2015年8月14日金曜日

引っ越しとは孤独である

引っ越したのだ。隣の区に。K区からT区に。この移動は大学生の時以来だ。KからT。新しい区役所にはファミリーマートやどこかのレストランだかも入っていた。

これまでの人生で一番の高層階だ。5階だけれども。それだけでなく、この度の引っ越しは重要な変化を伴う。

まず、生活様式の変化。これまでは1LDK(2DKの場合はDKと1部屋の仕切りを取っ払う)を基本として、LDKが書斎を兼ねる形だった。寝室は常に別だった。今回、探した中で一番気に入ったのは、しかし、1DKむしろ1Kと言いたいくらい。居室が広い。居間と寝室(居間は常に書斎を兼ねる)をひとつにした部屋の配置にしたというわけなのだ。『早稲田文学』のグラヴュアで大江健三郎がソファに寝そべって本を読む写真があったので、それに触発され、ベッドでもソファでも寝そべって本が読める部屋を第一義とすることにしたのだ……というのは半分くらい冗談だけれども。

入居してみると、前の部屋よりも収納は格段に多いはずなのに、微妙に寸法が小さかったり、あってほしい場所にはなかったりと、思い描いていたのとは勝手が違ったりするが、それはいつものこと。だんだんと配置を変えていけばいいのだろう。


いつものことだが、引っ越しの準備期間には、古い荷物を見直し、昔の手紙やらノートやらを読み返し、過去を反復していた。引っ越し期間とは、こうして自分の過去に向き合う期間のことだ。時々、「手伝おうか?」と言ってくれる人がいるが、とんでもない話だ。そっとしておいて欲しいのだ。荷造りの間ぼくは、自身の過去を生き直すのだから。誰にも邪魔などされたくはないのだ。