明日の準備ができていなくて、午前中、大学に寄った。その途中のこと。
東八道路を走っていた。試験場を過ぎたあたりだ。ぼくは追い越し車線を走っていた。走行車線を鼻ひとつ先んじてワゴン車が走っていた。きっと試験場の駐車場待ちをする車たちをかわそうとしたのだろう。ウインカーも出さずにこちらに割り込んできた。ひやりとしたぼくはクラクションを鳴らした。そして車内で右手をかざし、身振りも大げさに気をつけろ、というような仕草をした。
走行車線に戻ったワゴン車はぼくと並ぶと、大声で文句を言ってきた。最初、気づかなかったのだが、たいそう大声だった。気づいたぼくは、「ウインカーを出せ」というつもりで、左手でまばたきするジェスチャーをした。ワゴン車はぼくの後につき、煽りをかけてきた。
二枚橋の歩道橋下を右折、野川公園の横を走ったが、ついてくる。煽ってくる。アメリカンスクールの角から住宅街に入ったところで、助手席の男が降りてきて先回り、ぼくの行く手を阻んだ。
降りろ、だの、謝れ、だのと言っている。ぼくは瞬間、窓を開けて言いたいことを言って、閉じた。つまり、ウインカーも出さずに割り込んできては危ないじゃないか、それでクラクションを鳴らしたまでのことだ、その程度でここまで追い掛けてくるとは何ごとだ。
運転手も降りてきていた。金髪で腕に入れ墨をしている。
窓を閉めても彼らの言い分は聞こえてくる。いわく、ぼくが中指を突き立てる仕草をしたというのだ。車を脇に寄せて、降りてきて謝れ、と。
狭い住宅街の道だ、対向車が立ち往生している。迷惑だろう、とこちらが言っても、知るか! と相手は取り合わない。運転手は車の中からバイクのサドルのようなものを取りだしてきた。いっそのことそれで車に傷をつけてくれれば、出るところに出られるのだが、と考えたけれども、さすがにそれは口にしなかった。
やがて正面の白いワゴン車の中から出て来たあんちゃんは、この目の前の二人と知り合いではないみたいだっが、なぜかその二人をうまくなだめるようにして、ぼくの車に近づいてきた。「ともかく迷惑だから後に下がってそこで話し合いしろ」
ぼくは応えた:「やつらの車がすぐ後にあるので後退もできないのだが」
男はふたりに指図した。素直に従った運転手は車をバックさせた。助手席の男はあくまでもぼくを逃がすまいと、にらみをきかしながらぼくがバックするのについてきた。
だいぶ興奮していたけれども、同時に不思議と冷静だった。さて、観念するか、という思いと、でもこちらから手を出してはならない、という思いが交錯していた。
対向車やその他の車がぜんぶ捌けてから外に出た。
「なんだってんだ?」車を下りたぼくは、よせばいいのに、ふたりを睨みながら強気に出る。
「なんだじゃねえよ、謝れよ。中指突っ立てて死ねって言ったろ」
「死ねなんて言っていないし、中指も突き立てたつもりはない。そう見えたのなら謝るが。しかし君たちはウインカーも出さずに割り込んできて危なくぶつかるところだったんだぞ」
などとやりあっていたら、警官がやって来た。どうしました、と訊ねられたので、ぼくは自分の側からの説明をした。二人は不思議とおとなしく聞いていた。手を振り上げる仕草をした、というところで、こうやったろう、と反論したのみだ。「こう」というのは、中指を突き立てたということだ。どうやら、彼らの怒りの中心は、本当にそこにあるらしい。
「まあ誤解を与えたようだから、謝ったらどうですか」と警官。
「誤解を与えたことについては謝ってますよ……」
「ぜんぜん謝ってねえだろう!」助手席の男がぼくの横にあった電柱にパンチを入れる。
「このことと、それからもうひとりの運転手の彼が肩にバイクのサドルのようなものを抱えている、そのふたつの威嚇行為は、車の中で中指を突き立てる程度とは比べものにならない甚大なものがあるとおもいますが」などと言うものだから話が紛糾してしまう。ますます色めき立った助手席の男とぼくの間に警官が割って入ってとりなす。
それからさらに数分、やった/やってない、謝れ/謝ったのやりとりがあって、やっと事態は収拾した。
こんなことは初めてなのだが(これまでは、一度だけ、なぜか前を行っていた車がぼくに道を譲ったかと思うと、煽ってきたという事件があった。数年前の話だ)、ともかく、こうした事態を自分でうまく丸く収められないのだから、ぼくはつくづくと大人げないと思う。
そして同時に、授業のない日に大学などに行くものではないとも……