2012年8月25日土曜日

消えゆく村を語る


フリオ・リャマサーレス『無声映画のシーン』木村榮一訳(ヴィレッジブックス、2012)

今日手に入れたばかりだ。手に入れたばかりの本は、まず、はしがきやあとがきに目を通し、ぱらぱらとめくってどんな本か見当をつける。そこまでしかやっていないのだ。

装丁が美しい。

「日本語版への序文」では、昨年の震災についての見舞いの言葉があり、世紀の変わり目のころ、スペイン北部の鉱業セクターがグローバル化により大打撃を受け、廃村と化したところがある、と続く。レオンのそんな鉱業地帯で育った自分の記憶が、初期の作品(『黄色い雨』など)に反映されていたが、『無声映画のシーン』では、記憶そのものがプロットなのだと説明する。

 この小説がスペインで出版されたとき、ある批評家が、これは回想録のような作品であって、小説としての条件を満たしていないと断じた。しかし、実をいうとこの作品は紛れもなくフィクションとしての小説なのである。(4ページ)

 実にこんなタイプの短編集のようである。映画のタイトルやそれをもじったようなタイトル(「遠い地平線」「アメリカの夜」「月世界旅行」等々)のひとつひとつで、映画や映画館に絡めて幼時の記憶を(あるいは変形された記憶を)語るという趣向の模様。

 実をいうとあの年まで、フランコについての噂をほとんど聞いたことがなかった。学校にある写真や本の中で毎日のようにその姿は見ていたし、ラジオを通してしょっちゅう名前を耳にしていたが、その男が誰なのか、つまりどういう人間なのか分からなかったので、まったく興味がなかった。その後、映画が始まる前に上映されるニュース映画《NO-DO》(ノード)で彼の姿を目にしたが、大仰な身振りをしながらせかせか歩き回っている映像を見て、チャルロットか、デブとヤセのコンビのような俳優なんだろうが、それにしても面白くもなんともないと思っていた。(「ストライキ(成人向け映画)」172ページ。太字は原文。( )内はルビ。訳注を省略。チャルロットはチャップリンのこと、「デブとヤセのコンビ」はローレル&ハーディのこと)

な? 読みたくなるだろう?