過去の仕事

ずっと以前、ある文庫に訳すべき作品の企画を出すように言われ、3、4本ほど出した。そのうち2本を実現しましょうということになった。第一弾はベニート・ペレス=ガルドスの『トリスターナ』(1892)で行こうと。ルイス・ブニュエルの『哀しみのトリスターナ』(1970)の原作だ。

僕は当時、『チェ・ゲバラの記憶』の訳に取りかかっていたので、それを終えたらすぐに仕上げると約束した。後から確認したところでは、そのとき、編集者は1章でいいから終えたらサンプルをくれと言ったらしい。そんなものなら既に持っていたが、僕はどうもそれを聞き違えたようだ。いつでもいいから終わったら送れと言われたと。

『チェ・ゲバラの記憶』が終わり、それから『トリスターナ』の残りの訳にとりかかり、冬休みいっぱいかけて訳し終えた。2009年1月2日にまとめて全文を送信した。

やがて編集者から連絡が来た。上のように、1章でいいから送れと言ったのにいつまでたっても送ってこないからあの話はもうなくなったものだと思っていた、と。担当者が代わったので、その者から連絡が来るはずだ、と。

そして10年が経った。その代わった担当者にはその後、他のところで会い、あれ、どうなりましたかと訊ねたのに話を濁すばかりで、何とも答えてくれない。そのうち彼も辞めてしまった。

そんなわけで、宙づりになったまま、原稿だけが残っている。僕にとって残念なことは、この作品が世に出なかったことよりも、これが終わったら次にやろうと言っていた作品の企画すらもボツになってしまったことだ。そうこうしている間にその作品は他の人物による手抜きとしか思えない翻訳が出てしまった。

その後、僕も忙しくなったので、『トリスターナ』のことは忘れていた。直後には『野生の探偵たち』にかかりきりになったし。が、時々、思い出したように他の版元の人に会うと、話を向けたことはあるが、どこもあまり乗り気ではないようだった。で、ある日、そういえばあれはもう著作権はないのだから勝手に公開すればいいのではないかと思い立った。思い立っただけでまた忘れていた。それなりに多忙なのだ。

で、今日(2021年3月13日〔土〕)、思い立ったので、翻訳原稿をPDFに変換してみた。それを公開することにしよう。

作者ベニート・ペレス=ガルドスに関しては『ドニャ・ペルフェクタ』(現代企画室)巻末に訳者大楠栄三による詳しい解説がある。そちらを参照されたい。

40字×30行×150ページ。400字詰め原稿用紙に換算して450枚弱。3.3MB。

としていったんはリンクを貼ったのだが、このページを翌14日〔日〕に twitterに公開したところ、出版を申し出てくれるところが現れた。そうなるとさすがに公開しておくわけにはいかないので、削除することにした。悪しからず。

完成原稿とはいえ、12年前のものだ。いろいろと手を入れたいところはある。間違いもあるかもしれない。今後、校閲と校正を経るわけなので、訳文はきっとよくなることと思う。