2015年3月17日火曜日

意外に深いイギリスの病根?

ちょっと前にエドゥムンド・パス・ソルダン『チューリングの妄想』服部綾乃、石川隆介訳(国書刊行会)などという小説を読み、その紹介をあるところに書いたりした手前、アラン・チューリングを扱った映画となると、気になるじゃないか(パス・ソルダンの小説は特に直接このイギリスの数学者・暗号解読者を扱っているわけではない。でも暗号の話ではある)。

モーテン・ティルダム『イミテーション・ゲーム——エニグマと天才数学者の秘密』(イギリス、アメリカ、2014) ベネディクト・カンバーバッチ、キーラ・ナイトレイ他

チューリングは天才数学者で、第二次大戦中にドイツ軍の暗号解読に成功したことなどで知られている人物だが、もちろん、小説ではないので、映画では暗号解読そのものを(その論理を)中心に据えるわけにはいかない。チューリングの残したいくつかの業績のうち、ドイツ軍のエニグマ暗号解読のためのマシンの開発に焦点を当て、協力者の理論上の業績なども犠牲にして、映画らしいわかりやすい筋立てとして提示している。天才の周囲の無理解、孤独とか、なかなかうまくいかない開発とか……

映画の見どころ……というか、映画的トピックとして捉えると、まず、チューリングのパブリックスクール時代の人格形成と少年愛というのがある。パブリックスクール、抑圧、同性愛のセットがスパイ、戦争に接続される、『アナザー・カントリー』の系列だ(そのせいかヒュー役のマシュー・グードが最初、若き日のルパート・エヴェレットに見えた……のは俺だけか?)。政治のひとつの選択としての戦争、その裏面としてのスパイが同性愛と相まってパブリックスクール(その先にあるはずのオックスブリッジ)に起源を見出すというのは、実はイギリスの、いかにもイギリスらしい病根というか、トラウマというか、心の故郷のようなものではないかと知らされることになる。そしてそこに、新たに暗号という軸が加わった。それがこの映画の貢献。

さらに、映画の大枠は、チューリングが1951年に同性愛行為によって逮捕され、それを取り調べることになった警官が、彼の軍歴に謎があることに気づき、取り調べにかかる、というもの。そして彼から引き出した証言として、戦争中のことが語られる。これは、つまり、今年中に翻訳が出るはずのホルヘ・ボルピの『クリングゾールを探して』のような結構だ。もちろん、こうした構造は『クリングゾールを探して』が最初ではないけれども(では何だ? まあいいか)、戦争中の機密が証言によって開示されている、という意味では、同じということ。


戦争中の話といえば、元アイドルの国会議員が、かつて「ナチス・ドイツを見習う」とかなんとか言ったヤクザまがいの大臣に対する質問で「八紘一宇」などという概念を持ちだしてきたとの話だが、戦争の頃の傷にはイギリスのみならずぼくらも囚われているのだなと思う。きっとこれも何かの暗号解読の鍵なんだろうな。