アリ・アスター監督『ミッドサマー ディレクターズカット版』(アメリカ合衆国、2019) 繰り返すが、ディレクターズ・カット版だ。2時間50分だ。
双極性障害の妹が両親を道連れに心中して傷心のダニ(フローレンス・ピュー)が破局しかけている恋人クリスチャン(ジャック・レイナー)に誘われてスウェーデンのヘルシングランド地方にあるコミューンに向かう。人類学専攻の博士課程に通うクリスチャンの友人のひとりペレ(ヴィルヘルム・ブロングレン)の育ったコミューンで90年に一度の夏至の9日間を祝う祭に参加するためだ。
そこをコミューンと書いたけれども、それはカルト集団のようなものが共同生活を営む場所で、彼らは独特のライフ・サイクル観に基づいた儀式を行い、ホルガと呼ばれる聖地で集団生活をしている。
そこでいろいろとショッキングなことが起こるのだが、それらの展開が映画に観客を惹きつける最大の要素であるのだから、あまりストーリーは書かないでおこう。ライフ・サイクル観とはすなわち生態系観に通底するものであるから、そこに前近代的な思想が入り込むと当然予想されるだろう儀式の数々が次から次へと起こるのだ。人身御供を基本とした人間と自然との対話のことだ。多くは北欧のかつての慣習に基づくものらしいから、これを「フォーク・ホラー」と分類する向きもあるようだ。
一方で、普段から大麻樹脂などをやっているクリスチャンの仲間はコミューンについてホルガに足を踏みいれる前に、何やら怪しげなダウナー系の薬物(ダニはひとりだけマッシュルーム・スープ)で大地と一体化している。ホルガでの風習にも薬物は採り入れられているらしい(僕は常に人肉食への示唆を感じ続けることになる)。薬物の作用による、理性的認識を超えた世界の話と取ることもできそうだ。そして、そう思うほうがよほど脂汗が出る。
ちなみに監督のアスターはこれを「ハッピーエンド」と位置づけているようだ。なるほど、ダニは最後に微笑んでいる。
映画館の壁にはこんな壁紙が貼られ、映画の世界を再現していた。
帰宅後、肉を食べる気にはならなかったので、スパゲッティにした。ヴォンゴレ・ビアンコだ。
あ、そうそう。映画にはビョルン・アンドレセンが出ている。ヴィスコンティに愛された美少年が老人役で出てくるのだが、その元美少年にあんな仕打ちをするなんて! かつて彼の美に酔いしれた人たちはどう受け取るのだろう?