイトルで伊高浩昭監修、松枝愛訳で翻訳が出ていたのだが(長崎出版、2009)、これも配給のキノフィルムズの系列(?)キノブックスから復刊されるらしい。

上映前、監督の阪本順治が挨拶に立ち、「ドンパチはありませんので。フレディでの大学での日々が中心です」と宣言。

事実、日系ボリビア人フレディ(オダギリジョー)が、革命後の政府の医学普及政策に乗ってキューバに勉強に来るところから始まる。問題は、彼らが予課を終えて大学に進んで5日後にミサイル危機(10月危機/キューバ危機)が勃発、フレディは志願して民兵となったということだ。もちろん、危機は危機で終わり、彼は学業に戻ることになる(キューバの頭越しケネディとフルシチョフで解決を見たことには怒る。それだけの社会的意識は最初から持っている人物だ)。が、2年後にはレネ・バリエントスのクーデタが起こり、祖国に帰って何かせねばと焦る。そうした巡り合わせはある。そうしてフレディは憧れのゲバラと同じエルネストの名をゲリラ名としてもらい、ボリビアに飛ぶ。

個人的にはエピローグのような最後の2分ほどはなくてもいいと思う。「ドンパチ」はもちろん、必要最小限はあった。社会参加の意識を持たない留学仲間のベラスコ(エンリケ・ブエノ・ロドリゲス)が、口説いて孕ませて子供も認知せずに捨てたルイサ(ジゼル・ロミンチャル)に対するフレディの思いが、青春映画としてのプロットを支えている。ハバナ大学の大階段と大学構内が何度も映ると、甘酸っぱい想いもこみ上げる。

この記事の表題に掲げた文章は最初からルイサを思っていたフレディが、彼女宛のラブレターを書いているベラスコ(その時点で、それが彼女宛であることをフレディは知らない)に、愛している、だけでなく「君となら死ねる」という科白もあるよねと言った、その科白だ。

この科白でフレディはルイサを口説き落とし、そして捨てた。フレディは捨てられた彼女をやさしく見守った。

そしてまるでこの言葉をゲバラに対して言ったかのように、フレディはゲバラに殉じた。

白黒フィルムによるイントロダクションと海面を映したタイトルロールが終わると、最初のシークエンスは来日したゲバラが当初の予定を変更して広島を訪問した時のエピソード。この時に愛用のニコンのカメラがやたらと強調されているように思ったのは、過日、これとタイアップのゲバラ写真展を観に行ったからだろうか? 

さて、ある同業者の友人が心配していた、オダギリジョーのスペイン語はどうなの? という問題。

音節末の -s (-) が気音化する感じはうまくできていたので、最初騙されたが、やはり (-) l (-) 及びr-、-rr- 、や -u- の音など、気になる発音の癖はある。日系人としてなにがしか残らざるを得ない訛りというよりは、やはり日本語で育ってきた話者が習得したスペイン語に残す訛りといつた観は免れない。

でも、それでいいのだと僕は思う。


写真は、帰宅後、届いたエンリーケ・ビラ=マタス『パリに終わりはこない』木村榮一訳(河出書房新社、2017)の下に敷かれた『エルネスト』のパンフ。

2017年8月23日水曜日

ディジタルの勝利/アナログの写真家

試写会に呼んでいただいたので行ってきた@TCC試写室

小田香『鉱 ARAGANE』(ボスニア・ヘルツェゴビナ、日本、2015)

小田香は『ニーチェの馬』のタル・ベーラのもとで学んだとのこと。この映画も彼が監修として名を出している。

サラエボからは北西に約30キロというから、つまり、近郊、ということだろうか。ブレザという町にある炭鉱に「圧倒的な美しさ」を感じたという監督が、その炭鉱での人々の仕事を撮ったドキュメンタリー。

暗い鉱山での仕事が、ディジタルの映像に捉えられると、なるほど、きれいだ。坑道をトロッコのようなものに乗って下りていく抗夫を(たぶん)カットせずに最初から最後までただ映した冒頭、逆に地上に戻る姿を映した後半、そして今度はエレベーターで彼らが降りた後に、彼らの姿が見えなくなった後も動き続けるケーブルをずっと映したラスト。それらの間がいい。

その後、恵比寿の東京都写真美術館で「写真家チェ・ゲバラ」展へ。盛況であった。写真は絵葉書。僕は美術展に行くと絵葉書を買うことにしている。

今回の写真展は映画『エルネスト』とのタイアップ企画。会場のロビーにはこんなものもあった。


2017年8月20日日曜日

始まりはいつも気紛れ


ついでに、Twitter上に



そして、


を投稿した。

実際、気紛れで始めたものの、飽きっぽい僕の性格だから、投稿を連動させる気が一切ない。きっと違うことを書き続けるのだ。他に書くべきことがあるのに(今のところはInstagramの昨日の投稿に書いた書評を、本当に終えなければならない)。

僕の理解が間違っていなければ、Instagramは基本的に写真を投稿する場だ。次なる問題は:

だいたい常に持ち歩いているカメラの問題。いわゆるコンデジ。これを取り出すと、今どきこんなものを持ち歩くなんて珍しいと言われる。

そりゃそうだ。iPhoneのカメラなど、今では素晴らしい。画質もいい。撮ればすぐに写真(アプリ名)に収まって、そのままInstagramと連動させてシェアできる。

一方、この愛するCanon PowerShot G9X で撮った画像は、今ではWi-FiでiPhone やiPadに取り込めるけれども、少なくとも一手間余計だ。やがてその作業が億劫になったとしてもおかしくはない。コンパクトでないカメラを持ち歩く人は逆に飛躍的に増えたから、この一手間は決して嫌がられているわけではないと思う。写真がInstagramに掲載するためのものだと思えば、スマートフォンでないカメラは無用の長物で、無用の長物としてのカメラを持つなら本格的なものを、というわけなのだろう。


さて……
(いや、僕だってミラーレス一眼レフなど持っているわけだが……一方で、この二つくらい前のモデルを持ち歩いていた頃、同席したさる写真家が、やはり同型のものを持ち歩いていることを知り、なんだか誇らしく思ったものなのだよ)

2017年8月17日木曜日

悲鳴を上げる財布

これは何だ? 

昔から、身軽さへのオブセッションがある。徒手空拳という言葉への尽きせぬ憧れがある。前提その1。

かつて、マネークリップを使っていた。なかなか気に入っていた。が、いつしかカードなどを持つようになり、財布を使うのが当たり前になっていった。今ではマネークリップは使っていないものの、何となく、また使いたいなという漠然とした憧れがある。これが前提のその2。

で、こうなった。


これまで使っていた財布(これはこれで気に入っている)と比べると、こんな感じ。おそらく厚みは大差ないかもしれないが、大きさがだいぶ違う。

これでボーナスは使い果たした。後は水を飲んで生きる。(というのは、もちろん、噓だけど)


以前、iPadやら何やらを衝動的に買う僕を見てたしなめていた教え子が、先日、会ったときにこのThe Ridgeのマネークリップの話をしたら、あっさりと「買っちゃえばいいんじゃない」と言っていたので、その態度変更に戸惑いつつも、背中を押されたような気になったので、買った。

2017年8月16日水曜日

悲鳴を上げる島

Facbookで繫がっている方が他のある方の記事をシェアしていて知った、こんなニュース。


僕は高校進学と同時に家を出て、その後、ほとんど帰省もせず、今後もUターンなどさらさら考えていない。僕はきっと、さして故郷思いでもないだろう。それでもこうしたナンセンスな話には腹立ちを禁じ得ない。

記事には地図と候補地の上空からの写真がついている。一番北の候補地、「笠利湾東(奄美市)」と書いてある場所は、僕が子ども時代、たまに遊びに行った場所だ。もしくはその近くだ。

山を越え、木々の中の小径を抜け、最後にマングローブのアーチをくぐり抜けると眼前に開ける白い砂浜だ。関東の黒い砂浜と比較すると目の覚めるほどに真っ白いそのビーチは、確かに美しい。その名も白浜(するばま)という。

が、はっきり言ってそのビーチは狭すぎる。山がすぐ背後まで迫っているので、ビーチ周辺も狭すぎる。つまり、ここにリゾート施設を作るのはナンセンスなのだ。それは、地図に添えられた航空写真を見るだけでよくわかるだろう。

これは、そのちょっと先にある岬から撮った白浜の写真だ。

記事によれば、「珊瑚礁がないなど環境への負荷が小さいこと」などが候補地の条件とのこと。写真に描き込まれた赤い鉤型の直線が、想定される埠頭だろう。そこに作れば珊瑚を傷つけない、もしくは、傷が最小限で済むということかもしれない。

埠頭はそうなのだろう。しかし、滞在型のリゾートを作るということは、近くにホテルなどの施設を作るということだ。この狭い土地にホテルを作るためには珊瑚礁の海を埋め立てなければならないだろう。でなければ山を潰さなければならないだろう。「環境への負荷が小さい」などと言えるだろうか? 

何よりも気になるのは、「回頭域は、現時点における世界最大のクルーズ船の全長(L)361m(ロイヤル・カリビアン・インターナショナルのオアシス級客船)を想定し、その2倍(2L)の722mを回頭場の直径にしている。」(強調は引用者)というところ。

ロイヤル・カリビアン・インターナショナルはつい昨年のこと、この「笠利湾」の西側、龍郷町に同様のリゾート施設を作る計画を打ち上げ、地元からの反対運動に遭って断念した会社だ。いろいろとリンクを貼りたいところだが、とりあえず、このNAVERまとめで(リンク)。

語るに落ちるとはこのことだ。要するに直接開発しようとして失敗したロイヤル・カリビアン・インターナショナルが、国交省にロビー活動をかけてこんな計画を作らせたのだろう。

環境破壊阻止などに熱心な者ではない。単に無駄だと思うのだ。100人集まればいっぱいになる砂浜に1,000人も2,000人も連れてくることはない。この楽園に来たければ、お椀の船を箸の櫂で漕いでくればいいのだ。

白浜から岬を回ったところが僕が2,3歳のころから15の歳まで住んでいた集落だ。その目の前の小さな湾の光景がこれだ。

さっきの白浜の写真を撮った場所の近くで、後ろを振り返ればこの写真の光景が見える。そういう位置関係だ。

位置関係はともかく、何が言いたいかというと、この埠頭と防波堤だ。こんなものは僕が子供の頃にはなかった。入江になっているから、波なんか高くない。防波堤など必要だと思ったことはない。小さな漁船が繋留されている程度の浜に、こんな埠頭は必要ない。この埠頭はおそらく(たまに帰省したときに見る限りでは、ということ)、利用されていない。


これが国交省の仕事だ。

2017年8月15日火曜日

Bocadillos

TwitterやFacebookのステレスマーケティングにはうんさせりさせられることも多く、腹の虫の居所が悪い時には、削除して報告したりするのだが、ステマといっていいのかわからない情報ページでは、実はひそかにいいアイディアをいただくこともある。

以前、コーヒーのペーパーフィルターは油漉しとかハンバーガーやサンドウイッチの包み紙にも使える、なんてアドバイスを見て、これはいいと思ったのだった。

最近はもっぱらフレンチプレスコーノ式ドリッパーとを使っているので、カリタ式のドリッパー用フィルターが余っていて、アドバイスに従っていろいろと使っている。

今日はバゲットサンドを作ったので、そのホールダーに使ってみた。バゲットサンド。スペイン風に言うとbocadillo。で、スペインのbocadilloは縦に切って具を挟むという印象があったのだが、最近、何かの写真で水平に切って具を挟む例も見たので、今回、バゲットを水平に切ってボカディーヨを作ってみたのだ。

レタス+生ハム+チーズ+キュウリ
レタス+オイルサーディン+キュウリ

昨日作ったキュウリとパプリカのピクルスも添えてみた。

僕は常々、なぜ日本のバゲットは外皮が柔らかいのかと不満に思っていたのだが、焼いてみたら硬くなることに気づいた。もっとも、中身も硬くなるのだが。


でもいいや、ともかく、うまい。

2017年8月9日水曜日

使い初め

以前購入を報告したブックノート。いよいよ使い出した。

サイズはB6、いわゆる四六判の本の大きさ。だから先代のモレスキンのノートと比べると、背が低い。

だからふだん使っているインク吸い取り紙も、こうして少し切ることになる。

いいことがひとつ。そもそも僕がひとつのノートにすべての情報をまとめることを始めたのは、以前も何度か書いているが、大学2年の冬、クリスマス・プレゼントにローラー・ボールペンをもらったことがきっかけのひとつだった。ところが、モレスキンの紙だと、ローラーは裏に滲んで使えない。だから万年筆と油性ボールペンを使っている。普通は万年筆。本や新聞をメモを取りながら読む時にはボールペン。しかして、ブックノートはローラーで書いても滲まない。だから油性ボールペンの代わりにローラーが使える。

すべてを1冊にまとめるとはいっても、今では日々の買い物のメモはiPhoneのメモに書きこみ、買い終えたら消すようにしている。論文などを書くための読書メモも、メモはノートだけれども、引用などは直接PCのソフトに書きこんだりしている。だから以前に比べてノートの使用頻度は減った。それでも、まだまだ重宝しているのだ。年に数冊のペースでノートを使っている。

今、取り組んでいることのひとつはこれ:

『ドン・キホーテ』についての短めの(400字×10枚ばかりの)文章。

こういうのがいちばんむずかしい。これだけ長い本について、比較的短い文章を書くというのが。

そういうときには、まとまりや構成など考えず、ともかく、いくつか、紹介したい箇所についての文章を一段落ずつ書いてみる。今回も3つか4つのポイントについて文章(段落)を作ってみた。

そうしているうちに道筋が見えてくることもある。今回も少し見えて来た。ただし、作った段落のうちひとつだけが使えそうだ。他の3つは惜しみなく捨てる。今回は使わない。いつか使えるかも知れないけれども、気にせずに放置だ。

文章を書き慣れない者は往々にして書いたものを捨てたり書き換えたりすることに抵抗を感じる。これまでも何度か、削除や書き換えを頑なに拒む学生にほとほと参ったことがあった。

今日、FB上で、とある新聞社の写真部に勤める友人が他の友人に写真がうまくなるこつを伝授していた。そのひとつは「いっぱい撮ること」。数十枚撮ればそのうち1枚くらいはいいのができるかもしれない。――さすがはプロ。そういうことなのだ。僕らの目に触れるたった1枚の背後には、使われなかった数十枚数百枚の写真がある。

僕らが読む1ページの文章の背後には、捨てられたり変形されて原型を留めなくなったりした何十ページ何百ページもの文章がある。


そしてその背後に何ページものノートのメモがある。モレスキンが、ブックノートが。

2017年8月3日木曜日

満島ひかりの歌や島中響(とよ)まるる……

園子温『愛のむきだし』(2008)を見て以来(つまり、それ以前は良く知らないのだが)、満島ひかりのファンなのだ。顔も体つきも、その演技にも惹き付けられてならないのだが、最近つらつらと思うことは、誰かに惹き付けられる時にたいていそうであるように、僕は満島ひかりの声が好きなのだろうということ。

そんなわけで、満島ひかりの声を活かすために作られた映画を観に行ってきた。


いや、もちろん、島尾敏雄、ミホ夫妻への僕なりの興味があるのだが、ミホ役を満島がやるのだから、もはやどちらに対する興味に導かれたのかはわからないのだ。

映画『海辺の生と死』は島尾ミホの同名のエッセイ集と島尾敏雄「島の果て」が原作だと書いてある。「島の果て」は新潮文庫『出発は遂に訪れず』に収録された短篇だ。

島尾敏雄は特攻艇震洋の部隊を指揮するために加計呂麻島の呑ノ浦にやってきた海軍中尉。そこの国民学校で教師をしていたのがミホ。二人は恋に落ち、夜な夜な浜の突端を回ったところにある塩作り小屋で逢瀬を重ねる。結局、島尾敏雄に出撃命令は出ないまま戦争は終わる。

以上が、おそらく、事実のあらまし。敏雄はそれを「島の果て」という短篇に書き、さらに後年、ミホは『海辺の生と死』に収めたいくつかのエッセイでそのことを彼女の視点からの思い出として書いた。

敏雄の短篇はあくまでも創作で、加計呂麻島を「カゲロウ島」と呼び、自らを朔中尉、ミホのことをトエと名づけている。こうした命名と小説内のいくつかの台詞やエピソードなどを盛り込みながらも、基本的にミホの回想を基に脚色したのが今回の映画。

したがって、島尾文学のいかにも島尾らしい要素の一部は脱落することになる。「島の果て」ではトエは集落の出身の者ではないことがほのめかされ、教師ではなく「部落全体のおかげで毎日遊んでくらして行くことができました」と表現され、かなり謎めいた娘として提示される。

一方で、部下たちの統制に悩む文弱な将校ぶりは、ミホのエッセイからは見えてこない部分なのだが(ミホのエッセイでは島尾隊長のカリスマ的人望が印象づけられる)、映画は敏雄の短篇からそうした要素は取り込んでいる。

結果、凛とした小学校教師ミホの声が映画全編を通して響きわたることになる。敏雄の短篇よりも大人なミホが立ち上がる。朔は「島の果て」よりも少しだけ人望を集めることになり、その代わり、深く悩んでもいる。

トエことミホ、こと満島ひかりの声の響く映画は、島尾敏雄の短篇以上に多言語的でもある。トエが子供たちに歌って教える浜千鳥の歌は、「島の果て」ではわずか2行のみ(浜千鳥、千鳥よ/何故お前は泣きますか――〔ルビ:ぬが・うらや・なきゅる〕)なのだが、ミホのエッセイでは、終戦の前々日、島尾隊長を待ちながら歌ったことになっているこの歌は、こう記される。

チドリャ ハマチドリャ(ルビ: 千鳥 浜千鳥)
ヌガウラヤナキュル(ルビ:何故 お前は 泣き居る)
カナガ ウモカゲヌ(ルビ:君が 面影の)
タチドゥ ナキュル(ルビ:立つ故に 泣き居る)
(……)

という具合に一連まるごと再現されている。


そして映画では、最初の塩作り小屋での逢瀬の時に、これがまるごと、満島ひかりの声で歌われるのだ。(歌唱指導は朝崎郁恵。たぶん、一度、彼女自身の歌が映画内で流れている……と思う)

2017年7月27日木曜日

なぜだろう? 涙が出る

若林正恭『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』(KADOKAWA、2017)

タイトルに惹かれて手に取った。

まったくTVを見ないわけではないから、若林正恭が漫才師であることは知っている。彼らの漫才も見たことがある。あまり面白いとは思わなかったが、台本を書く若林は本好きでもあり、BSでは小説家たちとのトークショウも持っている(その成果が本にもなっている)こともかろうじて知っている。

僕の若林正恭に関する予備知識はその程度だ。若林正恭のキューバに関する予備知識より少しは多いと思う。若林は、ほとんど予備知識もなくキューバ行きを決意する。最初、旅行代理店で動機を尋ねられ、アメリカとの国交が回復したから、と適当に答えては、皆さんそう言う、と返される。しかし、しばらくしてから、家庭教師に新自由主義の概念を学び、自らの人生を振り返り、新自由主義に侵されていない社会に行きたくなったから、との動機を明かす。そして最後の最後に、本当の動機を明かすのだが、それはここでは書かないでおこう。泣いちゃうから。

ともかく、そんなわけで、さしたる予備知識もなく、バウチャーひとつで本当にホテルの予約ができたのかと不安に思いながらも、やっと取れたチケットを手に若林はハバナに向かう。

さて、新自由主義体制の浸透である種の疎外感を味わったことが冒頭に明かされて始まるのだが、それでも若林は芸人として、TVタレントとして言わば傍系とはいえ勝ち組に収まったのだな、と思えるのは、彼がハバナでガイドを頼んでいるからだ。僕はそんなものに頼って旅行したことはない。

でも、そのガイドの描写が面白い。初日に頼んだのはマルチネスという、流暢な日本語をしゃべるキューバ人。彼は案内すべき箇所についての説明は饒舌にこなすのだが、いったん、そうした場を離れると無口になってしまう。

「革命博物館まで何分ぐらいですか?」
「……15フングライ」
 また無言。
「暑いですね」
「……オヒルハモットアツクナル」
 それから革命博物館に着くまで二人はずっと無言だった。
 ぼくは気づいた。
「マルチネス、人見知りだわ」(65-66)

若林は、そういえば、『社会人大学人見知り学部 卒業見込み』という本を書いているのだった。人見知りは人見知りを知る。そして人見知りにやさしい。そんな人見知り芸人の人見知りガイドに対する心遣いが暖かい。人見知り読者としては何だかほっとする。日本のガイドブックを見せたら1cuc(兌換ペソ)と1センターボの写真キャプションが逆であることを教えられ、この間違いに気づかず、10cucをチップとして置いてきたことを笑い話として提供する。「それからマルチネスは気持がほぐれたのかよく喋るようになった。マルチネスが明るくなったから10cucも痛くないなと納得した」(91)。「公式レートでは現地の人の1ヶ月弱の収入にあたる」額をチップにしてしまったことを「痛くない」と感じるほどにマルチネスを明るくさせたかったのだから、やさしいのだ。あるいは、人を笑わせることを職業とするお笑い芸人のプロ意識が感じられるのだ。(一方で、やはり勝ち組なのだとも思う)

本書のタイトルは、カバーニャ要塞で野良犬を見て、著者が

 東京で見る、しっかりとリードにつながれた、毛がホワホワの、サングラスとファーで自分をごまかしているようなブスの飼い主に、甘えて尻尾を振っているような犬よりよっぽどかわいく見えた。(77)

と感想を抱くところから来ているのだろう。ハバナの観光地で抱く若林の感想は優れている。第1ゲバラ邸にゲバラの存在が感じられないとつぶやき、革命広場でカストロの5時間、10時間に及ぶ演説のことを考えて、そんな異常なことがあり得るのだろうかと疑問を抱く。そして「いろんな芸風の人を舞台袖で見てきたけど、芸人には元々声に力を持っている人とそうでない人がいる」、「ラッパーの方でもそうだ。声、リズム、そのものに快楽を呼び起こすものを持っている人がいる」、「カストロの声やリズムには、長時間人を惹き付ける力があったはずだ」、だから「カストロが10時間ラップで演説をして、それを聞きながら10万人の聴衆はサルサを踊る」(86)そんな光景を妄想する。こうしたコメントのひとつひとつがとても新鮮で面白い。

文章の工夫も唸らせるものがある。自身の話す挨拶程度のスペイン語は「オラ」「グラシアス」などとカタカナで表記し、キューバ人たちの話すスペイン語はHolaなどとアルファベットで記す。

冒頭の口絵はともかく、本文中に挿入される写真は白黒だが、苦労してどうにかバスに乗り、30分ほどかけて行ったサンタマリアのビーチにたどり着いた瞬間、その写真だけはカラーで示す。

 ぼくは思わず「ははははは!」と声を出して笑ってしまった。
 なんでだろう、めちゃくちゃ綺麗な海に辿り着けたことがおかしくて仕方なかった。(158)

うむ、読ませる。


(写真は読後行ったメキシコ料理店テピート@下北沢でいただいたうちわと共に)

2017年7月17日月曜日

文学を読み・書き・動いてきた。

昨日は現代文芸論研究室創立10周年記念シンポジウム「文学を読む・書く・動く」に出席してきた。出席というか、開催してきた。

まずは沼野充義、柴田元幸、野谷文昭の三氏による現文創設時の思い出。

次の第一セッション「文学を読む」の司会をした。パネルは福島伸洋さんとマイケル・エメリックさん。

福嶋さんはボブ・ディランの話から始め、詩は元来、音楽であったと文学史に話を広げ、孤独な黙読、韻のことなどを話した。マイケル・エメリックさんは、立命館に留学時代、日本語の本を集中して読んでいたが、ある日、ふとイェイツの詩を紐解いてみたところ、言葉が炸裂するような感覚を得たこと、感覚遮断によるそうした体験から、読まないことについて考え、たとえばまだ読めない子供たちの言語のあり方を紹介しつつ、自身の炸裂体験にも共通するある爆発を感じているはずの子供たちの経験に思いを巡らせた。

第二セッション「文学を語る」は阿部賢一さんの司会。平野啓一郎さんが子ども時分に作文にフィクションを書いていたこと、自身の「分人」という概念から創作する自己を語れば、千野帽子さんがそれを理論的に後付け、中核自己と自伝的自己について語った。

第三セッション「文学を動く」では司会の沼野充義さんが西成彦さん今福龍太さんそれぞれを紹介しながら2008年に出た二人の本のことを紹介、西さんは自身の足跡を語り、脱領域の知性(extraterritorial)が治外法権でもあることを説いた。今福さんは今年死んだ3人の作家のことを語った。

満員であった。(写真は沼野充義さんのFacebookから)


盛況であった。

2017年7月9日日曜日

地獄よりも暑い

7月5日(水)にはかねて予告のとおり、マドリード・コンプルテンセ大学の教授、ダマソ・ロペス=ガルシア博士に「ジェイムズ・ジョイスとフリオ・コルタサル」という題でご講演願った。ロペス=ガルシア博士は博学な人で、『ユリシーズ』と『石蹴り遊び』の似ている点、異なる点、意義の相同性などについて語った。

7月6日(木) メキシコ大使館にプラネータ社(出版社)のプロモーションのためのプレゼンテーションを聴きに。田村さと子さんや宇野和美さん、そしてきたむらさとしさんらの話を聴きに行った。

この日、大学で受け取ったのが、これ。

『文藝』秋号。ここに「戦後文学が読みたい」という1ページの文章を書いている。特集の一環だ。特集は堂々の読み応えだ。

7日(金)にはあるところに行ったのだが、その途中、公園に寄った。

鯉ってこうしてみると、意外に……

8日(土)は立教の口座。『ポーランドのボクサー』の表題作を読んだ。僕が気づかなかったある読みについての示唆をいただいた。皆さん、なかなか鋭いのである。


9日(日)溶けている。

2017年7月4日火曜日

補色

さて、赤を脱し、黒いケースにしたiPad mini (2) なわけだが、昨日、記事を投稿してからあることに気づいた。

iPad mini が見つからない。見失ってしまう! 

たぶん、黒だからみつからないのではないと思う。ずっと赤で認識してきたから、黒を見落としてしまうのだと思う。慣れれば、たぶん、大丈夫……?

ちょっと前にこんなノートを見つけた。渡邊製本謹製BOOK NOTE(リンク)

もう何度も書いているが、ふだんはMoleskineを使っている。

が、たまには気分転換したい。それに、以前書いたように、ノートの形状や色、形などとともにそこに書いた内容を記憶していることも多い。以前、ある本を読んでメモを取ったはずだが、とそれを思い出そうとすると、あ、そういえば、あのノートに書いたのだった、と思い出す。

そんなわけで、たまにはMoleskine以外のノートも使う。それで、今回はこれを注文したのだった。僕はどうも広告に弱いらしい。

が! 

その後、持ち物が赤ばかりなのにうんざりして、赤を脱出したのだった。それなのに赤いノートを注文しちまったぜ! 

……でも大丈夫。

補色の緑も買っておきました。次はこの緑を卸すことにしよう。

渡邊製本は今月5日(明日だ)からの世界文具・紙製品展に出品するそうで、それを記念して「粗品」をあげるとの手紙がついてきた。

「粗品」というのが、右に見える灰色の紙。買う前の本に挟まっているあのスリップの形状をしたメモパッド。


すてきだ。

2017年7月3日月曜日

赤と黒

選挙が終わった。

気づいたら身の回りに赤いものが増えていた。共産主義者じゃあるまいし。還暦までもまだ少しあるのに。

昨日のファイルケースも、それからメガネケースも赤。さすがにちょっと行き過ぎだ。

iPad miniの赤いケースがだいぶ黒ずみ、くたびれてきたので、黒いのに換えてみた。別にファシストになったわけではない。

売り場にはiPad mini4のケースばかりが並んでいたので、これはiPad mini2と共通なのかと訊ねたら、店の従業員は即座に、違います、と答えた。4の方が薄いんです、と。つまり、僕の持っているiPad mini 2 はこれよりも厚いのだと。で、片隅にあった以前のヴァージョン用のケースを教えてくれた。

うむ、「違います!」と答えたときの彼女の表情が何やら勝ち誇っているように見えたのは、僕のひがみ根性だろうか? 


そうか、iPad mini4 ってこれよりも薄いのか。だったらいっそのこと、iPad mini4を買っちゃおうか、てな気になるのが人情というものだが、さすがにそれはやめた。こうして僕のiPad が黒くなった。

2017年7月2日日曜日

日曜日には部屋を片づける

今日のポテトサラダはことのほかうまいのだ。

ひとつの地獄からもうひとつの地獄に移り住むだけのことが決定したこんな日に。

日曜日は気分転換に部屋の片付けをしてみた。少しスッキリした。誰かを家に招きたくなった。

そんな時に届いた荷物がこれ。

バッグ内のバッグとしても、あるいは手持ちでも使えるもので、ちょうどいい具合にPCが収まるものが欲しかった。鞄が革のもので、汗をかくと色落ちが心配なので、バックパックとして背負うことはせず、肩掛けで使っている。そうするとPCが重くてしかたない。肩掛けの鞄の際にPCなどを手持ちにできるものが欲しかったので、だいぶ前に、ファイルケースとともにいつものHERZに注文していたのだ。それが忘れたころにやって来た。


ポテトサラダを入れる弁当を持っていくのもあと2回。(つまりあと2週で授業が終わる)

2017年7月1日土曜日

告知2点


マドリード・コンプルテンセ大学のダマソ・ロペス=ガルシア先生による講演「ジョイスとコルタサル」。


現代文芸論研究室創立10周年記念シンポジウム。文学を読む、語る、動く。

ぜひ!

立教のラテンアメリカ講座、文学の授業ではエドゥアルド・ハルフォン『ポーランドのボクサー』松本健二訳(白水社、2016)を読んでいる。これが面白いのだ。

日本語版『ポーランドのボクサー』は同名の短編集、中篇『ピルエット』、同『修道院』のそれぞれ一部を編み直したもの。しかし、たとえば『ポーランドのボクサー』所収の「白い煙」と『修道院』とに連続性があるので、後者の第1章である「テルアビブは竈のような暑さだった」と「白い煙」を続けて読むと(日本語版『ポーランドのボクサー』はその順に配置されている)独自の面白みが生まれる。立教は公開講座でいろいろな人がいるので、反応も様々で面白い。


『ポーランドのボクサー』冒頭の「彼方の」についての話を中心に、上記シンポジウムでは話をしようかと思う。

写真はイメージ。@治一郎カフェ吉祥寺。

2017年6月17日土曜日

散歩で乱歩

立教大学にラテンアメリカ研究所というのがある。そこがラテンアメリカ講座という市民講座を開設している。その講座には文学の授業があって、今年、それを担当している。最初の3回くらい軽く講義のようなことをして、後は実際の本を読んでいる。

まずはジョシュ『バイクとユニコーン』見田悠子訳(東宣出版)の短篇を一篇ずつ読んできて、今日が最後の一篇だった。話すと長くなる理由から2番目に掲載されている「生ける海」が最後の1作。なかなか面白かった。

終わって向かい側の歩道(中高や五号館のあるところ)に渡って歩いていると、「乱歩邸公開中」とある。

熱心な読者でもないので致し方ないのだが、実は江戸川乱歩がこの近くに居を構えていたことは知らなかった。その住居が立教大学に譲渡され、大学の大衆文化研究センターの管轄下にある。通常の公開日でもないのだが、今日は特別に公開していたようだ。

見てきた。

応接間の隅にはライティングデスク。その前面にはブリタニカの百科事典が並べてあった。

土蔵は書庫。そういえば、以前、何かのTV番組でこの中にカメラが入ったのだった。みたことがある。整然とした書庫は羨ましい。

この蔵全体が書庫なのだ。

びわもなっている。

枯れているものの池であることは間違いない。


で、帰宅後、エドガー・アラン・ポーなど読んで過ごしている。来週の授業に関係する事柄だ。