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2020年10月26日月曜日

次の日曜日の遠出



わざとらしくこんな画像を載せてみる。



前の週の日曜に兄が死に、母が上京し、金曜に通夜、土曜に葬儀があった。


ここでは書くことがはばかられる宗教問題や、書くと長くなるので省く人間関係もあり、人の死は残された者の心痛の種でもあるのだ。いろいろあって、母を送って一泊で地元に帰ることになった。日曜日に行って、月曜日に戻った。


空港の待合室での収穫。



文(かざり)潮光(英吉)『奄美大島民謠大觀 復刻版』(南島文化研究社、1933/文秀人、1983)。


これに復刻版があるとは知らなかった。しかも復刻自体がかなり前のことで、それでもまだ空港の売店で買えるなんて! 僕はかつてこれの原版を都立図書館の目録に見つけてそれを参照した。以前発表した短篇小説「儀志直始末記」(『たべるのがおそい』Vol.7)の主要な発想源のひとつだ。



次は、みき。


神酒ではない。どのような言葉の由来かは知らない。米とサツマイモのデンプンとでつくる飲み物で、そういえばオルチャタみたいなものだ。もう少しドロドロした飲み物。これが意外と好き。



これはふねやき。「ケンムンのおやつ」だと(『奄美大島民謡大観』風に言えば、ふねは「船」のように発音されては困る。「ケンムン」のケはけでもないしきでもない。ンにいたっては存在すら疑われる。「ばけもの」では断じてない。「日本文字にはない發音である」〔13ページ〕)。黒糖の菓子なのだが、僕が認識しているふねやきよりははるかにパウンドケーキ風である。芭蕉(ばしゃ)……つまりモンキーバナナの葉が敷いてあって、歯触りを除けば、つまり風味と味は、なるほど、ふねやきだ。焼きたてですと言われて買ったのだ。うまい。



この菓子に敷かれた芭蕉の木(個体としては別物)。子どものころはこれに立派な実がなった。



廃墟風の我が家。上の芭蕉の木が向こうに見える。

2019年4月8日月曜日

定冠詞の不在


先週の金曜日、5日には荻窪の本屋Titleでのトークショーを聴きに行った。久野量一さんと星野智幸さんによるもの。つまり、以下の小説を巡る対談。

カルラ・スアレス『ハバナ零年』久野量一訳(共和国、2019

1993年の最大の経済危機を迎えていたころのハバナが舞台。その前年くらいに初のハバナを体験した久野、星野のふたりがいかにこの小説に感情移入したかという話題から始まって、いわゆる「ネタバレ」のないよう注意を払いながら、ふたりでこの小説の世界を追体験していた。

小説はアレクサンダー・グラハム・ベルよりも前に電話を発明しながらも特許申請の手続きなどの問題で手柄を横取りされてしまったイタリア人技師アントニオ・メウッチの失われた文書を巡るミステリー仕立て。久野・星野両氏が「ネタバレ」のないように注意していたというのは、そういう理由。

メウッチが最初に電話の原理に気づいたのがハバナの劇場で勤めているときのことで、その後の再現実験に関する文書を、それぞれの目論見を胸に秘めて(腹に抱えて)探す人々の話。中心人物は皆、偽名ということにされるのだが、語り手は数学者のジュリア。彼女が恩師にして元愛人のユークリッド、作家のレオナルド、美男子エンジェルの三人の男(文書保持が疑われる容疑者)に翻弄されながら、それぞれ三人のために問題の文書を探す。

メウッチのことを小説にしようと思い、そのための決定的な資料として問題の文書を探している作家のレオナルドの話を聞いたジュリアがそれをユークリッドに語ったところ、彼もまたその文書を探しているとのこと。ユークリッドの子供の友人でジュリアとレオナルドを引き合わせたエンジェルも実はその文書にはひとかたならぬ興味があることがわかったあたりから、展開が加速する。同じ文書を欲しがっているらしいイタリア人バルバラやエンジェルの元妻マルガリータ(彼女は一度も登場しない。ただ常に言及されるだけ)らも絡み、登場人物相互の知られていなかった関係が露呈し、ジュリアはそのたびに三人の男たちのそれぞれに裏切られたと感じ、態度をコロコロ変える。論理的な数学者の頭脳で推理しておきながら、感情に基づく思い込みで自らの立場を変えて宝探しに挑むジュリアの視点から描かれるので、問題の所在が明らかになったり紛糾したりという一進一退を繰り返す。そういったところが読ませるポイント。

NHKラジオのテキストでの連載、7月号はこれで書こうかと思っている。それだけでなく、今学期の授業も、まずはこの問題から入っていこう。

で、タイトルの「定冠詞の不在」というのは、この小説の原題のこと。

Habana año cero

La Habana ではなく Habana だ。定冠詞がついていないのだ。それもまた意味深。訳者の久野さんはこの小説で重要なポイントのひとつは3という数字なので、三語にこだわったのではないか、との見解。

写真はイメージ。黒胡椒たっぷりだからこその alla carbonara 。うまそう。自画自賛。

2018年6月1日金曜日

噓だと言ってくれ!


といっても、明らかに噓をついている人物たちへの言葉ではない(その人たちに対しては、嘘をつくならもっと真面目に、ちゃんとした嘘をつきなさいと言いたい。嘘をつく度量がないのなら、個人としての誇りと人間としての最低限の尊厳を持ちなさい、と)。もう6月になったなんて信じられない、と言っているだけだ。

既に閉鎖したものも含め、ブログを始めて17年ばかりになるが、ひと月に記事がひとつだけだった月は先月がはじめてだ。

もちろん、何も書かなかったからといって何もしていないわけではない。

5月17日(木)には来日したホルヘ・フランコのレセプションに呼ばれ、コロンビア大使館に行ってきた。21日(月)にはそのフランコの講演会を聴きにセルバンテス文化センターへ。田村さと子を聞き手とする講演会は盛況であった。都市を舞台とする小説を書く自分たちの立場を丁寧に説明し、明解であった。

25日(金)には星野智幸の講演会を拝聴しに駒澤大学へ。法律の、説明の言葉と文学の言葉を区別し、法律の言葉が権力によって改竄され、言葉が奪われていくことに警鐘をならした。法が機能しなくなると文学も機能しなくなるのだ、と。

あるところに神里雄大『バルパライソの長い坂をくだる話』(白水社、2018)の書評を書いた。表題作は今年の岸田國士戯曲賞受賞作。戯曲らしくない形式で書かれた三本の戯曲とエッセイとからなる1冊。エッセイは主に表題作のキャスティングのため(だと思う)にブエノスアイレスに滞在したり、そこで集めた俳優たちと京都でリハーサルしたりしているときのもの。

ブエノスアイレスの街の描写は、こんな風にメモを取りながら読んだのだ。

……書評の原稿には戯曲のことのみを書き、このメモは活かされなかったのだが。

ともかく。神里は日系ペルー人と日系日本人の間に生まれた人物で、少しのスペイン語をしゃべり、戯曲にもルーツに関係する場所やトピックが散見される。僕はこれまで彼の劇作品をそれとして観たことがなかったのだが、不覚であった。

2018年3月3日土曜日

昨日のこと


昨日〆切りの原稿を、〆切りのその日に書き終え、同僚の最終講義に行ってきた。

同僚というのは中地義和さん。「ランボーと分身」というタイトルでそのテクスト分析の手法を披露してくださった。

昨日〆切りの原稿というのは、次の本に関するもの。

星野智幸『焰』(新潮社、2018)

大人の事情があるので、その原稿に書かなかったことを、一部……

『焰』は短篇集というよりは連作短篇で、読みようによっては長篇小説とも思える1冊。長編小説とも思えるのは、短篇と短篇とを繋ぐ短い文章があるからだ。冒頭は災害だか壊滅的な戦争の直後だかで生き残った僅かな人間たちが、焰を囲んで一人ずつ話を始めることが説明される。『トラテロルコの夜』や『関東大震災 朝鮮人虐殺の記録』からの引用が差し挟まれ、つまりは災害というよりは人為的な災害による人類の死滅が示唆されているのだろう。戦争の後なのだ。

ひとつひとつの短篇は、自分ではない何ものかになる人物の話だ。その自分以外のものになるなり方が面白い。たとえば第四話「クエルボ」は、スペイン語を理解するものはすぐに察しがつくように、カラスになる人物の話。妻から「クエルボ」とあだ名される人物だからこのタイトルがついているのだが、このあだ名は、彼がテキーラのホセ・クエルボを飲んでいたから。こうしたミスリードをするのだが、繰り返すが、スベイン語を解するものならすぐに察しがつく。この人はカラスになるのだ。

ところで、この人物は第一話「ピンク」にも出てくる。

「クエルボ、またカラス?」と妻にうんざりされながら、一心不乱に池を眺める初老の男もいる。(14-15)

この「初老の男」が、クエルボこと室内なる人物。しかし、まだ第四話に至らない読者としては、ここで戸惑う。「クエルボ、またカラス?」だからだ。「カラス、またカラス?」と言っているのだろうか? 最初の「クエルボ」は呼びかけではなく、この発話をした女性(室内の妻・亜矢子)がスペイン語と日本語の話者で、単にスペイン語で「カラス」といい、それから自己翻訳して「カラス」と言い換えただけなのか? という具合に。

けれども、ともかく、「クエルボ」はあだ名だ。そしてあだ名どおりにカラスに変わるのだ。

カラスにつきまとわれることになった「私」こと室内は、ある日、カラスたちが自分に向けて上空から急降下し、バンジージャンプのようにまた上昇を繰り返すさまを眺めている。

 圧倒されてたたずむほかない私をよそに、カラスたちは落下劇を続け、食事を終えた個体まで加わり、うち一羽は落ちてから飛びあがるときに私の肩にぶつかったりした。俺をからかっているのか、と頭に血が上りかけたが、そのカラスは私の前に降り立って、私のことをじっと見つめ、クー、クーと小声で鳴いた。私はしゃがんだ姿勢で後ろ手を組み、カラスのつもりで、アーアーと喉から声を出してみた。
 気持ちいい。自然な気がする。
 カラスはそんな私をもうしばらく無言で見つめると、ついて来いという形に小首をかしげ、また飛び上がって遊びを再開した。私はついて行かれないことに無念を感じた。(101 下線は引用者)

たとえば猫を呼ぶときに、僕たちはしゃがんで猫の鳴き声を真似たりするわけだが、それに似たようなことをカラスに対してやったときに「気持ちいい」と、しかも「自然な気がする」と。ましてやその後、彼らについて行けないことに「無念を感じた」となったら、もうこの人はカラスになりかけているのだ。

ちなみにこのクエルボ、実際にカラスになったときには卵まで産むのだが、その描写もまた面白い。引用しないけど。みなさん、自分で読んでね。

つまり「私」はメスのカラスになったということだ。種が変わっただけではない。性をも超えたのだ。そのへんがまた面白いところでもある。最終話「世界大角力共和国杯」なんざ、冒頭から「ぼくはおかみさん。角力部屋のおかみさんである」(230)だものな。まいっちゃうな。


2018年2月3日土曜日

また駒場キャンパスに行ってきた

昨日また駒場キャンパスに行ってきた。


昨日は本郷で学部の卒業論文と修士論文の審査の後、夕方、駒場キャンパスに行ってきた。

飯田橋文学会が進める「現代作家アーカイヴ」のシリーズ、今回は松浦理英子のインタヴュー。インタヴュアーは小澤英実さん。

このシリーズは作家本人が代表作と考える作品を3作指定し、それを中心にインタヴュアーが作家の創作活動についてインタヴューするというもの。今回は『ナチュラル・ウーマン』(1987)『犬身』(2007)『最愛の子ども』(2017)の3作。

松浦理英子はほとんどメディアにも顔を出さないし、わずかに数枚の写真を見たことがあるくらいで、声を聞くのも初めてのことだったので、比較的読んでいるはずのこの作家に初めて触れる機会だと、疲労困憊の身体を引きずって行ったのだった。声、というよりも、話し方が、思弁を巡らせるある種のタイプの人を思わせて、最初、意外に感じたのだが、話を聞いているうちに、なるほど、このしゃべり方は松浦理英子その人そのものであるという気になってきた。

話は実に面白かった。彼女が3作……というよりも全作を通じて描いてきたものを単に同性愛だの人間と犬の関係だのといった次元に還元することはなく、たとえば「恋愛である必要はないし人間であるひつようもない心の触れ合い、通い合い」(『犬身』について)というような言葉で語ろうとしていることだ。そうした超越的な何かを目指す関係が、俗な言い方で言うと「支配と被支配」に映るであろう2者関係の、決してスタティックでない関係の流動から得られるのではと模索しているらしいこと。ヘーゲルの「主と奴隷の弁証法」のようなもの、といえばいささか図式的だろうか? 

『ナチュラル・ウーマン』の冒頭が経血の処理シーンであることを問われると、「月経を書きたいという野心」があったと、あるいは「志」があったと述べた時にはモチーフに対するにしては強烈な印象の語の採用にハッとさせらた。

一方で、『ナチュラル・ウーマン」の表題作のタイトルは作中に使われるアリサ・フランクリンの曲から取ったものだが、これに何か意味を読み取ろうとする小澤さんの野心をそぎ落とすかのように、松浦さんは他に思いつかなかったからとかわしてみせた。読者と作者の態度の差が鮮明になるこうした瞬間がいくつかあった。たとえば、『犬身』から『最愛の子ども』の流れでテーマが家族に移っていったと考えようとする小澤さんに対し、家族に今日的な問題があることはわかっているから書くのであって、それは目標や目的ではないときっぱり言い返し、「分かってもらっているか心配」だと呟いた時が一番の緊張の瞬間だっただろうか。

一方で、問われて各作品の登場人物たちの話をする際に「……だと思うんですね」と推測調で答え、まるで他人事のような態度であるのは、きっと松浦さんが今では自分の作品を相対化しているということだろう。もうすぐ出るという新作については、「まだ書いてすぐだから面白いかどうかわからない」と言っていたことからも、作家と作品とのその距離が推し量れる。

打ち上げで出てきたコロッケの写真。


ところで、またマフラーを忘れてきた。「また」というのは、つい最近、マフラーを大学の研究室に置き忘れて帰宅の途についたことがあったからだ

2017年10月22日日曜日

期日前投票に行ってきたぜ


18日(水)には、以前話題にした青山南『60歳からの外国語修行――メキシコに学ぶ』(岩波新書)の刊行記念イヴェントに行ってきた。久野量一さんとのトークショウ@B&B。

僕も1991年の4-5月の5週間、グワダラハラのCEPEに学んだ。青山南さんは、つまり、僕の後輩ということになる。実際には大先輩だけれども……

ケルアックの訳者である青山さんがスペイン語を学ぶのは、これはもう理の当然というか、必然というか、そういえば今日の『朝日新聞』の書評欄で評されていたアーヴィングの『神秘大通り』の主人公もフワン・ディエゴだし、そんなわけで、アメリカ文学の方々には大いにスペイン語を学んでいただきたいと思うのである。

で、ところで、行きの飛行機の中でガレアーノの『収奪された大地』を読み始めたという青山さんは、本書中にも多くのメキシコ関連の本を引いて、新たな読書へと導いてくれる。

トークショウでもそんな質問が出ていた。言及された本の数々をどのように選書したのかと。たとえば『トラテロルコの夜』などは?……

青山さんの著書のなかでも一番意外に思ったのが、このことなのだった。つまり、彼はスペイン語の授業の過去形の練習問題において1968年10月2日のトラテロルコの三文化広場における大虐殺を知ったのだと。そして、それから家族の方(と答えていただろうか? 単なる「知人」と言っていただろうか?)を通じて翻訳を取り寄せ、読んだのだと。

僕が意外に思ったと言ったのは、つまり、トラテロルコの虐殺のニュースは日本では報じられなかったか、それとも報じられたとしてもさしたるインパクトを残さなかったのだな、ということ。

本文には、オリンピックのことやそこでの黒人選手たちのある振る舞いのことなどは記憶に残っていると書いてある。アメリカ文学に関心を寄せていた青山さんのことだから、それは当然だろう。が、そのついでのちょっと前のこの事件(オリンピックを睨んでの処置)を覚えることさえなかったというのだから、きっと日本ではまったく報じられなかったんだろうな。

それが意外だというのは、僕はその5年後、73年ともなると、もう立派に自意識を抱いていて、その僕はその年のチリのクーデタの報道は記憶しているように思うからだ。もちろん、記憶というのはあくまでも曖昧で、それは事後的に得られたものかもしれないのではあるが……

トラテロルコの三文化広場とそこでの虐殺などについては、準備中の著書『テクストとしての都市:メキシコDF』でも触れている。来年の夏くらいの刊行予定。青山さんに献呈して差し上げよう。

翌日、こんなものを手に入れた。電子版『スペイン語大辞典』(白水社/LogoVista)

むふふ。

立教のラテンアメリカ講座ではフアン・ガブリエル・バスケス『密告者』服部綾乃、石川隆介訳(作品社)を本格的に読み始めた。面白いと評判である。昨日は翻訳のあり方についての議論で盛り上がった。

昨日は帰り道、期日前投票所に寄って1票を投じてきた。


僕は「穏健なアナーキスト」などと若き日のサルトルのような定義で自らを位置づけるものであり、共産党や社会党(現・社民党)の支持者であったことはない(言うまでもないが、自民党や公明党には一度として投票したことはない)。どちらかというとオリーヴの木方式で小さな政党が離合集散を繰り返しながら政治が作られていくのが好きではある。そのために野党に票を投じ続けているわけだが、今回は、ともかく、何が何でも安倍晋三の馬鹿者を引きずり下ろさなければならないとの危機感がある。秋葉原でのABの最後の演説の異様な映像を見るにつけ、そう思う。今すぐあの男を引きずり下ろさなけはれば僕らは滅びへの道をひた走ることになる。いや、既に走ってはいるのだが……

2016年4月27日水曜日

バスケスを芥川賞作家と読んできた

先日告知したイベント、「J・G・バスケスを芥川賞作家と読む」に行ってきた。

まずは『コスタグアナ秘史』の久野量一さんが、ゴンブロヴィッチ『トランスアトランティック』(西成彦訳、国書刊行会)に寄せたピグリアの論文(ゴンブロヴィッチをアルゼンチン文学もしくはラテンアメリカ文学として読む)やピグリアその人の『人工呼吸』(ゴンブロヴィッチへの応答)に感心し、他の言語で書かれたラテンアメリカ文学という視点からコンラッド『ノストローモ』に気づき、その評伝を書いたバスケスを知り、彼の書いた『コスタグアナ秘史』に出会い、訳したことを語った。

僕は、まずは冒頭のエスコバールの領地から逃げだしたカバのニュース記事を配ってそれが事実なのだと伝え、麻薬文化との関係でコロンビアの殺し屋(シカリオ)を扱った作品や、メキシコのナルコ小説、ナルコ映画、USAの側からの麻薬問題を扱った映画などの話をし、テッド・デミ『ブロウ』(2001)の裏として読むのも一興だと結論づけた。

小野正嗣さんはサンフランシスコの書店で山積みになっていた『物が落ちる音』英訳と出会い、面白さに魅了されたこと、仏訳の『コスタグアナ秘史』は対照的に語りが行ったり来たりで難しく、途中で投げ出して邦訳の出版を待ったこと、邦訳で読んでみるとその複雑な語りに仕組まれた試みの面白みがわかって負けず劣らず気に入ったことなどを語った。


さすがに小野さんの人気か、思ったよりも人が来ていた。満杯だった。

2016年3月8日火曜日

あ、そうだ、サインもらうの忘れた!

昨日7日(月)には、今度はホルヘ・ボルピがセルバンテス文化センターで講演するというので、行ってきた。

セルバンテス文化センターは読書会Club de lectura を定期的に開いていて、ボルピが来るというので、彼の作品を読んだらしい。その参加者向けに特別回で講演前の30分ほど、著者に直接質問のコーナーがあった。僕は読書会には参加していないのだけど、なぜか最初からその時点からの参加者ということになっていた。

4月からの学期で『クリングゾールをさがして』を読む予定なので、何か参加者たちへのコメントをとお願いしたら、色々と話してくれた。本当は科学者になりたかったし、もっと最近の科学に関する小説にするつもりだったんだ、とか、メキシコのことは一切書いてないけれども、常にメキシコを意識していたんだ、などと。

ガルシア=マルケスに関しても、一般的にはガルシア=マルケス嫌いだと思われがちだが、そうではなくて、ラテンアメリカ文学というとガルシア=マルケスに、あるいは彼の『百年の孤独』に集約するかのような思い込みに抗しているのだ、との言葉も納得。

第二部は『クリングゾールをさがして』を最初から高く評価している中森明夫が、この小説の優れた点を述べ、補足するように安藤哲行が『狂気の終焉』(安藤さんは「終わり」と言ったかも)や『地球にはあらず』(安藤さんは「ではない」と言ったかも)などの話もしながらボルピの構想力を讃えた。


過去二度、直前で来日がキャンセルされたので危惧していたのだが、今回は叶ってよかった。当初僕が抱いていた偏見に反し、気さくな人だった。

2016年3月7日月曜日

御礼

昨日はTwitter文学賞の結果発表の日だった。

ツイッターのユーザーのツイッターを通じての投票による賞だ。ツイッターのアカウントを持っていれば誰でも投票できるが、ただし、ひとり1票だけ。国内部門と海外部門がある。

これが始まったのが2010年で、2011年3月に最初の発表があった。2010年には僕は松本健二との共訳でボラーニョ『野生の探偵たち』を出している。これが第5位に入ったのは嬉しいことだった。

翌年はカルロス・バルマセーダ『ブエノスアイレス食堂』が、そしてさらに翌々年にはセサル・アイラ『わたしの物語』が、それぞれ海外部門トップ10に入った。嬉しいことだ。

その後、2年間、僕には文学作品の翻訳の単行本がなかった。久しぶりに2015年には2冊出した。エドゥアルド・メンドサ『グルブ消息不明』セサル・アイラ『文学会議』。この2冊が今回、いずれも、またトップ10に入った。『グルブ消息不明』が9位に。そして『文学会議』が5位に。


素晴らしい。得票数にしてみればわずかなものだし(それぞれ12と19)、読者に占めるツイッターのユーザーがどれほどのものかも不明なので、これをして世界全体の反映とみることはすまいが、それでも、イシグロを、ウエルベックを抑えてアイラが5位に入るなど、画期的なことだと思う(僕自身はウエルベック『服従』に投票したのだった)。苦労が報われた思いだ。

2015年12月6日日曜日

海老で鯛を釣る、ではないし、ミイラ取りがミイラになる、でもないし、……何て言うのだ?

下北沢のB&Bに今福龍太とキルメン・ウリベのトークショウに行った。で、キルメンの本は買わずに(だって、持ってるもん。読んだもん。書評すら書いたもん)、こんな収穫があったよ、という絵。

エリック・ラックス『ウディ・アレンの映画術』井上一馬訳(清流出版、2010)

元から知らなかったのだったか、忘れていたのだか、ともかく、持っていなかったこの本。B&Bに置いてあった。600ページを超す分厚い本が3,800円也だったので、すぐさま買った。

右の黄色いのは: Enrique Vila-Matas, Marienbad eléctrico (México: UNAM / Almadía, 2015).
ビラ=マタス『電気のマリエンバード』。グワダラハラのブックフェアから帰ったばかりの宇野和美さんが、今年のブックフェア賞受賞者ビラ=マタスの、それを記念して出されたばかりの本をお土産にくださった。

その上に乗っているのは、温又柔さんの「あなたは知らない」。黄耀進による台湾語訳との対訳2年前のフェスティヴァル・トーキョーでの「東京ヘテロトピア」。そこで最初の台湾語辞書を作った王育徳について温さんの書いたテクスト(その時、僕もその王育徳の墓の前でこのテクストを聴いたのだった。とりわけ印象的な文章だ)を、こうして小冊子にして持ち歩いていた温さん(つまり、彼女も来ていたわけだ)に、いただいた。

ビラ=マタスの本と温さんの本、キルメンの小説の中身は、近年のある種の文学の方向性を明確に示し、共鳴し合っていると僕には思える。そのことはおいおい、書いていこう。

キルメンの本を買わなかった代わりに(?)ちゃっかりサインはいただいてきた、というのが上の1冊。

トークショウはまず前半、今福さんが『ムシェ』の中で印象的だと思ったパッセージを取り上げ、それに関連してキルメンに質問するもの。前回の来日時はこれを書き上げた直後だったのだが、1作書き上げた後の作家の意識としてはどんなものだったか、『ムシェ』の中のロベールの妻ヴィックの、違いがあるからこそ愛し合えるという態度、等々、等々……


途中で休憩を入れ、キルメンがバスク語の詩を読み、今福さんがその日本語訳(もちろん、金子奈美によるもの)を読み、最後に返礼として今福さんによるスペイン語の詩を日本語訳(本人による)を今福さんが、オリジナルのスペイン語版をキルメンが読む、という形で締めた。

2015年3月21日土曜日

勉強週間?

前にも書いたが、世界文学・語圏横断ネットワークというのに発起人として参加している。中心となったのは西成彦、和田忠彦、沼野充義の3名で、その周囲に30名ばかりの発起人が集まり、立ち上げた。で、ぼくはその30名ばかりのうちのひとり。年に2回、研究会を開催している。第2回目の研究会が、この19(木)、20(金)と東京外国語大学であったので、行ってきた。古巣に。

初日の午後には池澤夏樹さんをお招きしてのシンポジウムもあった。

こうした研究会での成果は、他者の発表によってぼく自身が新たな視点を得られるか、そしてこれは読みたいと思う本に巡り会えるか、にかかってくる。崎山多美『ゆらてぃく ゆりてぃく』なんて作品に出会ったことは初日の成果のひとつ。サルマン・ラシュディの未読のものなど(恥ずかしい話だが、実は、たとえば『悪魔の詩』を読んでいないのだった)も読まねばと思った次第。

2日目の午後、「翻訳論のフロンティア」のセッション。齋藤美野「翻訳論と実践の繋がり」は明治期の翻訳家・森田思軒の実践を紹介するものだった。間接話法の「彼」に、当時まだ意味がたゆたっていた「己れ」を充てたという例に、早川敦子とともに司会をしていた鴻巣友季子がえらく感心していた。

なるほど。でも鴻巣さんに張り合う気はないが、ぼくは、この間接話法の三人称の処理に苦労し、何気ない編集者の提案によってそこに「自分」を使うとかなりうまく行くことに気づいたことがあった。へへへ。かといって、以後、そればかり使っているわけではないけれども。

そんなことよりぼくが同発表で驚いたのは、間接話法はわかりづらいので、通訳・翻訳の現場ではむしろ直接話法化することが推奨されている、という実態がある、と、さらりと報告されたことだ。

そうなのか!……

ある共訳の仕事をしたとき、共訳者が間接話法をほとんど直接話法で訳してきたことがあった。文学作品なんだし、ぼくはそのほとんどを間接話法に書き換えた。そのいくつかが、わかりづらいとして編集者から示唆されたのが「自分」だった。そうなんだな、きっとぼくはこのとき、森田思軒の後継者となったのだな。

今日はこれから、ぼくが名ばかりの代表を務める研究会。世界文学から一気にスペイン語圏への移動だ。


でも本当はこうして勉強してばかりではなく、自分の仕事をサクサクと片づけなければならないのだけどな……

2015年3月4日水曜日

毒を食らわば皿まで? 乗りかかった船?

今回の来日、二度目のイベントに行ってきた。ジュノ・ディアス×円城塔×都甲幸治、「未来と文学」@la kagu 神楽坂

ディアスの「モンストロ」は『ニューヨーカー』に掲載され、それが都甲幸治の『生き延びるための世界文学』(新潮社、2014)に翻訳・転載された短編だが、実はあれは未完の長編の一部で、ゾンビものとして始まったその短編が、最終的には火星まで舞台が展開するのではないかとの噂があるが、どうか、という質問から始まった。火星に行くつもりはないそうで、あれはともかく、感染の語りというものを試みているものなのだとか。

それに反応して円城塔は、シリアの反政府組織の司令官のノートにすら描かれるキティちゃんというのがひとつの面白いテーマで、実はキティちゃんの広がりについての小説を考えている、とか書いている、とか。あの「これはペンです」の円城塔がキティちゃんを書くなど、楽しみではないか。ディアスは、キティちゃんと言えば、サンリオのプレスリリースは傑作で、キティちゃんは猫ではありません、との命題こそ、それを発するプレスリリースこそSFだ、と断言。なるほど、と思うのであった。

MITってどう? (ディアスはMITで創作コースを担当している)との質問には、20人ばかりの世界最優秀の学生を教えているわけだが、合衆国の大学生はみな一様にあるオブセッションに囚われていて、それはつまり、恐怖だ、と。間違えることへの恐怖、正しい道を選んでいるだろうかという恐怖、等々。その恐怖を外して差し上げて、恐怖があっては本は読めないとさとすのだ、とのこと。

4月から駒場で1年生相手の授業を持たなければならない身としては、東大の1年生たちのことを考えないわけにはいかなかった。以前、駒場で1、2年生のスペイン語の授業を担当したことがあって(非常勤として。今はスペイン語は担当していない。4月から担当するのも、スペイン語ではない)、その時に一部学生に感じた、強迫観念。東大は全員が教養学部に入学し、3年生でそれぞれの学部学科、専攻課程に進学する。成績によっては志望先に入れないこともあるので、彼らは必死だ。必死だということはオブセッションに囚われているということだ。そのオブセッションを強いる一種の言説がある。それが教師に対してひどく抑圧的に作用することがある。ぼくらはきっと、抑圧されないために、彼らの言説を解体し、オブセッションを取り払って差し上げなければならない。難しい作業だけれども、そうしなければ、彼らは読書の喜びなど経験することはできない。


うむ。4月に向けて大いに助けになるお話であった。

……話を戻せば、Rodrigo Fresán, El fondo del cielo など、円城塔は好きではないかな、と漠然と思った。可能世界により多様な9.11、SFの体裁を借りたロマンティックな物語。