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2017年7月17日月曜日

文学を読み・書き・動いてきた。

昨日は現代文芸論研究室創立10周年記念シンポジウム「文学を読む・書く・動く」に出席してきた。出席というか、開催してきた。

まずは沼野充義、柴田元幸、野谷文昭の三氏による現文創設時の思い出。

次の第一セッション「文学を読む」の司会をした。パネルは福島伸洋さんとマイケル・エメリックさん。

福嶋さんはボブ・ディランの話から始め、詩は元来、音楽であったと文学史に話を広げ、孤独な黙読、韻のことなどを話した。マイケル・エメリックさんは、立命館に留学時代、日本語の本を集中して読んでいたが、ある日、ふとイェイツの詩を紐解いてみたところ、言葉が炸裂するような感覚を得たこと、感覚遮断によるそうした体験から、読まないことについて考え、たとえばまだ読めない子供たちの言語のあり方を紹介しつつ、自身の炸裂体験にも共通するある爆発を感じているはずの子供たちの経験に思いを巡らせた。

第二セッション「文学を語る」は阿部賢一さんの司会。平野啓一郎さんが子ども時分に作文にフィクションを書いていたこと、自身の「分人」という概念から創作する自己を語れば、千野帽子さんがそれを理論的に後付け、中核自己と自伝的自己について語った。

第三セッション「文学を動く」では司会の沼野充義さんが西成彦さん今福龍太さんそれぞれを紹介しながら2008年に出た二人の本のことを紹介、西さんは自身の足跡を語り、脱領域の知性(extraterritorial)が治外法権でもあることを説いた。今福さんは今年死んだ3人の作家のことを語った。

満員であった。(写真は沼野充義さんのFacebookから)


盛況であった。

2010年12月12日日曜日

シンポジウム終了

東京外国語大学総合文化研究所と東京外国語大学出版会共催のシンポジウム「世界文学としての村上春樹」終了。

柴田勝二はポスト日露戦争の漱石の意識とポストモダンの村上春樹の意識を対比させ、藤井省三は村上作品にみる魯迅の影を浮き彫りにし、亀山郁夫は父殺しのモチーフに始まるギリシャ悲劇的な根源を熱く語り、都甲幸治はアメリカ文学の担い手としての村上春樹をドン・デリーロ『マオⅡ』と対比させた。

主催者である柴田さんがいきなり予定時間を20分も超過する発表を行って、予定の時間はだいぶ延びたのだけど、まあ内容としては皆さん面白かった。白状すると藤井省三の書いたものは読んだことがなかったので、彼がこれまでに書いたことの繰り返しなのか、新たな指摘なのかわからないけれども、魯迅と村上春樹の比較は目からウロコ、という感じだった。

実際、ぼくもデビュー当時から村上春樹の小説はすべて読んではいるのだが、研究者として、あるいは批評家として読む態度をこの作家に対して保持したことはないので、村上春樹論のたぐいはたまに目についたものしか読んでいない。そんな身からすれば、どれも教えられることの多い読みだった。うーむ、やはりすぐれた小説というのは豊かな読みを換気するのだな、と。

観客の入りを危惧していたのだが、ぼくの予想に反し、かなり来ていた。200人近かったのではないか? 大盛況。やはり村上春樹だ。討論の時間には慶應で村上春樹で卒論を書いているという学生から質問というか、コメントがあった。うむ。必要なことではあるだろうが、この時期だけに、卒論書いてる方がいいのでは、と心配にもなった。