2011年4月10日日曜日

オブセッションを楽しみに換える


ある書類を、地震後のゴタゴタとそれを片付けるための研究室の整理の最中に紛失したかもしれないという疑念が芽生えたのは、昨日の夕方のことだった。どんな書類かは言わないが、ともかく、それを紛失するなど、職業人としてのモラルを問われそうな、つまり、これをなくしたのだったら、ぼくはもう大学教員としてやっていけなくなるかもしれないというような、そんな類の書類だ。

疑念は強迫観念へと変わった。いや、でも、封筒に入っていたはずだ。封筒は貧乏性なぼくは再利用しようとして取ってあるはずだ。捨てる封筒もあるけども、そのときは中身を確認するはずだ。だから捨ててはいないはず。冷静に考えると、そういう結論に達するのだが、それでも落ち着かない。でもぼくほどのそそっかしい人間のこと。封筒は中身を確かめてから捨てるという原則など、何千回破ったことか……

いても立ってもいられなくなった。眠れなかった。気持ちを鎮めるために、仕方なしに研究室に見に行った。東京都知事選の投票を済ませてから、そのまま、自転車で。

書類は、やはり、あった。これでしばらくは路頭に迷わずとも済みそうだ。

で、ただで書類の確認のためだけに行くのもしゃくなので、行き帰りにサクラを愛でてきた。武蔵野公園やら野川公園、武蔵野の森公園、多磨霊園など。サクラは方々で満開だった。写真は大学の南側の裏道。そしてそれと直角に交わる警察学校および警察大学校の裏道。なかなか壮観なサクラ並木だ。

多磨霊園では、花見をしている人もいた(いや、もちろん、公園にもいたが)。これは花見を自粛しろなどと言ったあの現東京都知事へのプロテストか? だったら嬉しいぞ。今日、われわれの投票行動によって、不当に長居したその公職を追われるはずの、あの老人への抗議なのか? それともサクラの木の下には死体が眠っている、という梶井基次郎のテーゼの確認なのか?