2018年12月12日水曜日

レビュー! ただしツールの


今年、秋学期の授業ではこれを読んだ。今日の授業で読み終えた。

Ricardo Piglia, Blanco nocturno (Barcelona, Anagrama, 2010).

ピグリアの『夜の標的』だ。ロムロ・ガジェーゴス賞受賞作だ。

が、これから書くことはこの小説についてではない。それを読むに際して使っていたツールについてだ。

既に報告したように、ちょっと前にソニーのデジタル・ペーパー DPT-RP1 というのを導入した。これだと本よりも気軽に持ち歩けるので、外出先でもするかもしれない予習のために、使ってみた。

本をコピーしてPDF化し、これをPC内のデジタル・ペーパー用ソフトに入れて情報を移行する。専用のスタイラスペンでそのファイル上に書き込みができる。デジタル・ペーパー自体の表示は白黒だが、ペンの色は青と赤から選べる。PDFファイルとしてこんな風に出力できる。

書き込みしながら文書を読むにはいい。もちろん、電子書籍同様、素早くめくるには適していないので、書き込みしながら読む予習のうちはいいのだが、授業でめくるには手こずる。

少なくともScanSnapで読み込んでPDF化したファイルには、適用されない機能があることが判明した。☆を書いておくとそれがしおり代わりになって、そのマークのある場所に飛ぶことができるのだが、これが読み込んだファイルだとできない。自分のPCのエディタやワードで作った文書をPDF化したものなら、もちろん、できる。

もうひとつ、喧伝されているすぐれた機能が、ファイルをみながらノートを取れるというもの。ノートも自動的に生成して、こんなPDFファイルとして読むことができる。

これの問題点は、参照元のファイルが小さくなるので、文字サイズによっては、見ながらメモというわけにはいかないことだろうか。それから、これはこのツールの問題点というよりは、読むファイルの性質の問題にもかかわってくるのだが、小説のように何日かかけて読む資料は、前に取ったメモを参照しながらのことも多くなるので、参照元のファイルが小さくなるこのサイドノートのあり方では、いささかもどかしい。

ファイルを見ながらノートを取れるという意味ではiPadのアプリFlexcilというのがあり、これはノートの位置を移動でき、参照元のファイルを小さくする必要がなく、少しばかりの利がある。Apple Pencil の方が書きやすい。なので、ノートテイキングにはこちらの方を選ぶ人が多いかも知れない。僕は、少なくとも小説を読む時には、メモはやはり外部化した方がいいかな、との観測を得ている。

ちなみに、デジタル・ペーパーのスタイラスペンもかなり書きやすい。ペン先を堅いのと柔らかいのから選ぶことができて、僕にしてみれば柔らかい方がより書きやすい。そして何より、圧倒的に読みやすい。自然に読める。それはメリット。授業や講演、学会発表などで読む原稿や、素早くめくる必要のないファイルなどは、これで読むのがいちばん。その他の用途は必要に応じてiPadなどと使い分けるといいのだろう。

2018年12月3日月曜日

今日も本を読んでみた(いつもだけど)


斎藤美奈子『日本の同時代小説』(岩波新書、2018は中村光夫の『日本の近代小説』や『日本の現代小説』の後継を目指した、一九六〇年代以降に発表された代表的小説のパノラマを描くガイドブック。私小説とプロレタリア小説の発展の先にタレント本などを配置して、そのまとめ方が鮮やかで、唸らされる。個々の作品の掘り下げた分析とまとまった引用がない(短い引用ならある)のは、ガイドブックである以上は仕方のないことだ。何より、挙げられた小説の多くは、たとえ読んではいなくても、概要は目に(耳に)したことのあるものが多いのだから、やはり、そのまとめ方の手並みに唸るというタイプの本なのだろう。

たとえば、『されどわれらが日々――』と『赤頭巾ちゃん気をつけて』がインテリがいかに生くべきかとの問題が潰えるのが六〇年代だとした議論に続けて、七〇年代を論じながら『青春の門・自立篇』を解説する斎藤は、次のようにまとめる。

 『青春の門・自立篇』の舞台は一九五五年、貧乏と格闘する一方、何人もの女の子と関係を持つ伊吹信介は、とても『されど、われらが日々――』と同じ時代の大学生とは思えません。朝から晩まで発情している『青葉繁れる』の高校生たちはふざけた連中ですが、四年前に出版された『赤頭巾ちゃん気をつけて』と並べて読むことで、はじめてその意図がクリアになる。タイトルに埋め込まれた「赤」と「青」の対比も含め、「男子高校生の考えていることなんて、一皮剝けば、みんなこんなもんだべ」という批評性、ないしは敵愾心がそこには込められている。ヤワなインテリが担ってきた明治以来の青春小説の伝統は、つまり、七〇年代にはとっくに過去の遺物と化しつつあったのです。(73-74ページ)

ふむ。そういえば、三浦雅士は「青春」が終わったのは一九七〇年だと言ったのだった。実際の「青春小説」は七〇年代にむしろ増殖するのだが、それはもう既に「青春」ではなくなった青春小説なのだな。

2018年12月2日日曜日

今日から君もポハピピンポボピア星人


鹿島茂が立ち上げた ALL REVIEWS というサイトがあって、このたび、僕もそこに参加することになったのだ。ついに僕も書評家デビュー! ……いや、実際は、僕はこれまでもけっこうな数の書評を書いてきたのだ。その一部がここで順次、公開されるはず。

どこにも書評は書いていないのだが、最近読んだのは、これ:

村田沙耶香『地球星人』(新潮社、2018

母親からは半ば虐待され、姉に虐げられ、塾の先生には性的に虐待される語り手・奈月が、自らを宇宙人(ポハピピンポボピア星人)と見なし、宇宙人との自認を分かち合うことのできるいとこ由宇と疑似結婚することによって辛い少女時代を乗り切ろうとする話……と思ったら、その23年後、セックスや人間の再生産システムに対する嫌悪感を分かち合う智臣との偽装結婚がそのシステム(彼らが「工場」と呼ぶもの)との軋轢を深めたため、奈月、智臣、由宇は3人で籠城、宇宙人として生きていく決心をする話に転化する。そして思いがけないカタストロフ。

この作家の家族と再生産システム(つまり、セックスの社会的管理なのだが)に対する嫌悪感が実に好もしく、つい読んでしまう。昨日はこんど千葉に引っ越すという教え子と忘年会だったのだが、千葉には「工場」やら人工妊娠の実験都市があるぞ(『消滅世界』)と話して盛り上がったのだった。

2018年11月18日日曜日

ちっちゃいやつら


以前、告知したとおり、青山の「本の場所」というとこで何やらお話をしてきた。朗読+トーク、といったところ。

カルペンティエール研究から始まり、初の個人全訳もカルペンティエールであったこと、それをめぐって二度ばかり死にかけたことを話し、ボラーニョが描くメキシコDFの話で、次に出るはずの本を予告し、で、今度ある出版社に企画を出すはずの、つまり、僕が翻訳をしたいと思っている小説の話をした。それぞれ朗読つきで。つまり、最後のものについては、まだ存在しない翻訳を朗読したのだ。

僕たちは何か翻訳したいものがあるとその作家や作品について説明し、試訳を添えて提出する。それで出版社の企画会議にかけてもらうのだ。その資料のための試訳を読んだという次第。これに合わせて、長らく進めずに来た訳を完成させたのだ。

その作品というのは、Juan José Millás, Lo que sé de los hombrecillos ( 2010 ) 

ちっちゃな人間たちの話だ。その人間たちと感覚を共有することになった普通サイズの人間の語り。訳した部分はそんなちっちゃな人間たちの世界で唯一の女性とセックスするシーン。感覚共有の最大の醍醐味は性交と殺人だ。だからそのシーンを訳したのだけど、考えてみたら、それを人前で読むなんていささか恥ずかしい。

本の場所の前には「本」の文字の形の鉄のオブジェがあり、そこでイベントをした者はそのオブジェに自分の名を書き記すしきたりになっている。終わってその儀式を行った。表参道の駅からほどない本の場所には、かくして、僕の名が刻まれた。

2018年11月14日水曜日

ママ、人を殺しちゃった……


昨日、秘密の仕事を終えてから観てきたのだ。


館内に僕と同世代かもう少し上の人たち(老人と呼ぶには忍びない世代)が多いように感じたのは、平日昼間の早い時間帯だったからという理由だけではあるまい。きっと皆、若い頃、クイーンを聴いていた人々に違いない。僕も、ビートルズよりも先にクイーンを知った世代だ。僕にとっての最大のアイドルではなかったとはいっても、常に聴いていたアーティストであることは間違いない。

物語はフレディ・マーキュリー(ラミ・マレック)がブライアン・メイ(グウィリム・リー)やロジャー・テイラー(ベン・ハーディ)に出会ってクイーンが結成され、「キラー・クイーン」や「ボヘミアン・ラプソディ」、「ウィ・ウィル・ロック・ユー」といった曲ができる過程を小さな山のように挟み、一時期の仲違いを経て、最終的に1985年のライヴ・エイドでのパフォーマンスにいたるまでの話を描いたものだ。

フレディ・マーキュリーはジンバブエで生まれてインドで育った。ゲイであり、公言はしなかったけれども、グラム・ロックの時代の時流に乗って奇抜な衣装をまとい(後にはハードゲイ風のタンクトップをも身につける)、その名も「クイーン」を名乗り、そしてあっという間にエイズによる肺炎で死んだ人間だ。実に興味深いバックグラウンドを持っている。いろいろな焦点の当て方があるだろう。

物語はフレディがメアリー・オースティン(ルーシー・ボイントン)と出会って結婚してからゲイに目覚め、自分の性的アイデンティティを見いだすという流れになっている。こうした描き方、いかにもゲイ(映画ではブライアンはメアリーに「バイセクシュアル」と告白する)の描き方としては問題だ。たとえばBuzFeedPier Domínguezはだいぶ不満のもよう(リンク)

この点に関しては、フレディがツアー先でメアリーに電話しながらその晩の相手に目をつける(ドミンゲスも言及している)シーンの最後に、メアリーが電話を切って誰か訪問客にドアを開ける一瞬のカットが気になるところ。明示されている以上にこの二人のカップルの関係について何らかのほのめかしがあるかもしれないというのが、僕の気になるところ。

生まれ育ちと、そこから来る葛藤についての描写も物足りない。冒頭から「パキ」と呼ばれて差別されていることがほのめかされ、家族との葛藤も描かれているのだが、それと音楽活動との関係は掘り下げられていない。たとえばかつてNHKが『世紀を刻んだ歌』というシリーズのドキュメンタリーの一環として「ボヘミアン・ラプソディ殺人事件」というのを放送しているが、その番組の方がよほど深く掘り下げていた。

といった不満は多々あろう。しかし、これは映画なのだ。映画はもっとも映画らしくクイーンを提示したに過ぎない。つまり、クライマックスの1985713日のライヴ・エイドだ。実際のライヴ・エイドの曲目からは一曲少ないものの、実物をかなり忠実に再現してウェンブリー・スタジアムの熱狂を伝えている。ポスターにも「ラスト21分」の感動を謳っているが、あれをあんなふうに再現されると圧倒されるのだ。映画ならではの再現。大ファンというわけではないけれども、そこそこ好きだった往年のファン(僕のような存在)やクイーンのことをよく知らない若い世代の者が、ともに懐かしく思い出す新たな思い出としてのライヴ・エイド。

そして、そんな再現を楽しくしているのが、俳優たちのなりきり具合。フレディだけでなくクイーンのメンバー全員が本物にだいぶ似せて(体格差さえも)作られている。びっくりだ。

映画の前の20世紀フォックスのロゴ(大島紬における「本場大島紬」の認定ロゴみたいなものだな)をみせる時の音楽すらも、ブライアン・メイ(本物)のギターの演奏になっている。

2018年11月11日日曜日

500ポンドと自分だけの部屋


ヴィム・ヴェンダース監督『ローマ法王フランシスコ』(スイス、ヴァチカン市国、伊、独、仏、2018@今日もラテンビート映画祭。

ヴァチカンからの委託で作られた映画らしい。ヴェンダースが行ったフランシスコ教皇へのインタヴューに様々な場面のフッテージをつなぎ合わせたドキュメンタリー。が、現教皇をアッシジの聖フランシスコにたとえ、アッシジのフランシスコの活動を再現ドラマのように挿入しているので、フィクション、みたいなものだ。

教皇がアッシジの聖人にたとえられるのは、名前が同じだからのみではない。清貧を旨とする点においても同様だ。そして現在のフランシスコは、貧困問題を現代社会の問題の中心に捉えてもいる。『回勅 ラウダート・シー』などの態度表明が話題になった。数々の演説などの映像と、聖書のみならずトマス・モアやドストエフスキーまでも引用してのインタヴューとが彼の思想のエッセンスを伝える。

貧困は大問題だ。貧富の格差を拡大するシステムへの反動というか、反省、そうしたシステムの修正が急務の課題となっている。それは政治の問題であり(残念ながら日本では絶望的だが)、経済主体の問題であり、同時に精神の問題でもあるのだろう。精神の局面で貧困を問題化する教皇は、いわば時代の要請に応える存在なのだ。共通善(と字幕では訳されていたが、教皇自身はun bien mayor とも言っていた。より大きなひとつの善)を合い言葉にグローバル社会を見直す新しいコモンズ主義者たちとの親和性が高い。たとえば、ステファーノ・バルトリーニ『幸せのマニフェスト』中野佳裕訳(コモンズ、2018らが政治経済的視点から新しいコモンズを提唱している。フランシスコの言動にこうした系譜の発露をヴェンダースは見いだしているのだろう。LOHASの概念やいわゆるミニマリストの風潮もこの時代の産物だ。「500ポンドの収入と鍵のかかる自分だけの部屋」という、フェミニズムの文脈で語られがちなヴァージニア・ウルフの作家になるための条件に、たとえば、安心できる公共のスペースの確保というのを加えた条件を、人は目指しているのかもしれない。目指すべきなのかもしれない。だからそこに満足しているような教皇(やホセ・ムヒーカといった人々)が人気を博すのかも。

2018年11月10日土曜日

俺が観なけりゃ誰が観る


クリスティーナ・ガジェーゴ、シーロ・ゲーラ監督『夏の鳥』(コロンビア、2018)@ラテンビート映画祭

冒頭、これが事実に基づいているとの字幕が提示されるし、エンドクレジットではクリスティーナ・ガジェーゴの発案からできたと注釈があるけれども、これは僕の訳したフアン・ガブリエル・バスケス『物が落ちる音』(松籟社、2016に対応するというか、それを補うものだ。「俺が観なけりゃ誰が観る」とタイトルをつけたのはそういう意味だ。

グワヒーラの先住民ワユーの青年ラパイエット(ホセ・アコスタ)が美しい娘サイダ(ナタリア・レイェス)と結婚したいと思い、サイダの母親のウルスラ(カルメン・マルティネス)に要求された品物を買うために、平和部隊のグリンゴ(北米人)たちに大麻を売ることにする。親戚のアニーバル(フワン・バウティスタ)が栽培するそれを友人のモイセス(ジョン・ナルバエス)と組んで仲買をしたのが間違いのもとで、金は儲けたのだが、トラブルが続き、……やがて破滅に至るという話。

周知のごとく、バスケスの『物が落ちる音』は平和部隊の隊員(彼女自身は麻薬取引には関与していない)と、その仲間の平和部隊隊員の麻薬密売の運び屋になったコロンビア人との話だ。この小説では栽培者である農民たち(先住民であることが多い)は特に言葉を持たない。その欠落を補っているのがこの映画だと言っていい。逆に平和部隊のグリンゴたちについては詳しくないこの映画は、先住民社会の贈与の体系が大麻の取引に関するトラブルに絡み合う形で描かれ、丁寧である。さすがは『彷徨える河』の監督なのだ。

荒野と家、煙、雲の図が印象的。

2018年11月8日木曜日

子供欲しい?


友人のツイッターで今日までだということを知ったので、仕事の打ち合わせを終えて吉祥寺まで出向き、観てきた。


いわずとしれたフェデリコ・ガルシア=ロルカの『イェルマ』をサイモン・ストーンの演出(脚色もか?)でヤング・ヴィック劇場で上演したものを映画としてみせるもの。通常の映画料金よりは演劇の料金に近い額での提供であった。

子供のできない女性の苦悩を描いているのはガルシア=ロルカの作品どおりなのだが、舞台を現在のロンドンに移し、うまく脚色した。ロルカ的カトリック=スペイン=地中海=アンダルシア的閉塞感に変わって、SNSやら不妊治療、ローンなどが主人公「彼女」(ビリー・パイパー)の精神を追い詰めていく。うまいアダプテーションだ。演技も素晴らしい。ガラス張りの舞台を前後から観られるようにした会場のレイアウトもなかなか。

渋谷から吉祥寺に向かう途中、井の頭線の向こう側の車両から4-5歳くらいの女の子が楽しそうに手を振ってきたので、僕も満面の笑みをたたえて手を振り返した。子供はかわいい。子供が欲しい。その気持ちは分からないでもない。でもまあ、僕はそうでもないのだが……

ウンベルト・エーコ『ヌメロ・ゼロ』中山エツコ訳(河出文庫)とその親本(2016年刊)

2018年11月5日月曜日

紅白歌合戦


第三回はじめての海外文学スペシャル@ウィメンズプラザに行ってきた。

ちょっと煩雑なのだが、複数の書店が行うフェア〈はじめての海外文学〉は今年が四回目。複数の翻訳家たちが翻訳文学を推薦し、そのラインナップを本屋が揃えて売る。そういうフェア。それに合わせて推薦人の翻訳家たち複数が自分の推薦した本をプレゼンする催しが〈はじめての海外文学スペシャル〉。これは今年が三回目。〈スペシャル〉では賛同する出版社からのプレゼントが抽選で贈られたりする。

サイトは、こちら。推薦された作品の一覧もここからダウンロードできる。

僕が今年推薦したのはウエルベックの『服従』(大塚桃訳、河出文庫)。直前に開場のすぐ目の前にあるABCの本店では鴻巣友季子さんご推薦のクッツェー『恥辱』と前後に並んでおいてあることがわかったので、ぜひこの二冊を併読するといいと薦めた。どれも大学のしがない文学教師が教え子に手を出す話だからだ。そして圧倒的に暴力に直面する(『恥辱』)か、世界観の転換を迫られる(『服従』)か。

プレゼンターは、ひとり体調を崩して急遽お休みになったが、20人。開場には218人が入場したらしい。つまり、盛況だった。みなさん楽しそうに面白そうな作品を紹介してくださった。参ったな。読んでいない作品の方が多い。まあ当然だが。人生はあまりにも短く、読むべき本はあまりにも多いのだ。

主催者の越前敏弥さんは、この催しをして「紅白歌合戦」にたとえ(過去二回は12月にやった)、自らも赤いシャツに白(っぽ)いネクタイという出で立ち。

どうでもいいことだが、僕は補色の緑のシャツであった。

2018年11月3日土曜日

高いところが怖い


高所恐怖症の僕には心臓に悪い映画館に行ったら(こんなツイートをして)、




観たフィルムにも僕を怖がらせるシーンがあった。


15回ラテンビート映画祭の一環としての上映。上映後監督のベルヘルのティーチインあり。

親戚の結婚披露宴の余興で催眠術をかけ損ねられ、それを機に他の人格が乗り移ってしまったカルロス(アントニオ・デ・ラ・トーレ)に苦しめられるカルメン(マリベル・ベルドゥ)が、催眠術をかけた張本人であるぺぺ(ホセ・モタ)とともに乗り移った人格のことを調べ、解決を図るという内容。カルロスはサッカーに夢中になると周囲が見えなくなるような人物で、工事現場で働く労働者階級。典型的なマチスモの体現者で、つまりこれはカルメンがマチスモから脱却する話としても読めるだろう。だが、それ以上に、上映後のティーチインで語られたように、あらゆる要素をひとつに詰め込んで、観客を飽きさせないエンターテイメントといった趣が強い。ダンスがあり、殺人があり、高所でのチェイスがあり(そこで僕はすくむことになる)、動物まで出てくる。


マリベル・ベルドゥの表情の豊かさも印象的だ。披露宴での微笑みの表情はこの女優をたくさん観てきたはずなのに、はじめて見るかのようだった。ホセ・モタはラテンビートのプロデューサーのアルベルトみたいだったし……

今日は特に関連の書籍など買うことはしなかった。古い友人に会い、教え子と顔を合わせた。

リンクを貼るためにIMDbを検索して面白いことに気づいた。アルフォンソ・クワロンの『天国の口。終わりの楽園。』IMDb上にもこの日本語のタイトルで出ていた。原題のY tu mamá también(おまえのお袋もな)は、原題として出ている。うーむ、これはどういうことだろう。

クワロンといえば、今日会った教え子から『ローマ』が面白いからぜひ観るといいと薦められた。Netflixは登録していないのだが、うーむ。

明日は〈はじめての海外文学スペシャル〉でお話をするのだ。まだ若干席あり。ぜひ! 

咲いた咲いた♪


昨日は恵比寿ガーデンプレイス内

恵比寿ガーデンシネマで観てきた。


修道院の運営する孤児院から香辛料を商って裕福なコルネリス・サンツフォールト(クリストフ・ヴァルツ)の後妻に入ったソフィア(アリシア・ヴィキャンデル)が、肖像画家ヤン・ファン・ロース(デイン・デハーン)と恋に落ちる。一方でサンツフォールト家の料理人マリア(ホリデイ・グレインジャー)は魚売りのウィレム(ジャック・オコンネル)と恋仲である。この二つの恋の当事者のいずれの男も、当時高騰を極めバブル経済のような活況を生み出していたチューリップの球根への投資をすることになる。夫から跡取りを作ることを期待されつつできないでいたソフィアは、マリアが妊娠したのをいいことに、それで夫をだまし、ついでにサンツフォールト家も出てしまおうと、ある計画を練る。

救いがあるのだかないのだか、……不思議な話だが、一方で、文学的トピック満載で、なじみの話のようでもある。経済状況によりブルジョワが勃興し、さらに流動化するという社会変動の話でもあるようだ。17世紀のオランダが舞台で、ちょうど今展覧会が行われているフェルメールの絵などを彷彿とさせる構図と配色に満ちている。その意味で、楽しい。

原作があるということを寡聞にして知らず、館内で売っていた翻訳を買った。

デボラ・モガー『チューリップ・フィーバー』立石光子訳(河出文庫、2018)

翻訳親本は2001年、白水社から『チューリップ熱』として出たものらしい。このたび、映画化に際して文庫化されたということ。

映画ではマリアが語り手となり、結末の言葉なども、いかにも小説の締めを映画化したらこうなった、という感じかと思っていたのだが、どうも原作はソフィアが語り手のようだ。うむ。ひねりがあったのだった。

写真下に映っているのは、その前に書店で買った『ガルシア=マルケス「東欧」を行く』木村榮一訳(新潮社、2018)

ところで、なぜ「東欧」と「 」つきなんだろう? 

2018年11月1日木曜日

嘘だと言ってくれ!


気づいたら11月になっていた。10月のブログ記事は一本しかなかった。

10月を死んだように過ごした訳ではない。

9日(火)には谷崎潤一郎賞の授賞式に行った。星野智幸さん『焔』が受賞したのだ。僕はこの短篇集の書評を書いたのだった。

授賞式のスピーチは素晴らしかった。これが新潮社刊であることから『新潮45』のヘイト論文およびそれを擁護する論文の問題に触れ、作家の慢心の可能性に触れた。

13日(土)と14日(日)にはイスパニヤ学会の大会に南山大学に行ってきた。最終日には京大のスペイン語教育の試みについてのワークショップがあって興味深く聞いた。

翌週20日には第三回の現代文芸論研究報告会を開催。ゲストに多和田葉子さんを迎え、最近の三作品についての大学院生からの質問に答える形式でワークショップを行った。これも楽しかったのだが、その日は僕は授業を終えてから東大に向かうというスケジュールだったので、問題になっている本を持って行くのを忘れた。話題になっている箇所をその場で確認できなかったし、懇親会でそこにサインをいただくこともできなかった。残念。

本などにすんなりサインをもらえる人がいる。僕はなかなかそれができないタイプのようだ。

さて、11月。4日(日)にははじめての海外文学スペシャルで登壇してある本のプレゼンをする。一分くらいなものだけど。

17日(土)には原宿の本の場所で、トーク。こちらは二時間ばかりだろうか? 独りで話したり、朗読したりのようだ。20人くらいの小さなスペースだからと言われてその気になったのだが、果たして僕には20人もの集客力があるだろうか? 少なくとも知り合いがふたり、行くよと言ってくれてはいる……


2018年10月1日月曜日

福嶋さんの小説をやっと読んだ!


福嶋伸洋「永遠のあとに来る最初の一日」『すばる』八月号、38-62ページ。

『魔法使いの国の掟』と『リオデジャネイロに降る雪』の福嶋伸洋が『すばる』に発表した中編小説を読もうと思いながら時間がなかったので放っておいたのだが、昨日報告した新兵器DPT-RP1 にそのコピーしたPDFファイルを読み込み、やっと読んだのだ。

外国出張から戻ってきたらしい語り手の「ぼく」がふと思い立って、かつてアルバイトをしていた渋谷・宇田川町の雑居ビル5階のカフェの跡を訪ね、そのアルバイト時代を思い出すという体裁。同い年の店長や、DJやヒップホップをしているバイト仲間などを描く群像劇。店長が子供ができて結婚、それに伴って次々と職を変えたり田舎に帰ったりする仲間たちを、独り取り残される「ぼく」が見送る、青春への決別が、福嶋さんらしいリリカルな散文で綴られ、胸が締め付けられる

……と思ったら、これが実は単なる青春群像劇でなく、「ぼく」が忘れたと主張する記憶が、最後に回復される(のか、それとも新たに創造/想像されるのか?)ところが最大のポイントなのだろう。9.11の同時多発テロと3.11の地震を挟む時間の話だと思えば、ますます気になるところ。何より最後の最後の文章が実に小憎らしいのだが、さすがにこれは書かないでおこう。

DJの作法やヒップホップと詩(伝統的な、文学としての詩)の関係、カフェでの料理などの描写も細かいので、きっとこれはそうした細部をもっと拡大して二倍くらいの、短めでも長編と呼べるくらいの長さにして単行本化されるのだろう。というのが僕の勝手な予想。いや、切実な期待。

2018年9月30日日曜日

日光を見て、けっこうなものを買う



煙棚引くSLに乗って……ではないけど、日光に行ってきた。

Japan-Latin America Academic Conference 2018 in Nikko というのに出席したのだ。東大が競争的経費をもらってやっているラテンアメリカの大学との関係強化のプロジェクトの一環だ。第1回を東大で、第2回をチリのバタゴニアでやり、そしてこのたび第3回を日光でやったという次第。東大を中心とした日本の様々な分野の研究者と、チリ大、チリ・カトリカ大やメキシコのコレヒオ・デ・メヒコなどを中心としたラテンアメリカの研究者が集まっての4日間におよぶ研究集会だ。

物理とか数学とか、地震学なんてものから社会科学、文学まで、実に様々な分科会があるのだが、僕はそこで二日目の26日、文学についての分科会(ボルヘスと翻訳/日本文学)の司会をした。「ボルヘスと翻訳」の分科会では司会だけでなく、発表もした。日本の科学者たちは必ずしもスペイン語がしゃべれるわけではないので、基本的に言語は英語だが、この分科会だけはスペイン語で。日本文学の分科会は、英語で。

発表は急遽行うことになったので、準備が充分ではなく、ボロボロであった。が、翻訳と伝統の話だったので、質問やコメントが盛り上がったので、まあいいとしよう。しかしなあ、ネイティヴ・スピーカーふたりが原稿を読み上げているのに、僕がメモをもとに話すのでは、いかんだろう……

まあともかく、スペイン語少々と、あとは英語でのセッションばかりなのだった。様々な英語の話者がいるものだ。昼食を摂りながらチリからの研究者と、その英語の問題について話したりした。スペイン語を話す日本からの参加者は英語よりはスペイン語の方がうまく聞こえるとか、さすがにあの○○からの人の発表は、頭で半分、スペイン語を思い浮かべながらじゃないと理解できない英語だった、いや、それでも理解でなかった、とか……

うむ。国際学会の場は極めて間文化的な場なのである。

で、誘惑に打ち勝てず、かったのだ、これを。

ソニーのデジタル・ペーパーDPT-RP1!

いやあ、本当に読みやすい。そしてなにより、節電のための数分でのブラックアウトがないので、たとえば、1枚の原稿を見ながら数十分話すときでもタップする必要もない。だいぶ重宝しそうだ。


2018年9月24日月曜日

還ってきた筆箱


帰ってきた! 

いや、本当は返ってきた、なのだけど。

いろいろと追い立てられ、追い詰められ、ブログも更新できないでいた。

木曜日は休み明け最初の教授会があり、進学内定者ガイダンスというのがあった。「内定者」というのは、来年4月から文学部に進学が決まっている駒場の2年生のことで、彼らへのガイダンスということだ。

翌日、第9回世界文学語圏横断ネットワーク研究集会にいって、パネル「パリの外国人(続)」で「コスモポリタンな欲望:ブエノスアイレス―パリ―ブエノスアイレス」という発表をしてきた。アルフォンソ・レイェスとヴァレリー・ラルボーの友情をめぐる話。

隣で発表していたYさんがソニーのデジタル・ペーパーを持っていて、薦められ、かなり心が揺れている。

翌日は立教のラテンアメリカ講座が始まる日。のんびりするわけにはいかないので、日帰りで帰京。しかし、京都に筆箱を忘れてしまった。なんてことだ! こんなヘマは初めてのことだ。

少しだけ翌日の準備が残っていたので、メモを取りながら本を読んでいたのだ。京都駅新幹線乗り場の駅ナカ、カフェ・コトでのこと。鉛筆を取り出すために筆箱をバッグから取り出した。その鉛筆を新幹線のなかでもまだ必要とするだろうと思い、シャツの胸に挿したのが間違いのもと。肝心の筆箱を忘れてしまったのだ。

あーあ、デジタル・ペーパーのことなんか考えて、これじゃあ万年筆やローラーは要らなくなるかな、なんて少しでも心に浮かべたのがいけなかったのかな? ペンとそれを束ねるペンケースがすねちゃったのかな? ものにはときどきそんなことがある。買い換えることを考えた瞬間に壊れたりする。今回もその現れのひとつかな?

まあいいや……

翌日、店に電話したら確かにある、とのこと。友人がもう一泊してから帰ると言っていたので、彼に取ってきてもらおうかと思ったが、連絡がつかず、ついたときには彼ももう帰京後であった。「帰京」は、東京へ帰ってきたということ。京都ではなく。

午後、聴きに行ったイベント(温又柔さんと南映子さん、それに管啓次郎さんのトークショウ@下北沢B&B)でご一緒した、京都の出版社のKさんが、自分が取りに行こうではないかと、申し出てくれたのだが、それもなにやら申し訳なく、カフェ・コトに頼んだらやってくるとのことだったので、着払いで送ってもらうことにした。

今日、荷物は届いたのだが、小銭がなく、運搬人はつりがなく、仕方がないから出直してもらい、その間に金を下ろし、そして今、やっと再会。会いたかったよ。

2018年9月2日日曜日

明日から名古屋♡


第1回スペイン語文学読者の秘かな愉しみ@東京堂ホール

豊崎由美さんが、野谷文昭さんにインタヴューする形式の催し。版権の問題などで出るのはまだ先になるものの、岩波文庫で出る予定の『20世紀ラテンアメリカ短篇選集』に掲載予定の短篇を順番に紹介しながら編訳者の話を引き出していく形式だったので、格好の案内になった。

たとえばオラシオ・キローガ「流れのままに」A la deriva は、毒蛇に噛まれた男がついには死ぬまでの話なのだが、そのうろたえ方が主人公のダメ男ぶりを示していておかしかったと語る豊崎さんの読みには虚を突かれた。僕はこの短篇、読解の授業の教材として使ったせいか、そう感ずる余裕がなかったのだ。

なかなか盛況であった。

2018年9月1日土曜日

なぜフランス語でない?


昨日は藤田嗣治展@東京都美術館に行ってきた。

藤田の生涯をクロノロジカルにたどることのできる構成。時代時代で異なる作風は興味深く、とらえどころもないところ。戦争協力時代の記録画(『アッツ島玉砕』1943や『サイパン島同胞臣節を全うす』1945)が圧倒的であった。サイズの問題もあろうが、色使いも関係しているだろう。

絵のタイトルが日本語と英語で表示されていた。なぜフランス語でない? 

藤田がブラジルに旅した時、当時在ブラジル・メキシコ大使だったアルフォンソ・レイェスに会っている。レイェスは妻ともども藤田に似顔絵をデッサンしてもらい、それをうれしそうに自慢した。そんなことをレイェスの日記で読んだ記憶がある。余談だが。

写真はヴァレリー・ラルボーとレイェスの書簡集。

2018年8月29日水曜日

地獄とは他者である


タイトルにあるサルトルの有名な台詞は『出口なし』(1943)のクライマックスの一文だ。

シス・カンパニーによるその『出口なし』(演出・上演台本 小川絵梨子)@新国立劇場小劇場 を観てきたのが26日(日)のこと。

27日にはBSで『アリスのままで』(2014)を観た。

武田珂代子『太平洋戦争日本語諜報戦――言語官の活躍と試練』(ちくま新書、2018)はタイトル通り、太平洋戦争で米側、日本側で言語官、すなわち、場合によっては諜報部員として働いた日系アメリカ人二世の話に始まり、それぞれの国が大学などを通じてどのようにその要員を訓練し動員したかという検証をする。通訳・翻訳論が単なる言語の問題ではなく、国際関係、戦争論、植民地主義などの問題であることを明確に示してくれる。

2018年8月23日木曜日

間を生きる人々



柴崎友香『公園へ行かないか? 火曜日に』(新潮社、2018)に興味深い一節がある。

アイオワ大学のIWPに参加した柴崎さんは自分がいちばん英語ができないと思っていたという。

しかし、わたしにはまったく別の言葉に聞こえる人同士でも、皆、支障なさそうに会話していたから、主にはよたしのヒアリング能力と語彙力の問題だった。帰国する間際になってやっと、みんながほかの誰もの話す英語を全て理解しているわけではない、とはわかったのだが。(14)

最後の留保の一文が素晴らしい。

英語に限らず、外国語習得にまつわるいくつかの神話のひとつに、突然訪れる理解の時、というのがある。たとえば現地で、その言語で生活を始めた当初は、周囲の人が何を言っているかぜんぜんわからなかったけれども、あるとき突然、理解できるようになった、というやつだ。これをナイーヴに信じると、漫然と過ごしていれば、そのうち啓示の時のように理解が訪れる、その時人はその外国語を、誰のどんな発話であれ100%理解できるようになる、と思ってしまいかねない。

しかし、実際のところはそんなことはなくて、外国語にはあくまでも理解不能な部分が生じてしまいがちだ。かなり上達した人でも、その言語の母語話者同士の話す、文脈依存の高い、かつ俗語などに満ちた会話に取り残されてしまう時に感じる疎外感を吐露する。そこまでいかずとも、英語やスペイン語のように広域で話されている言語は、たとえば、スペインのスペイン語なら理解できるけれども、キューバのそれはちょっと……なんてことも生じる。発話者によってわかりやすい人とわかりにくい人がいる……

僕の感覚で言えば、読み返したり辞書に当たったりしなくても、一回読んだだけですぐにわかる文章は、発話されてもわかる。そうでないものは部分的にしかわからない。

外国語学習者としては、あくまでも100%理解することを目指すべきなのだろうけれども、一方で、100%は理解できないという諦念を持っていたほうがいい。その何%かの理解できたポイントを出発点として対話を始めればいいのだ。

あらゆる言語が翻訳可能なものとして並列されるべきだというのが多言語主義・多文化主義だ。これは新自由主義との相性がよい(新自由主義と多文化主義の相性についてはいろいろな人が触れているが、最近のものでは久保田竜子『英語教育幻想』〔ちくま新書、2018〕)。これに対抗して、ワルテル・ミニョーロは翻訳可能性を前提としない多言語状況を「間文化性」と呼んでいる。僕らはこうした間文化的な状況下で他者との関係を築かざるを得ない。

こうした、多言語の間のいくつもある階梯を生き、移動する場所が空港であり、国際線の機内である。温又柔『空港時光』(河出書房新社、2018)はそこに目をつけ、台湾―成田間の飛行機に乗る人々の機内や空港でのストーリーをつむいでいる。

この本は、短篇集とエッセイでできていて、写真ではわからないが、短篇集部分とエッセイ部分では紙質が異なり、色も異なっている。段階があるのだ。

下のサルトル戯曲集は、今度、シス・カンパニーによる『出口なし』を観る予定なので、久しぶりに取り出してきたのだ。壁の間で生きる人々の話。というか、壁に挟まれて生きる人々だが。

2018年8月22日水曜日

文学的な、ありまに文学的な


本当は「大人の女も成長する」というタイトルにしようかと思ったのだが(昨日からの続きで)、いささか内容との乖離が過ぎるので、やめた。

カレン・シャフナザーロフ『アンナ・カレーニナ』(ロシア、2017)

試写会で観てきた。

長い小説を映画化する場合、ストーリーが大幅に削られる場合がある。三世代の物語が二世代に縮められたり(『嵐が丘』、『精霊たちの家』、等々)、主要プロットのひとつが削られたりする。それは時間調整のためであったり、そこに監督(や脚本)の特色を出す書き換えの戦略だったりする。

何しろ『アンナ・カレーニナ』だ。何度も映画化されている作品だ。いろいろ工夫は必要だろう。今回はリョーヴィンとキチイの恋のプロットをすっかり削り落とし、アンナとカレーニンおよびヴロンスキーの三角関係のみに絞っている。

のみに絞っているのだが……もうひとつ工夫がある。今回、シャフナザーロフ版『アンナ・カレーニナ』は、日露戦争中の満州戦線でアンナの息子セルゲイとヴロンスキーが出会い、前者が後者から彼とアンナとの恋の顛末を聞くというプロットを付け加えているのだ。プロットというか、それは外枠だ。

小説と映画(や他の物語形式の芸術)を分かつ要素の一つは、伝聞形式にある。と言ってもいいのじゃないかと僕は思っている。『カルメン』はメリメ本人と思われる学者が、スペイン旅行でホセと出会い、そのホセから自分とカルメンの恋の話を聞かされる。ところが、ビゼーのオペラはこうした伝聞の外枠を外して人口に膾炙した。以後の『カルメン』の多くは、このビゼー版のヴァリエーションになる。かろうじてビセンテ・アランダ版(2002)年がその外枠を戻した。

しかるに、今回、シャフナザーロフ版『アンナ・カレーニナ』は、そんな、映画的というよりは小説的伝聞の要素を作って独自性を出している。いわば、文学的なのだ。

そういえばこの映画には副題があって、「ヴロンスキーの物語」という。負け戦たる日露戦争と社交界の恋の対比が強調される。

2018年8月21日火曜日

少女たちは成長する



バルセロナに住んでいた少女のフリーダ(ライア・アルティガス)が母の死を機に叔父夫婦の田舎の家に引き取られ、そこで疎外感を感じながら成長する話。いとこのアナ(パウラ・ロブレス)への意地悪、叔母(叔父の妻)マルガ(ブルーナ・クッシ)への反抗など。手を焼き、いったんは投げ出そうとするマルガが、それでも優しくしてくれるところなど、大人は偉いな、と思ってしまう程度に、僕は大人よりなのだろう。

が、フリーダが家庭菜園からレタスを取ってくるように言われ、間違えてキャベツを持って行くエピソードがあったのだが、僕はそこで一気に少女に肩入れすることになる。僕もかつて、近所のおじさんにある場所からおがくずを取ってくるように言われ、間違えて別物を持って行ったことがある。そのときの疎外感は50年近く経った今も忘れていない。

この映画を見る数日前には、iTunesでレンタルが始まった行定勲『リバーズ・エッジ』(2018)を観た。周知のごとく、岡崎京子の漫画を映画化したものだ。

ドラッグ、DV、同性愛、売春、等々、少女若草はるな(二階堂ふみ)の成長の物語にここまで様々なサインを詰め込まなければならないかというほどに盛りだくさんだったのだが、それが過剰にならないためには、80年代的 “普通” のかわいい女の子・田島かんな(森川葵)が最大の狂気を発することが必要だったのだろう。一番の鍵だった。

2018年8月16日木曜日

買い物とか映画とか


もう何度も言っているように、普段はモレスキンのノートを使っているが、そればかりでは飽きるので、たまに別の製品を使う。すると困ったことがある。モレスキンにはあるものが他のノートになかったりするからだ。たとえばポケット。

で、他のノートを使うときに、ポケットなどのついたカバーでもあればいいのだがと思っていたときに見つけたのが、これ。

さっそく取り寄せてみた。こんな風に差し込んで使う。

最近は、こんなトートバッグに入れて持ち歩いている。

やはり以前書いたように、革製品をリュックとして使っていると、大汗をかくと色落ちする。服が台無しになる。夏は手持ちかショルダーにするのだが、ショルダーだと重い。それにこれだけでも色落ちすることがある。それで、容量があって手持ちのトートバッグを探していたら、いつものHerzの姉妹店のような存在なのかな? Organの製品としてこんなトートができた。それで、買ってみた。

ヘルツのものより軽い革を使っているので、当然、軽い。大きさもちょうどいい。

ルン♪

ルン♪ などと言いながらおととい観てきたのが、ルーシー・ウォーカー『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ☆アディオス』。

前作の中心的なメンバー、コンパイ・セグンド、ルベン・ゴンサーレス、イブライム・フェレールを欠く今、前作およびアルバムのレコーディングのころは若手だったフアン・デ・マルコスとニック・ゴールドが当時を振り返り、かつ、ヴェンダーズの撮った『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』よりももう少し緻密にメンバーたちの消息を歴史化してみせていた。つまり、革命との関係のことだ。

彼らがもういないのかと思うと、泣けた。

アルバム、および前作に使われた曲を中心にフィーチャーしていたので、いっしょに歌った。声には出さなかったけれども。

Dos gardenias para ti,
Con ellas quiero decir:
Te quiero, te adoro, mi vida…


2018年8月8日水曜日

双子に魅されて



元モデルのクロエ(マリーヌ・ヴァクト)が原因不明の腹痛を抱え、精神科医にかかる。その医者ポール(ジェレミー・レニエ)と、診察終了後恋仲になって同居を始める。すると街中でポールに瓜二つの人物を見かけ、怪しんで調べたところやはり精神科医のルイであった。嘘をついて彼の診察を受け始め、実はポールとルイは双子の兄弟であることがわかった。ルイは診察も性格も利き手までポールとは正反対で(いわゆるミラー・ツイン)、弟への敵意をむき出しにする。ポールは姓を母親のものに変えていて、双子の兄がいることすら話そうとしない。疑心暗鬼に陥り、かつ、ルイの診察の名を借りた性的な脅迫に屈し、腹痛が再発する。

ミステリというわけではないが、いわゆる「ネタバレ」をしたら非難されそうな展開なので、ストーリーについてはこれ以上は語らない。カタストロフが収束し、ハッピーエンディングを迎えるかと思われるころ、男がタバコをくわえるシーンがある。それが解釈の二重性を生むところ。あるいは、その後の濡れ場もそうか? 前半部でルイが語る三毛猫についての蘊蓄が、実は物語の説明となっているのだが、そのことの科学的信憑性についてはよくわからない。

ジョイス・キャロル・オーツLives of the twins から自由に着想を得たと書いてあるのだが、これは短篇集のタイトルだろうか? 邦訳では『とうもろこしの乙女』にも双子を巡る短篇が収録されているらしいが……はて? 事前の調査を怠っていたのだった。というか、事前には知らずに行ったのだが。

2018年8月6日月曜日

狭苦しさの中でこそ観るべき劇がある


小劇場で劇を観るのは、あまり居心地のいい体験ではない。シートが前後も左右も狭いからだ。フォワイエも狭い(もしくはない)ところも多いから、この炎天下を歩いてきた人々が外で吸収した熱をそのまま持ち込む。人いきれが強くなる。汗かきで、人並みより少しばかり肩幅があるくせに人との接触に敏感なものだから人混みでは肩をすぼめる僕にとっては、不快なことこの上ない。

もちろん、こうした狭苦しい思いが、観劇の体験の一部を形成する必要不可欠な要素だと言うこともできる。ましてや、昨日観に行ったのが関東大震災後の朝鮮人虐殺を扱った作品となれば、ますます必要な要素なのかもしれない。震災後の被災者のような決して充分ではない避難場所での生活を疑似体験しているのだと思えばいいのかもしれない。

その劇というのは、燐光群の『九月、東京の路上で』@下北沢ザ・スズナリだ。タイトルからわかるとおり、加藤直樹の同名の書を基にしている。登場人物たちが加藤の本を読みながら95年前を追体験し、虐殺現場のひとつとなった千歳烏山の神社に鎮魂の椎の木を植えようとする物語だ。

もうひとつのプロットは、先日起こった、現役自衛官による野党議員罵倒事件。それの後日譚(これはフィクションなのだろう)が神社に植樹しようとする人々と交錯し、ラストは我々観客までもが逃げ場のない閉所に追い込まれることになる。震災の避難民の苦しさではない。確実になぶり殺しにされるだろう人の苦しさを味わうことになるのだ。苦しい。辛い。やられた。

千秋楽にぎりぎり観ることができたのだが、僕のような駆け込みが多かったのか、満員であった。


その前日まで、恒例の現代文芸論研究室夏月宿に行っていたのだ@伊豆高原。

2018年7月31日火曜日

借りたままの……


82日にはオープンキャンパスで模擬授業をしなければならない。そのための機材のチェックに行ったら、持っているはずのDVDがなくなっていることに気づいた。

いろいろあって、でも応急措置でどうにかなりそうで、ほっとしてメールボックスを見たところ、郵便が届いていた。

DVDだった。

はて? アマゾンかどこかにDVDを注文していたんだっけか?

『ブルース・ブラザーズ』だった。手紙がついていた。読んで不覚にも涙しそうになった。

しばらく音信不通になっていた教え子からのものだった。借りたままになったこの作品を、やっと連絡できるくらいに元気になったと言って返してきたのだ。5年ぶりくらいだろうか。

詳しくは言えないけれども、その彼女はある出来事にたいそうショックを受けて音信不通になったのだった。何度かメールを入れたけれども、返事もなかった。そのうち、送ったメールが宛先不明で戻ってくるようになった。

手紙には平静を装って返事ができそうになかったからそのまま黙っていたのだと書いてあった。平静を保てなくてもいいのだ。あれだけ動揺していたのだから。

返事だってしなくていいのだ。ちゃんと無事でいてくれれば。時間がかかっても元気を取り戻してくれればそれでいい。

手紙には連絡先が書いてなかったし、以前のアドレスにも、もちろんメールは通じなかったけれども、でも、ともかく、無事でよかった。


教え子とDVDといえば、こちらは音信不通どころか、今でも頻繁に会う教え子から、ある日、DVDが届いた。ブニュエルの『小間使いの日記』だった。貸したきり返してくれなかったやつだ。無くしてしまったとかで、無理しなくてもいいと言ったのだが、何年かかけて見つけてくれたようで、返してきたのだ。

それの直前に同じ人物から送られてきたのが、ハイヒール型のチョコレート(写真を撮っていなかったことが悔やまれる。実にすてきな形)。うむ、これは何の暗示だろうか? と思ったら、DVDが届いた次第。なるほど、この映画に合わせてのプレゼントなのだった。

やるな、……。

2018年7月25日水曜日

ボルヘスと自動車


ベルナルド・ベルトルッチ『暗殺のオペラ』1971がディジタル・リマスターでリバイバル上映される@東京都写真美術館というので、観に行った。

ボルヘス「裏切り者と英雄のテーマ」を映画化したものだ。原作は、いわば思考実験のようなもので、どこでもいいが、レジスタンスが活発な地域、ただし、話をわかりやすくするためにアイルランドにしよう、として物語の概要を語るものだ。その「どこでもいい」を受け、ベルトルッチはムッソリーニ治下のイタリアを選んで語り直した。

あるレジスタンスの英雄が実は裏切り者でもあって、その裏切り者の制裁のために劇場殺人が行われた。それだけの話だが、劇場殺人を盛り上げるためにシェイクスピア的要素(『ジュリアス・シーザー』における読まれなかった手紙など)を盛り込んでスペクタクルができあがったし、その真相を数十年後に曾孫が明かす(映画では息子)という外枠を作ることによってより文学的にするというのがボルヘスの実験。それを受けてベルトルッチは、さらにその語り手(英雄=裏切り者の子アトス・マニャーニ〔ジュリオ・ブロージ〕)がよそから町にやってくるという物語要素を加えた(ボルヘスの原作では語り手の曾孫がはじめからそこに住んでいたのか、よそからやってきたのかはわからない)。しかも彼は父の愛人だったドライファ(アリダ・ヴァリ)の依頼で真相究明に乗り出す。

もちろん、ベルトルッチがボルヘスの挑戦に応えたのはそこだけではない。短篇小説を映画にするのだから、そこには映画的な工夫が盛り込んである。構図や人物の配置、個々の人物のキャラクター、原作にはない人物の造形などだ。僕が印象深く思い出したのは父の仲間だったガルバッチ(ピッポ・カンパニーニ)の登場。自転車で走るアトスに自動車で後ろから近づき、声をかけるこの人物が乗っていた車というのが、ルノー5(サンク)。正体を明かして後アトスは彼の招待を受けるのだが、自転車に乗ったまま自動車の屋根に捕まり、タンデム走行するシーンが、なんというか、いいのだな。そんなシーンにルノー5を使うところが、素晴らしいのだ。

ルノー5 は映画の中などで独特の味を出す、いわば一種の物語素と言っていいと思うのだが、スペイン語からの翻訳ものを読んでいると、「ルノー・ファイヴ」なんて訳されていたりして悲しい。「サンク」でないなら、せめて数字の5にしておけなどと悪態をつきながら読むことになる。この小型車が映像に現れたときに、それだけで醸し出す雰囲気ときたら、曰く言いがたい愛着を感じる。自転車とのタンデムにこれ以上ぴったりくる自動車はあるまい。

こうした小物については、ボルヘスは特に何も書いていないんだな。そういえば彼は自動車を車種指定したことがあっただろうか? なかったように思うのだが? ボルヘス原作の映画を見て、自動車の効用について思いを巡らすようになるのだから、これはもちろん、映画作者のポイント。

2018年7月11日水曜日

大きさも重要


もう何度も書いていることだが、ふだんはモレスキンのノートを使っている。ソフトカバー、方眼。そこに日記から読書ノートから何から何まで書く。読書ノートは、読書会や授業、あるいは書評のためのものの場合、さらに整理してPC上にファイルを作って残す。でもともかく、最初のメモはこのノートに書く(ときどき、メモ帳や余った紙の裏にも)。

僕は飽きっぽい性格なので、ときどきモレスキンに辟易する。不満はないけど、今はいいや、という気になる。そんなときには別のノートを使う。ミドリのMDノートなども気に入ってはいるのだが、ある学生が使っていることもあり、最近は、これにしている。


で、先日、ストックにと2冊注文して手に入れたばかりなのだが、最近、ここにA5版が加わったとのニュースが流れた。しかも、数日前にオンラインショッピングも始まった。

さっそく、取り寄せてみた。

モレスキンのノートは高さがA5と同じで、幅が従来のブックノートのサイズB6と同じだ。モレスキンの横幅がもう少し広いといいなと思うこともあるので、A5は、やはり最適のサイズなのではあるまいか。

何でもひとつのノートにまとめるのが僕のやり方ではあるが(サルトルに学んだ)、大きな作品を書くときや旅行のさいには専用のノートを作る。買い置いたB6版はそうしたやつとして使うことにしよう。

村田沙耶香『消滅世界』(河出文庫、2018)は親本(2015)で読んだ作品。ある読書会の課題図書として読んだのだが、その日、急に老母の世話をせねばならず帰省したので、会には参加できなかった。

生殖のためのセックスというものが消滅しつつある世界で、人工子宮にと受精により男も女も平等に母親になれる共同体の実験が進行中。そこに逃げ込むことにした夫婦の話。実に小気味よい。

既に持っている本でも文庫本が出たらそちらを買う習慣なので、今回、文庫化されたものを買った。

(これはノートをWordファイルにまとめて保管してある。写真、本の下にあるものは別の本のメモ。合評会をやるので。あまりにも教材のコピーが余ったので、その裏にメモしてみた)

2018年7月8日日曜日

たまにはブログ記事を更新しよう


このところサボっていた。ブログを書くのを。特に理由はなく、とりわけ多忙になったというわけでもないのだが、活力が低下する時期だったのだろう。

普通に生きていたので、書くべきことはたくさんあったのだが、……ラテンアメリカ学会に行き、堀江敏幸への都甲幸治によるインタヴューを聞き、その他にもいくつかのイベントに参加し、何冊かの本を読み、映画を見、教え子たちを招いてタコス・パーティを開き……という6月であった。
(写真はタコス・アル・パストール用の肉が焼けたところ。オーヴンで焼いた)

6日にはシアター・オーブに『エピータ』を観に行った。ハロルド・プリンス演出。主役のエマ・キングストンの張りのある高音に圧倒された。

ティム・ライス/アンドリュー・ロイド=ウェーバーによるミュージカル『エビータ』は、僕が大学に入った1984年、外語祭でのいわゆる語劇の演目として、僕らも上演した思いでの作品だ。ただし、スペイン語版。僕は舞台監督として役者にキューを出したり、舞台装置の指示をしたりしていた。

スペイン語版をやったのだから、歌詞はスペイン語で覚えている。ついつい口ずさみそうになる。口ずさもうとすると涙が出そうになる。昔を懐かしんで涙する年になったのだなあ……

7日はひとつの小説をめぐる2つの読書会に参加した。ひとつの小説とは、パク・ミンギュ『ピンポン』斎藤真理子訳(白水社、2017。いじめられっ子の釘がセットでいじめられているモアイとともに卓球台を見出して卓球をするようになり、卓球用具店店主セクラテンに導かれて人類の未来を決することになる話だ。ひどく面白い。

2018年6月1日金曜日

噓だと言ってくれ!


といっても、明らかに噓をついている人物たちへの言葉ではない(その人たちに対しては、嘘をつくならもっと真面目に、ちゃんとした嘘をつきなさいと言いたい。嘘をつく度量がないのなら、個人としての誇りと人間としての最低限の尊厳を持ちなさい、と)。もう6月になったなんて信じられない、と言っているだけだ。

既に閉鎖したものも含め、ブログを始めて17年ばかりになるが、ひと月に記事がひとつだけだった月は先月がはじめてだ。

もちろん、何も書かなかったからといって何もしていないわけではない。

5月17日(木)には来日したホルヘ・フランコのレセプションに呼ばれ、コロンビア大使館に行ってきた。21日(月)にはそのフランコの講演会を聴きにセルバンテス文化センターへ。田村さと子を聞き手とする講演会は盛況であった。都市を舞台とする小説を書く自分たちの立場を丁寧に説明し、明解であった。

25日(金)には星野智幸の講演会を拝聴しに駒澤大学へ。法律の、説明の言葉と文学の言葉を区別し、法律の言葉が権力によって改竄され、言葉が奪われていくことに警鐘をならした。法が機能しなくなると文学も機能しなくなるのだ、と。

あるところに神里雄大『バルパライソの長い坂をくだる話』(白水社、2018)の書評を書いた。表題作は今年の岸田國士戯曲賞受賞作。戯曲らしくない形式で書かれた三本の戯曲とエッセイとからなる1冊。エッセイは主に表題作のキャスティングのため(だと思う)にブエノスアイレスに滞在したり、そこで集めた俳優たちと京都でリハーサルしたりしているときのもの。

ブエノスアイレスの街の描写は、こんな風にメモを取りながら読んだのだ。

……書評の原稿には戯曲のことのみを書き、このメモは活かされなかったのだが。

ともかく。神里は日系ペルー人と日系日本人の間に生まれた人物で、少しのスペイン語をしゃべり、戯曲にもルーツに関係する場所やトピックが散見される。僕はこれまで彼の劇作品をそれとして観たことがなかったのだが、不覚であった。

2018年5月2日水曜日

4月は翻訳大賞で締めた



今年の受賞作はキム・ヨンハ、吉川凪訳『殺人者の記憶法』(CUON)ボレスワフ・プルス、関口時正訳『人形』(未知谷)。4回連続、ご縁のある方の受賞となった。

関口さんは残念ながら旅行中で、代わりに未知谷の社長の飯島徹さんが話をされた。製本のことなど、興味深かったのだ。

が、これでまだ4月は締まらず、30日(月)には、なんと! 『リメンバー・ミー』を見に行ったのだ! 僕がディズニーのアニメなんて見ないだろうと思ったその同行者は、僕がいとも簡単にいいよ、と言ったので、驚いたとのこと。ふふふ。

ギターを弾く手の再現が実に正確かつリアルで、恐れおののいた。

ところで、掃除機が壊れてしまったので、こんなのを買った。

ビックカメラの店員と話していて分かったことは、スティック・タイプのものはキャニスター式のものに比べて吸引力が落ちること。例外はダイソンであること、などだ。

では、なぜダイソンにしないのかというと、これは紙パック式だからだ。捨てるのが楽なのだ。

しばらくサイクロン式を使っていたのだが、やはり紙パックに勝るものはないのだ。

そういえば、コーヒーも最近はフレンチ・プレスでなく紙のフィルターを使うことが多くなってきた。

カミは偉大だ。

2018年4月26日木曜日

小説とはマジックである、と奥泉光は言った(僕も賛成)。


飯田橋文学会の現代作家アーカイヴ第14回奥泉光@東京大学駒場キャンパスを見に行った。インタヴュアーは鴻巣友季子。鴻巣さんは奥泉さんのかなりのファンなのだろう、作品を実に詳細に読み解いてインタヴューを構成していた。

最初、マイクのトラブルで生の声でのやりとりを10分ばかりも続けただろうか? マイクを通さないと映像に残らないというので、二次的な話(発行部数とか、そんな話)から始めたのだが、これがなかなか面白く、奥泉さんは「自分の書きたいことでなく読みたいものを書く」ことを自らに課していると言い、鴻巣さんは翻訳は需要が先にあると応じた。

このシリーズのインタヴューは作家自らが選んだ三作品を中心に話を進めるという形式になっているのだが、今回は『吾が輩は猫である殺人事件』、『虫樹音楽集』、『雪の階』の三作品。これらについて語りながら、ストーリーという調性とセンス、他作品からプロット(モチーフと言えばいいだろうか?)を骨組みとして借りること、という創作技法を披露する奥泉さんも実に明解だった。

『雪の階』の視点と文体の問題に関しては鴻巣さんが手品の話を引き合いに出したところ、奥泉光が自分は「小説手品論」というのを唱えているのだと解説。そういえば僕は「マジック・リアリズム」という語がいやで、『百年の孤独』のあるシーンを分析し、つまりこれはマジックの手法なのだ、いささかも「魔術的」などではなく、視点の問題で、小説に普遍的な話なのだと主張したことがあるが(ある短い文章の中で)、そんな僕からすれば、我が意を得たりといった感慨である。

懇親会で、このシリーズでは珍しく主役の目の前に座ることになった僕は、奥泉さんからなんとかという若手のお笑い芸人に似ていると言われた。その人物の名を思いついた時の奥泉さんの嬉しそうな顔は印象的なのだが、ところで、そうなのだろうか? まあ僕は平凡な顔ですから、誰にでも似ているんですよ、と答えておいた。誰に似ていると思うかによってその人の心理が分かる。ロールシャッハ・テストのような顔なのだ。

2018年4月4日水曜日

デスクトップ


今日は新入生の研究室別オリエンテーションの日で、新3年生と新大学院生たちへの説明に行った。

本郷キャンパスは3年生以上が学ぶ場なので、18歳の新入生というのはいない。だから他の大学とは華やぎ方が少し異なるかもしれない。

さて、なんとなく見せびらかしたくなったので見せびらかすと、最近はこういう体制で仕事をしている。わが家のデスクトップ。

いや、デスクトップにあるのはデスクトップPCではない。そうではなくて、机上にあるのはモニターだ。

機動力もないくせに機動力重視の僕は、小さなノートPCを大抵持ち歩き、家でも職場でもちょっとした外出先でも書いたり訳したりしている(ふりをしている)。以前、MacBook Airの時にはサンダーボルトのモニターを大学の研究室に導入して使っていたのだが、MacBook12インチにしたら、USB-Cなどという新しい端子が登場し、サンダーボルトが使えなくなってしまった。

参ったな。

USB-CからHDMIへの変換の器具はあるので、安いBENQのモニターに繋いでその場しのぎをした。

やがてアップル純正ではないが、LGからUSB-C対応のモニターが出た。だからそれを導入し、家で使っているという次第。ついでにBluetoothで繫がるキーボードとトラックパッドを導入。わが家ではMacBookはほとんど薄っぺらな本体という立場に落ち着くことになった。

Ultra Fine 4K を名乗るくらいだから、実に美しい。

2018年4月1日日曜日

彼我の差に愕然


フランス文学者・鈴木信太郎の家が豊島区の文化財として公開されるという話を聞いたのは、3月31日のこと。実は28日にはもう開館していたようだ。

鈴木信太郎記念館。

立派な家だ。

書斎がすてき。

この机で、執筆していたのだ。

ステンドグラスはカメラの設定をうまくできず、上が映っていないけれども、ともかく、こんなものが何枚か書斎には張られていた。

こんな書斎、僕も欲しいのだ……

2018年3月21日水曜日

メヒコは今日も雨だった


激しい時差ボケに苛まれている。

メキシコに行っていたのだ。行く前日が雨で、その日も午前中は雨だったが、少し晴れたので傘も持たずに出た。乾季のメキシコに傘など持っていってたまるか、という意識だ。ところが、メキシコではまだ雨季でもないのに、毎日のように夕方、雨が降った。そして帰宅したら冷たい雨、一部には雪が。

やれやれ。
(写真はイメージ)
帰国の日には、去年同様、国立フィルムライブラリーで映画をハシゴした。見たのは:

セバスティアン・レリオ『ナチュラル・ウーマン』(チリ、2017) 日本で公開中なのにまだ見ていなかったのだ。誰かが、原題はUna mujer fantástica なのになぜ『ナチュラル・ウーマン』? と言っていたが、案の定、途中、アリサ・フランクリンの「ナチュラル・ウーマン」がかかっていた。その意味で松浦理英子と同じだな。

この映画のすぐれているところは、感情の盛り上がる場所でリアリズムを拒否しているところ。つまり、メロドラマなのだ。圧巻は、トレイラーにも使われているので、言ってしまっていいと思うのだが、あまりの強風に抗して主人公マリーナ(ダニエラ・ベガ)の立った姿勢が斜めになる(マイケル・ジャクソンのダンスのように)ところ。それから自暴自棄になったマリーナがクラブに行き、踊り狂い、行きずりの男と関係を持つという陳腐なシーンで、ここではいきなり衣裳も揃えたバックの連中とともにマリーナがダンスを(クラブでのそれではなく、振り付けのある、アンサンブルのダンス)踊り、しまいには……という処理。

ロマン・ポランスキー D'après une histoire vraie (フランス、2017)

これは日本で公開されていないのだろうか? 原作のある映画しか撮らないポランスキーがなかなかの皮肉なタイトルだと思って、見に行った。サイコサスペンスとしては詰めが甘い、などという評も見かけるし、なるほど、たとえばELLE(エヴァ・グレーン)は最後どうしたのだ? という思いも残る。

が、僕はどちらかというと、映画の完成度など唯一の物差しではないと思っている。僕はただ、パリのアパルトマンがすてきだな、と思うのだ。それからデルフィーヌ(エマニュエル・セニエ)のノートやら創作過程やら……

それに、メキシコの観客たちはいちいち声を挙げて反応していた。充分にサスペンスがあったということなのだと思う。

眠い。時差ボケに押し潰されそうだ。今日はここまで。

※ ポランスキーの映画は、この記事を挙げた翌日、『告白小説。その結末』のタイトルで日本での公開が決定した模様。この決定に対する僕の記事の影響力は、未確定。(ないに決まっているのだけど)

2018年3月4日日曜日

これも昨日のこと


東京シティ・バレエ団創立50周年記念公演『白鳥の湖』@東京文化会館

1946年、藤田嗣治が帝劇での『白鳥の湖』初演の舞台美術を手がけた。その資料を見つけて、それを手がかりに舞台美術家フジタについての博士論文を書いたのが佐野勝也。その博論は書き直しを経て佐野勝也『フジタの白鳥――画家藤田嗣治の舞台美術』(エディマン/新宿書房、2017)という本になった。佐野さんはこの本の完成を見ずに死んでしまったけれども、こうした活動を続けながらもフジタの舞台装置による「白鳥」の再演を希求していた。今回、足達悦子が佐野さんの遺志を受け継ぎ、復元、大野和士指揮、東京都交響楽団の演奏で上演と相成った。

日によってキャストが違うが、初日の昨日はいずれもベルリン国立バレエ団のプリンシパル、ヤーナ・サレンコとディス・タマズラカルがそれぞれオデット/オディールとジークフリード王子を客演。

「幻想的な」夜の湖と言えば青が思い浮かぶところを、フジタの美術はそこに緑を射し、鮮やか。ヤーナ・サレンコの羽と脚の動きの優雅さ、リズムの堂々としたタメは素晴らしかった。

『フジタの白鳥』の佐野勝也は僕の大学の先輩。外語大は通称「語劇」という専攻語による劇を作って秋の学祭で披露する伝統があるのだが(というか、学祭はもともと「語劇祭」であったわけだが)、僕も大学の最初の2年間は彼とともに劇をつくったのであった。最初の年は彼が演出、僕が舞台監督(ミュージカル『エビータ』)。僕が2年の時には僕が演出、彼はキャストの一員として(ガルシア=ロルカの『血の婚礼』)。ともかく、そんなわけで、東京文化会館大ホールの満員の人出ではあったけれども、学生時代、佐野さんに縁の先輩後輩たちとも顔を合わせたのだった。

観劇後は美女二人(要するにそこで顔を合わせた後輩だが)と牡蠣を堪能。

2018年3月3日土曜日

昨日のこと


昨日〆切りの原稿を、〆切りのその日に書き終え、同僚の最終講義に行ってきた。

同僚というのは中地義和さん。「ランボーと分身」というタイトルでそのテクスト分析の手法を披露してくださった。

昨日〆切りの原稿というのは、次の本に関するもの。

星野智幸『焰』(新潮社、2018)

大人の事情があるので、その原稿に書かなかったことを、一部……

『焰』は短篇集というよりは連作短篇で、読みようによっては長篇小説とも思える1冊。長編小説とも思えるのは、短篇と短篇とを繋ぐ短い文章があるからだ。冒頭は災害だか壊滅的な戦争の直後だかで生き残った僅かな人間たちが、焰を囲んで一人ずつ話を始めることが説明される。『トラテロルコの夜』や『関東大震災 朝鮮人虐殺の記録』からの引用が差し挟まれ、つまりは災害というよりは人為的な災害による人類の死滅が示唆されているのだろう。戦争の後なのだ。

ひとつひとつの短篇は、自分ではない何ものかになる人物の話だ。その自分以外のものになるなり方が面白い。たとえば第四話「クエルボ」は、スペイン語を理解するものはすぐに察しがつくように、カラスになる人物の話。妻から「クエルボ」とあだ名される人物だからこのタイトルがついているのだが、このあだ名は、彼がテキーラのホセ・クエルボを飲んでいたから。こうしたミスリードをするのだが、繰り返すが、スベイン語を解するものならすぐに察しがつく。この人はカラスになるのだ。

ところで、この人物は第一話「ピンク」にも出てくる。

「クエルボ、またカラス?」と妻にうんざりされながら、一心不乱に池を眺める初老の男もいる。(14-15)

この「初老の男」が、クエルボこと室内なる人物。しかし、まだ第四話に至らない読者としては、ここで戸惑う。「クエルボ、またカラス?」だからだ。「カラス、またカラス?」と言っているのだろうか? 最初の「クエルボ」は呼びかけではなく、この発話をした女性(室内の妻・亜矢子)がスペイン語と日本語の話者で、単にスペイン語で「カラス」といい、それから自己翻訳して「カラス」と言い換えただけなのか? という具合に。

けれども、ともかく、「クエルボ」はあだ名だ。そしてあだ名どおりにカラスに変わるのだ。

カラスにつきまとわれることになった「私」こと室内は、ある日、カラスたちが自分に向けて上空から急降下し、バンジージャンプのようにまた上昇を繰り返すさまを眺めている。

 圧倒されてたたずむほかない私をよそに、カラスたちは落下劇を続け、食事を終えた個体まで加わり、うち一羽は落ちてから飛びあがるときに私の肩にぶつかったりした。俺をからかっているのか、と頭に血が上りかけたが、そのカラスは私の前に降り立って、私のことをじっと見つめ、クー、クーと小声で鳴いた。私はしゃがんだ姿勢で後ろ手を組み、カラスのつもりで、アーアーと喉から声を出してみた。
 気持ちいい。自然な気がする。
 カラスはそんな私をもうしばらく無言で見つめると、ついて来いという形に小首をかしげ、また飛び上がって遊びを再開した。私はついて行かれないことに無念を感じた。(101 下線は引用者)

たとえば猫を呼ぶときに、僕たちはしゃがんで猫の鳴き声を真似たりするわけだが、それに似たようなことをカラスに対してやったときに「気持ちいい」と、しかも「自然な気がする」と。ましてやその後、彼らについて行けないことに「無念を感じた」となったら、もうこの人はカラスになりかけているのだ。

ちなみにこのクエルボ、実際にカラスになったときには卵まで産むのだが、その描写もまた面白い。引用しないけど。みなさん、自分で読んでね。

つまり「私」はメスのカラスになったということだ。種が変わっただけではない。性をも超えたのだ。そのへんがまた面白いところでもある。最終話「世界大角力共和国杯」なんざ、冒頭から「ぼくはおかみさん。角力部屋のおかみさんである」(230)だものな。まいっちゃうな。


2018年3月1日木曜日

2月が28日で終わることを忘れていた


2月の22日(木)には博士論文の審査に行ってきた。場所は東京外国語大学。スペイン語圏の文化研究の分野としては僕が論文博士号を取得して以来の博士論文だそうだ。俺、在職中にそういえば1人も博士を出してないものな……

酒井和也という日系アルゼンチン人の画家にして翻訳家、雑誌編集者でもあった人物の評伝を中心にした文化論。

23日には旧友と会い、24日(土)は東京都立図書館にミステリー・ツアーに行ってきた。ミステリー・ツアーとは外れたところで、こんな手ぬぐいまでもらってきた。

25日(日)、26日(月)は学部入試2次試験の監督に立った。東大に勤務して初めての経験。

本郷では理系の受験生が受ける。初日は国語100分、数学150分、二日目には理科150分と外国語120分。受験生たちにとってはそれでも時間が足りないくらいだが、監督する立場にしてみれば、地獄のような時間だ。

翌日は何をする気力も起きなかった……と言いながら教え子の就職祝いに行ったのだが。

28日(水)には、僕もクラウドファンディングで協力したマイク・ライトウッド『ぼくを燃やす炎』村岡直子訳(サウザンブックス、2018)の出版記念パーティに行ってきた。

こんなところに。


2018年2月11日日曜日

最近の新書から

別に「最近の新書から」なんてシリーズを設けようとしているわけではない。先日、ある原稿を書くために、まだ読んでいなかったはずのある本(それはたまたま新書だった)を開いたら、実に、まさに読みたかった箇所に線が引いてある。書きこみもある。つまり僕は、この本に既に目を通していた(あくまでも、続けてアドラー&ドーレンの用語を使うなら、点検読書をしていた)のだった。

ふむ。やるじゃないか、俺……

でも、目を通した事実を忘れてしまっていては困る。そんなわけで、最近買った新書についての備忘録を、と思った次第。あくまでも思いつきだ。どうせまた気紛れに備忘録を残したり残さなかったりするのだ。今までもそうだったのだから。

野澤道生『やりなおし高校日本史』(ちくま新書、2018)

野澤さんは高校の日本史の先生で、自身の板書ノートをウェブサイトで公開したところ、それが評判となったのだそうだ。

「一時間目▼律令国家「日本」誕生までの道 ヤマト政権の時代――それはまったく道理にあっていない。改めよ」の冒頭では『万葉集』冒頭の歌(「籠もよ み籠持ち 堀串もよみ堀串持ち この丘に」……)を引用し、「清々しいほど見事なナンパの歌でございます。」と書き、大学で教わった犬養孝の言葉「天皇がナンパなんてはしたない、と思ったらダメです。万葉集の時代は、恋多きことは素敵なことだったのです」(13)を引いている。

さらに、生類憐れみの令を扱ったところでは、「犬小屋に収容するための犬を追いかけまわす武士を、冷やかしてはならない」という法もあったと説き、要するに生類憐れみの令が悪法なのは武士にとってのみなのだと解説する。

こうした断片を読んで買ってみたのだが、「はじめに」を読んで別の意味でびっくりした。野澤さんは1997年に「文部省日米国民交流若手教員米国派遣」の一期生としてUSAイリノイ州に長期出張したのだそうだ。事前に当時の文部省に呼び出されて言われたことは、「目的は日本を伝えてもらうことです」(8)。

USA一辺倒化と夜郎自大な自己主張、「クールジャパン」の押し売りの始まるのは、1995年に前後することなのだろうと思うのだが、文部省(当時)は、97年にこんにことを始めていたのか!

広瀬隆『カストロとゲバラ』(インターナショナル新書、2018)

ついこの間ロシア革命について同じ新書から出した広瀬隆が今度は、キューバ革命を扱っている。

残念ながら文献一覧がなく、わずかに最後の「資料」のページに7冊の書名(基本的な文献。近年の収穫は含まず)が上がっているだけなので、判断しづらい。「あとがき」を「人格者のカストロとゲバラは、一種冒しがたい風格と知性を備え、この地球が生んだ類稀なる偉大なる人物であった。二人に、永遠の敬意を払いたい。そして私たち日本人は、国家や国境という狭い料簡を捨てて、カストロとゲバラの意志を継ぐキューバ国民の人道的救済活動を世界的に支え続けなければならない。いま強く、そう思う」と結ぶのだから、二人へのシンパシーの表明なのだろう。カストロの裏も表もある政治家としてのあくどさにどれだけ斬りこんでいるだろうか? 

とても些細なことだが、やはり「あとがき」にこうある。「軍隊を持たない中米の平和国家コスタリカが「軍隊がなければ侵略を受けないのだよ。これこそがプーラ・ビーダ!(素晴らしい人生!)」と説きながら」……

うむ。この「 」が誰からのどこからの引用か確認できていないのだが、 "pura vida" という表現はコスタリカで多用されるもののようである。だが、「これこそがpura vida」と続くと、まるで "Así es la pura vida" と言っているみたいだ。そしてこれだとまるでpura(「純粋な」) はvidaを強調しているだけ(「純然たる」)のようにも取れる。つまり、"Así es la vida" (「そんなもんさ」)を強調しているかのようだ。ましてやこの文脈だと。

鳥飼久美子『英語教育の危機』(ちくま新書、2018)

これの最大の収穫(のひとつ)はいわゆる平泉・渡部論争を検討し直したところだ。当時の参議院議員・平泉渉が自民党政務調査会に提出した英語教育改革の試案に対し、渡部昇一が(『諸君!』誌上で!!)噛みつき、まるで「実用英語」対「教養英語」の対決であるかのように論争を戦わせたものだ。ここから英語教育の「実用」志向、リスニング、スピーキング志向が始まったとされる。

しかし、実際の平泉試案を読んでみると、日本人は英語を「ほとんど読めず、書けず、わからないというのが、いつわらざる実状」であるとし、実際に読み書き聞く話すの4技能に熟達する目標は「国民師弟の約五パーセント」であり、他は多言語・多文化の「常識」と英語についての「「現在の中学一年生修了程度まで」を外国語の一つの「常識」として教えることを提案した」のだそうだ。つまり、「今でいうなら「多文化学習」ともいうべき斬新な案」だったと。


元同僚だった一方の当事者に遠慮したのか、鳥飼さんはそこまでは言っていないが、要するにこれも渡部昇一がミスリードの上で論争相手を非難した、彼によくある事例なのだろう。

2018年2月8日木曜日

謬見の哀しさ

今日、あるところで、精神科医の方にご指摘いただいた。『野生の探偵たち』翻訳上巻413ページにある「境界性人格障害」は正しくは「境界知能」だろうとのこと。

ふむ。迂闊にも使ってしまったタームであった。反省しきり。

誤訳、ではなく、これは多くの人と共有しているだろう謬見、パースペクティヴの歪みについて:

昨日届いた本は以下のもの。

箕輪優『近世・奄美流人の研究』(南方新社、2018)

これの内容を大雑把に把握するために、パラパラと読んだ(ふたつ前の投稿に名を挙げたアドラー&ドーレンの用語で言う「点検読み」本はまず、こうして読む時期を決める)。そこに引用されていた他の文献に蒙を啓かれた。松下志郎『鹿児島藩の民衆と生活』からの引用だ。ここで、通常使われている「薩摩藩」ではなく、「鹿児島藩」を使うことについての理由づけの箇所。

江戸幕府が「藩」の公称を採用したことは一度もなく、旗本領を「知行所」というのに対して、一万石以上の大名の所領は「領分」と公称されていた事実を思い浮かべるべきである。「藩」という呼称が行政上のものとして歴史に登場してくるのは、徳川将軍の大政奉還にともなう王政復古後、一八六八(明治元)年閏四月、維新政府が旧幕府領を府・県と改め、元将軍家を含む旧大名の領分を「藩」として、その居城所在地を冠して呼んだ時が初めてである。行政区画としての「藩」はしかし短命で、版籍奉還から一八七一(明治四)年七月の廃藩置県まで存続しただけである。(13)

ふたつの謬見に気づかされた。はるか昔、何かで、通常「加賀の国前田藩」などの言い方をするものだが、薩摩だけは「薩摩の国島津藩」でなく「薩摩藩」を名乗った、というようなことを読んだか聞いたかしたような記憶があるのだが、藩は「「その居城所在地を冠して」呼んだのだそうだ。つまり「加賀藩」「薩摩藩」と。

ただし、ただし、ただし、それは明治維新後、廃藩置県までのわずか三年ばかりのことであると。

びっくりして調べてみれば、『日本大百科事典』の「藩」の項目にもそのことはごく当然のごとく書かれている。おそらく、これは日本史に通じた人にとっては当然の常識なのだ。

うむ、明治維新とは実に作られた伝統を我々に信じ込ませ、歴史へのパースペクティヴを歪ませるシステムであったのだと痛感させられる。

ちなみに、当該の図書、箕輪優のものは、呼称はともかくとして、奄美諸島が薩摩にとっては流人の島であったことに衝撃を受け、そんなふうに薩摩の領分の陰であった、植民地であった奄美の実態を、焼却されてしまった資料などの隙間から明るみに出さねばとの執念で遂行した歴史研究の成果だ。ベンヤミンの言う「野蛮の歴史」を回復する試み。これなくして何の明治維新150年か、との思いが溢れる。流人の種別(キリシタン、一向宗、ノロやユタまでも!)や数などを列挙した後に、一番有名な二人、名越左源太と西郷隆盛の残した文書『南島雑話』と書簡などを分析したもの。西郷の差別意識が浮き彫りにされる。それから、教育的貢献なども検討されている。


(写真は、文章とは無関係のもの。ドゥルーズ『ザッヘル=マゾッホ紹介』堀千晶訳〔河出文庫、2018〕。かつて蓮實重彦訳で『マゾッホとサド』として出されていたものの新訳版。これは昨日買ったもの。昨日伝えた『闘争領域の拡大』とともに)

2018年2月6日火曜日

不知火に消ゆ

あるところで打ち合わせというか顔合わせというか、そういうものをして、大学でいくつか細かい仕事を終えてから行ってきた。新国立劇場。

松田正隆作、宮田慶子演出『美しい日々』新国立劇場演劇研修所第11期生修了公演

僕は初見だが、松田正隆の20年ばかり前のこの作品はなかなか面白かった。

二幕構成。第一幕は中央線沿線と思われる六畳一間のアパート。二部屋の話が交互に描かれる、ちょっとしたグランド・ホテル形式かと思わせる。

中心は高校の非常勤講師永山健一(バルテンシュタイン永岡玲央)。専任になれる見込みがあり、同じ高校に同じ非常勤で勤める鈴木洋子(金聖香)と婚約しているのだが、彼女の浮気が発覚、別れることになり田舎で入り婿生活を送る弟の許へと旅立つ。隣の部屋ではニートで社会生活に適合できない兄(上西佑樹)と、身体を売って生活を支えているらしい妹(川澄透子)の出口なしの生活が繰り広げられている。この兄弟の生活の破綻を経て、東電女子社員殺人事件や地下鉄サリン事件を思わせるアナウンスと、何らかのカタストロフを生き延びたらしいカップルの短いやり取りの幻想的な短い場が挿入され、幕。

第二幕は健一の田舎暮らしを描いたもので、近所に住む独身女性美津子(佐藤和)との切ない思いの交錯が次第に前面化していく。

第一幕での健一のちょっとした台詞(女の子の胸に火を当てたことがある)と健一の教え子堤佳代(高嶋柚衣)のさりげない示唆(ストックホルム症候群についてのもの)が第二幕に繫がっている。健一が田舎に越した理由は失恋だけではないだろうとの示唆も、正解が得られないままただほのめかされて終わる。それがこの劇の面白いところ。


主役のバルテンシュタイン永岡玲央は、さすがにこの期の一番のスターといったところだろうか? 名前が示唆するとおりの外見。上の段落に書いた「ちょっとした台詞」というのは、興奮の極でつい過去を思い出して言ってしまうひと言なのだが、その興奮の表現が面白くて、だからその台詞を記憶することができたのだと思う。二幕への繋がりがそれで分かりやすくなった。うむ。やるじゃないか。

本日の収穫は、文庫化された、これ。

ミシェル・ウエルベック『闘争領域の拡大』中村佳子訳(河出文庫、2018)


2018年2月5日月曜日

本が届いた!

今日は大学院修士課程の2次面接の日。

それとは別に、午後、ひとつ嬉しいことがあったのだが、これはその出来事の性質上、公言することはできない。

その代わり、「日本の古本屋」を通じて頼んでいたある本が届いた。

ある学生の修士論文を通じて、ある本の翻訳が存在することを知ったのだ。それで取り寄せていた。

翻訳の出版は1989年。僕が大学院に入った年だから、このころにはもう将来のことを考えてできるだけスペイン語圏の小説からの翻訳は買うようにしていたはずなのだが、それでも気づかずに見過ごしてしまっていた1冊だっのだ。

で、それを「日本の古本屋」で探したらあったので、注文した。それが、九州の古本屋から、今日、届いた。

ある大学図書館の除籍本だった。

いくら『泥棒の息子』だからって、そんなにつれなくすることないじゃないか……

マヌエル・ロハス『20世紀民衆の世界文学 泥棒の息子』今井洋子訳(三友社出版、1989)

話は変わる。数日前、ある人のツイッターでの書きこみに触れ、そこからの連想で、

M.J.アドラー、C.V.ドーレン『本を読む本』外山滋比古、槇未知子訳(講談社学術文庫、1997)

の一節を参照した。これについては以前に読んでこのブログのどこかにも書いた……と思ったら、大して書いていなかった。まあいいや。

で、以前読んだ時には気づかなかったいくつかの箇所が目についた。

 書き入れをする読者には表表紙の見返しはとても重要だ。(59)

ふむ。こんな風にノートなど取っている場合ではないのだ。

まあいいや。

 はじめに一つの逆説を紹介しよう。文学の本をいかに読むかは、知識の伝達を目的とする「教養書」をいかに読むかということよりずっとむずかしい。にもかかわらず、科学、政治、経済、歴史よりも文学の読み方を心得ている人の方が、ずっと多いように見える。これはどうしてだろう。
 小説なら読めばわかると、自分の能力を過信しているためかもしれない。だが、ある小説のどこが好きか、と聞かれて黙りこんでしまう人がよくいる。おもろかったことははっきりしているのだが、なぜおもしろかったか、その本のどこに満足したかは説明できないのだ。良い批評家でなくとも良い読者にはなれるということなのだろうか。しかし、これがすべてだと信じるわけにはいかない。十分に理解しなくては批評的に読むことなどできないのだ。小説のどこが好きかを説明できない人は、おそらく本の字面をなでただけで、その下にあるものを読みとっていないのだ。(198-199)

 最後に、小説を批判的に読む場合の規則であるが、これは、次のような心得になる。「作家が読者に経験させようとしたものを十分に感得できるまでは批判をしてはならない」。作家の創造した世界に疑問を抱かないのが良い読者である。
 (略)
 つまり、小説に対して、読者は、反対したり賛成したりするのでなく、好きであるかきらいであるかのどちらかだということを、忘れてはならない。「教養書」を批判する場合の基準は「真」だが、文学の場合は「美」であると考えてよいだろう。(207)

さ、本を読もう。ロハスを……

2018年2月3日土曜日

また駒場キャンパスに行ってきた

昨日また駒場キャンパスに行ってきた。


昨日は本郷で学部の卒業論文と修士論文の審査の後、夕方、駒場キャンパスに行ってきた。

飯田橋文学会が進める「現代作家アーカイヴ」のシリーズ、今回は松浦理英子のインタヴュー。インタヴュアーは小澤英実さん。

このシリーズは作家本人が代表作と考える作品を3作指定し、それを中心にインタヴュアーが作家の創作活動についてインタヴューするというもの。今回は『ナチュラル・ウーマン』(1987)『犬身』(2007)『最愛の子ども』(2017)の3作。

松浦理英子はほとんどメディアにも顔を出さないし、わずかに数枚の写真を見たことがあるくらいで、声を聞くのも初めてのことだったので、比較的読んでいるはずのこの作家に初めて触れる機会だと、疲労困憊の身体を引きずって行ったのだった。声、というよりも、話し方が、思弁を巡らせるある種のタイプの人を思わせて、最初、意外に感じたのだが、話を聞いているうちに、なるほど、このしゃべり方は松浦理英子その人そのものであるという気になってきた。

話は実に面白かった。彼女が3作……というよりも全作を通じて描いてきたものを単に同性愛だの人間と犬の関係だのといった次元に還元することはなく、たとえば「恋愛である必要はないし人間であるひつようもない心の触れ合い、通い合い」(『犬身』について)というような言葉で語ろうとしていることだ。そうした超越的な何かを目指す関係が、俗な言い方で言うと「支配と被支配」に映るであろう2者関係の、決してスタティックでない関係の流動から得られるのではと模索しているらしいこと。ヘーゲルの「主と奴隷の弁証法」のようなもの、といえばいささか図式的だろうか? 

『ナチュラル・ウーマン』の冒頭が経血の処理シーンであることを問われると、「月経を書きたいという野心」があったと、あるいは「志」があったと述べた時にはモチーフに対するにしては強烈な印象の語の採用にハッとさせらた。

一方で、『ナチュラル・ウーマン」の表題作のタイトルは作中に使われるアリサ・フランクリンの曲から取ったものだが、これに何か意味を読み取ろうとする小澤さんの野心をそぎ落とすかのように、松浦さんは他に思いつかなかったからとかわしてみせた。読者と作者の態度の差が鮮明になるこうした瞬間がいくつかあった。たとえば、『犬身』から『最愛の子ども』の流れでテーマが家族に移っていったと考えようとする小澤さんに対し、家族に今日的な問題があることはわかっているから書くのであって、それは目標や目的ではないときっぱり言い返し、「分かってもらっているか心配」だと呟いた時が一番の緊張の瞬間だっただろうか。

一方で、問われて各作品の登場人物たちの話をする際に「……だと思うんですね」と推測調で答え、まるで他人事のような態度であるのは、きっと松浦さんが今では自分の作品を相対化しているということだろう。もうすぐ出るという新作については、「まだ書いてすぐだから面白いかどうかわからない」と言っていたことからも、作家と作品とのその距離が推し量れる。

打ち上げで出てきたコロッケの写真。


ところで、またマフラーを忘れてきた。「また」というのは、つい最近、マフラーを大学の研究室に置き忘れて帰宅の途についたことがあったからだ

2018年1月30日火曜日

お勉強♡

昨日は駒場キャンパスで博士論文審査に行ってきた。

審査される側ではない。する側だ。

審査というのはされる側よりもする側が大変だと最近は思う。

いや、もちろん、1本の博士論文を書くことは大変な作業であるのだが、書くことを別にすれば、つまり、口頭審査の準備はする側が大変だということ。

だって、読まなきゃいけないんだもん。しかも批判的に。当たり前のことだけど、批判的に読むというのは、意外に大変なのだ。

金曜日には学部の卒論と修士論文の審査会があって、その場合、卒論や修論ならたいては1枚のメモ用紙でも済むかもしれないが、博士論文だとかなりのメモが必要になる。1章につき1枚といったところだろうか。

こんな風にコーネル大学式を気取って二段組みでメモを取ってみた。

コーネル大学式というのはノートテイキングの方法のひとつだ。文字どおりコーネル大学が発祥。1枚のノートをちょっと左寄りの Iの文字で区切る。上の横棒の上にはタイトルなどを書く。縦棒の左側にはトピックやキーワード、章タイトルなど、右側にはその内容をメモ。下の横棒の下は、自分の言葉でまとめの文章を書く、という感じ、と僕は理解している。

で、ふだん、あまりそうした内容把握のようなメモは取らないのだけれども、少なくとも、審査をするために論文を読むにはこの方式はいいかもしれないと最近思ったのだ。だからそうしている。


もちろん、このレイアウトはワープロソフトやエディタではできない。そういうテンプレートもない……と思う。それで、ともかく、二段組みでやってみたという次第。博士論文は長く、かつ残るものでもあるから、やはり手書きよりもファイルで残しておきたいじゃないか。

2018年1月24日水曜日

東京でいちばん高い山

水曜日は3限に早稲田の教育学部での授業、5限には東大に戻って(「戻って」という動詞は正しいのか?)授業、という日。ところが今日はもう東大は授業がない。早稲田はある。つまり、3限後は、いわば空き時間。

で、授業後、久しぶりに戸山公園に足を向けてみた。早稲田の戸山キャンパス(文学部キャンパス)の隣にある公園だ。それを取り囲むように都営住宅の団地がある。

さすがに、まだ雪に覆われていた。

僕がてっきり戸山富士だと思っていた箱根山は、登山道はたいていはきれいに雪かきされていたのだが、一箇所、氷結していて、結局、上るのを諦めた。回り込んでもうひとつの側から行けばどうだったのだろうかと帰り道に考えたが、後の祭り。

ついでに穴八幡にも寄ってきた。

なぜ戸山公演に行く気になったのだろう? 

たぶん、これだ。

そして、その中心には、山がある。標高四十四メートル。山手線内でいちばん標高が高いとはいえ、見た目はちょっとした丘という程度だから、遊歩道の脇に設置された「登山道入り口」という看板を大げさだと千歳は笑ったが、実際に上ってみるとけっこうな急斜面で、確かに「山」だと思った。(略)
 今、山の頂上には、その来歴や「登山証明書」を発行する旨が書かれた案内板がある。欅の梢で視界が遮られるが、それでも団地の高層棟、すぐ近くにある大学の校舎、新宿の超高層ビルが、ぐるりと見渡せる。欅の大木に覆われた斜面は森のようで、ここが新宿からすぐの場所とは思えない。

これは柴崎友香『千の扉』(中央公論新社、2017)13ページからの引用。


千歳という大阪の似たような団地で育ち、結婚して夫の祖父のものだったこの団地に住む女性の話を軸に、グランド・ホテル形式で交錯する他の人生をも描いていくこの小説が面白く、いい感じだったので、きっと気になっていたのだろう。戸山公園を取り囲む戸山団地がモデルだとどこかで聞き知って、それが念頭にあったに違いない。もう何十年ぶりになるかわからないけれども、ともかく、久しぶりに足を向ける気になったのだな。

でも、それは意識の表面にはなかったことだから、帰ってからこの記述を読み返し、実にこの箱根山の記述が素晴らしいと確認すると同時に、ああ、どんなことをしても山頂まで登っておくのだったと後悔した次第。


雪が溶けたら時間のあるときに行ってみよ。

帰りがけに、文庫化された『パノララ』(講談社文庫)も買ってきた。
『世界イディッシュ短篇選』西成彦編訳(岩波文庫、2018)
山本義隆『近代日本一五〇年——科学技術総力戦体制の破綻』(岩波新書、2018)
とともに。