2021年4月29日木曜日

本物の机の上も模様替え♡


こんなものを導入してみた。


国と都の無策をごまかすための夜間外出禁止令が出されたので、ハイブリッドで行っていた授業も全面オンラインに切り替えることにした。



ところが、机の上がこうなっている。左のMacBook Air を右のモニターに繋いで使っている。これでzoomを使用する場合、少しばかり不具合が生じる。つまりカメラをMacBookの内蔵カメラに指定すると、モニターを見る僕はあらぬ方向を向いてカメラに向かうことになる。よそ見した僕が映ってしまうのだ。それでこれまではモニターへの接続を断ち切り、MacBook Air のみの出力で我慢していたのだ。


しかし、やはりこれでは画面が小さい。せっかく大きなモニターがあるのに、もったいない。


それで、こういうことにした。自慢のFujifilm X-E4 は富士フイルムのサイトで専用のアプリをダウンロードすれば簡単にwebカメラとして使えることがわかったので、そうすることにしたのだ。そうするためには三脚が必要だろうということになり、買ってきたのだ。三脚。


ちょうど今日は「月刊All Reviews」で豊崎由美さんとクラリッセ・リスペクトル『星の時』福嶋伸洋訳(河出書房新社)について話すことになっていた。


今回は翻訳者の福嶋伸洋さんにもご登場願い、3人でzoomでやりとり。その様子をYouTubeで流したのだった。ロドリーゴ・S・Mの語りの対象との距離、その進行などについて豊崎さんの鋭敏な分析を拝聴したのであった。豊崎さんはこの小説についての書評を『すばる』に掲載予定とのこと。

2021年4月18日日曜日

模様替えは逃避の兆候

模様替えは逃避の兆候、とわかってはいるのだが、そろそろ授業が本格的に始まるこの時期には環境を整えたくなる。


仕事とは机上に仕事の道具(や書類)を置くことである。文章が書けないと呻吟する人間(とはすなわち、僕だ)は、その文章に必要なノートや本を開こうとしていないだけなのだ。




そんなわけで、机上、すなわちデスクトップ、といってもヴァーチャルなデスクトップを整理してみた。MacBookのデスクトップのことだ。これですっきり。




しかも最近は使っているアプリは全画面表示をすることにしている。するとトラックパッド上で三本指を横にスワイプさせるだけで移動が簡単にできる。


こういうデスクトップの整理はちょっと前にしていたのだけど、今日は部屋も少し変えてみた。物理的な模様替え。




こんな感じだ。


今ある本棚をもっと薄いのに取り替え(今のは書庫に)、もうひとつの壁にも薄い本棚を入れようと思っている。

2021年4月11日日曜日

お忍びで巡礼に? 

実は老母が2ヶ月ほど入院していて、その退院の手続きに行っていた。週末。一泊だけの旅行だ。こんな時期ではあるが、こればかりはしかたがない。


2日目。帰宅前に時間を作って父の家にも行ってみた。以前、義姉(兄の妻)が行ってみたら更地になっていたみたいなことを言っていたので、僕も見ておこうと思ったのだ。




更地というか、草地であった。(というか、そもそもここであったかどうかすら、定かではない……)


ついでに、実に40年ぶりくらい(いや、もっとか?)に行ってみた。




ばあ加那の家。




そして芦花部一番の碑。


おととし3月に「儀志直始末記」という短篇小説を発表した(『たべるのがおそい』Vol. 7)。「儀志直」という短篇小説とその作者とおぼしき人物についての考察の体裁をとったオートフィクションだ。短篇内短篇「儀志直」は儀志直とその娘ばあ加那(これがいわゆる芦花部一番のばあ加那とされるが、実のところ、僕は疑っている。よくわからないのだ)の悲劇を扱ったものだった。


自分でも面白いなと思うしかけやら史料の改竄やらを経て作った短篇内短篇なのだが、そこでばあ加那の生家を「小川をまたぐ屋敷」とし、彼女の墓を「小川が発するあたり」とした。それは漠然とこの歌碑や生家跡の碑が念頭にあったとは言え、それが小川を跨いだりその近くやそれが発するあたりにあったりしたのかは、確信がなかった。僕はむしろ、僕の生家(父の家)を鮮明に思い出し、その家と小川を挟んだ向かいにある教員宿舎も家の土地だったと聞かされた記憶から、その家(僕の生家)の記憶とない交ぜなままに「小川」を置いたのだった。


で、それを確かめに行ったという次第だ。ばあ加那生家跡の碑の近くには、僕の家の前とは異なる小川が確かに流れており、そこを少しさかのぼった場所の(さすがに小川の源流ではないものの)川をまたいだ場所に歌碑は建っていた。




ただし、教会や学校の位置など、その集落についての記憶はだいぶ変形を被っていたようだ。僕がはじめてエポック社の野球盤に興じたあの遠い親戚の家はどこにあったのだったか?……

2021年4月8日木曜日

ただの枠のみでなく


クラリッセ・リスペクトル『星の時』福嶋伸洋訳(河出書房新社、2021)


とても単純な物語を複雑な語りの行為によって重層的に意味づけするのは小説の小説としての強みだが、リスベクトルの『星の時』はその語りが複雑でくせ者だ。


物語の内容は、ブラジル北東部出身の貧しい女性マカベーアが、オリンピコという同郷の男に恋をし、しかしオリンピコは彼女の仕事仲間のグローリアに恋をしたので、ふられることになる。グローリアのすすめと援助でカード占いに見てもらったマカベーアは、直後、車に轢かれる。


170ページほどの決して長くない小説だが、それにしてもこのストーリーも短い。小説の半分くらいは語り手ロドリーゴ・S・Mの語りが占めている。語り手は書くことの意味を語り、自身を語り、マカベーアの自意識と彼女の置かれた状況を客観的に評価する見方とのズレを語り、そして時には疲れて語ることを中断し、三日も(!)休んだりしている。


スザーナ・アマウラによる映画版(1985年)はこの語りの部分を省いているそうだが(未見。これから見る。YouTubeに全篇が上がっているので)、枠物語の枠がなくなる(『カルメン』などのように)という以上にこれは大きな違いを生み出すことになりそうだ。



2021年4月6日火曜日

くーっ! (これは感嘆詞)

友人が青山の喫茶店・蔦のカレーが美味いというので、そういえば行きたいと思いつつ行っていない場所だと思い立ち、行ってきた。蔦に囲まれていた。その後、ABCで本を数冊買い、渋谷、映画美学校試写室へ。試写に呼んでいただいたのだ。


ゲオルギー・ダネリヤ/タチアナ・イリーナ監督『クー! キン・ザ・ザ』(ロシア、2013)


そう、あの『不思議惑星キン・ザ・ザ』(1986)の、言うなればリメイク版。まだソヴィエト連邦だった時代のロシア映画の金字塔……なのかな? ともかく、カルト的人気を誇るあのSFをアニメにして、ストーリーというより細部(携帯電話が出てくる)を現代的にして作ったもの。


「クー」と「キュー」のみが言語である砂漠の惑星プリュク(キン・ザ・ザ星雲)に迷い込んだ地球人(ロシア人)二人連れが、この星では最大の価値であるらしいマッチをネタに交渉を重ね、冒険を繰り広げ、どうにか地球に帰ろうと努力する話。


オリジナルでは主人公の職業は建築家だったか何だったか、僕もあまり覚えていないのだが、今回は世界的な名声を誇るチェリスト。ある老夫婦にせがまれてメンデルスゾーンの「ヴァイオリン協奏曲第一番」を演奏しかけたら、そんな音楽はだめだと否定されるところなどはなんだかおかしい。いや、全篇にわたっておかしみはあるのだが。


アニメにしたことによって実写と異なり宇宙人たちのキャラクターが立つ。背景など立体的で美しく描かれるのだが、そのキャラクターたちはへんに3D的でないところは、僕には好感が持てたところ。僕はあれが苦手で、一種の恐怖心を感じるのだ。


5月公開予定だが、それに合わせて『不思議惑星キン・ザ・ザ』も公開するのだという。すばらしい! 

2021年4月3日土曜日

新年の準備

新学期が始まってしまった。FacebookやTwitterでは書いたが、4月から藤井光さんが新たに現代文芸論研究室の教員として赴任した。昨日、2日(金)、学部と大学院の新入生へのオリエンテーションを開いた。


既に汗ばむ季節である。歩いて大学に行くことも多いのだが、すると汗をかくのだ。


そうするとリュックやバックパックが辛くなる。革製のものを持っているので、色移りしてシャツがだめになる。


だからこの時期は手持ちまたはショルダーバッグになる。



Herzの定番ソフトダレスバッグは冬の間リュック仕様で使っているのだが、ショルダー仕様に戻した。そして肩掛けもできる(ように取っ手が調整できる)トート。しかもロールトップ・トートだ。これらが主流になるもよう。


さっそく月曜日5日から授業が始まる。さ、がんばろう。

2021年4月1日木曜日

エイブリルフール、みたいな話

履歴書を書かなければならなくなり、いただいた学位のそれぞれの発行元の当時の正式名称(大学院は幾度か名称が変わっている)と学位の名称を調べたいと思い、学位記を開いてみた。


僕は3つ学位を持っている。文学士、文学修士、博士(文学)。いずれも東京外国語大学には違いないのだが、それぞれ外国語学部、大学院外国語学研究科修士課程、大学院地域文化研究科博士後期課程からもらっている。博士の学位は乙類、つまり論文博士なので学んでいたころの名称と違いがないかなど、特に気になったのだ。


さて、学位記を開いてみた。外語の場合、大きい証書で筒に丸めて入れてあるので取り出しが面倒だ。でもともかく、開いてみた。


博士の学位記には小さな「学位証明書」という紙までいっしょに巻き付けてあった。まったく記憶にない。見てみた。瞬間、憤死しそうになった。


氏名に誤字があったのだ!!!!!


驚いて学位記を見直したら、そこには誤字はなかったので、少しホッとした。でもともかく、これは許しがたいことだ。


僕はよく名前の字を間違えられるし、そのたびに寿命が3年ばかりも縮むくらいに怒っている。こんな単純で頻出の漢字を間違えるということが僕には信じられないのだ。例えば「渡邊」の「邊」の字のように複雑で類似のものがいくつもあるのなら、まだ同情の余地がある。が、「孝」「敦」のような文字、そりゃあ、同じ読みで違う文字はいくつもあるにしても、すべてが頻出かつ単純、簡単に弁別可能なパラダイムであるこの並びで、いったいどうすれば間違いようがあるのか? いや、もちろん、間違うことはあろうが、かりにも公式の文書(なんどもチェックや校閲を経ているはずの)に記載ミスが生じるなど、いったいどれだけの手抜き仕事をしているのだ、と思うのだ。(ちなみに、今回の誤記は「敦」の字が「淳」に代えられていたというもの。水もしたたるいい男だと思ったからさんずいにしたのだろうな、と思うことにしよう)


ましてやそれは母校であり、仮にも教師としても9年半も勤めた機関で起こったのだ!


まあ、17年(もらったのは2004年3月だ)経って気づく僕もどうかと思うのだが……


で、ともかく、大学院係に電話したのだ。正式の記録は学位記のものであり、大学のサイトの学位授与者一覧に記載ミスがないのであれば、ミスはないのだという。そのときの証明書の発行係のミスであると。しかるに、誤字のままでは収まりが悪いというのであれば、新たに学位証明書を申請してもらうことになる、と。ただし、当初の日づけのものを再発行するわけではない、と。


さて、どうしたものか……




昨日の昼に1/4を食べたトルティーヤ(・エスパニョーラ)。残りを今日食べようと思ったのだが、今日見たら、もう残っていなかった。どうしたことだ!? 考えられる答えはひとつしかない。無意識に僕が食べたのだ。昨日のうちに。今回は比較的できがよかったものな。

2021年3月27日土曜日

届いたものたち2 もしくは驚くべき言語学者たち

こんなのを買ってみた。


こんな風になる。布団乾燥機だ。

僕の代わりに布団に入ってもらう。しゃくだから枕は取り払ってやった。そして20分でぽかぽか。服の乾燥などにも使えそうなので、前から欲しかったのだ。


そして、去年、コロナ禍で急遽公演取りやめになったある劇のチケットを発券してもらってきた。五列目のいいところが当たっていた。


黒田龍之助『物語を忘れた外国語』(新潮文庫)の文庫化されるにあたってつけ加えられたテクスト(「あとがき」のうしろにある!)「長い長い外国語の話」(192-215ページ)には、黒田が学生にあだ名をつけることが書いてあった。文学作品からとったものなのだそうだ。それで『赤と黒』からジュリアンとあだ名をつけた学生の話を書いているのだ。「解説」の林巧によれば黒田は「学生が大好き」(223)だそうで、林はそこから例のジュリアン君に話を繋げていた。


僕がならった言語学者にも学生にあだ名をつける人がいた。もう亡くなった原誠先生だ。学生たちの噂によれば、ある一定の数のあだ名があらかじめあり、毎年、それに新入生を当てはめていくのだという。授業中に隣の学生としゃべる女子学生がいれば、その彼女は「しゃべ子」だ。1982年入学の「しゃべ子」がいて、83年入学の「しゃべ子」がいる。85年入学の「しゃべ子」はわざわざ後ろを振り返ってしゃべっていたので、「振り向きしゃべ子」。という具合だ。亡くなった後の偲ぶ会に参加して知ったことだが、彼は妻や娘にもあだ名をつけていたのだそうだ。


一方で、黒田さんは「講義室最前列でまっすぐ前を向く真面目な「風の又三郎」、スペイン語の成績に悩む「ハムレット」と、彼と仲良しの「オフィーリア」。中には「幸福の王子」もいて、これなんかそのまんま」(200)だという。


こうした記憶法はマテオ・リッチの記憶の部屋を思わせて、理に適っているんだろうなと思う。原誠も黒田龍之助も。が、僕は僕で子供のころから悪意あるあだ名をつけられたりして、あだ名というものにはいい思いを抱いていない。時にはあだ名などつける者に対して殺意すら感じることがある。『坊ちゃん』の赴任初日の例もあり、初対面のものに(公然とであれ隠れてであれ)あだ名をつけるのは対人関係の第一歩だろうとは思うのだが、ともかく、いやなのだ。


僕のように嫌がる学生がいるだろうから、僕は学生には確実に名前で呼びかけるようにしている。苗字で。もしくはフルネームで。第三者と話すときはこの限りでない。つまり、その学生の友人たちと彼/彼女の話をしているときに友人たちが彼/彼女にあだ名で言及しているときに、僕も使ったりはする。が、面と向かって話しかけるときには決して、死んでも、あだ名でなど呼ばない。

だいたいは印象に残ったエピソード、最初のコンタクトの印象などとともに名前は覚える。少し記憶力が衰えたと感じてからは、たまにノートの似顔絵などを描いて覚えるようにしている。

こんな感じだ。これは学生ではないけど。


そんなわけで、学生にあだ名をつけるという黒田龍之助には少しがっかり。彼の教え子でなくてよかった。


でもまあ、それはともかく、彼が書き手としてうまいなと思うのは、次のような一節だ。


 自分が生まれる以前の事柄について知識があるのは教養だと思う。わたしと同世代がいしだあゆみの「ブルー・ライト・ヨコハマ」を覚えていたところで「懐メロ」にすぎないが、今の大学生が知っていたらちょっとしたものだ。同じ流行歌でも明治・大正期に活躍した添田啞蟬坊【ルビ:そえだあぜんぼう】の「まっくろけ節」となれば、完全に歴史の教養である。(30-1)


添田啞蟬坊って! 「まっくろけ節」って!! こんな例の出し方が上手いのだ。僕はこういうことが下手だ。


そういえば、こうした例の引き出し方の巧みさは前述の原誠の教え子のあるスペイン語音声学者を思い出させる(名前は木村琢也という)。うーむ、言語学者たちって!……

2021年3月25日木曜日

届いたものたち

右の吸い取り紙が残り一枚になったので、左のものを買った。これは同じ会社なのだが、色とデザインが異なる。会社名の書体も異なるし(Jも消えているが)、depuis 1670 の表示がなくなっている。もちろん、こうした変化は吸い取り紙としての機能には影響してこないのだろうけれども。先日、赤ペンを万年筆でという発想を得たばかりなので、思い立ち、アマゾンにあるかなと思って検索したらこれがあったので、買ってみた次第。


クラリッセ・リスペクトル『星の時』福嶋伸洋訳(河出書房新社、2021) ご恵贈いただいた。リスペクトルはオンビキつきの「リスペクトール」の名で『家族の絆/G・Hの受難』が高橋郁夫訳で集英社の〈ラテンアメリカの文学〉に収められていたが、単行本としてはそれ以来か? 


上の『星の時』の写真の端に映り込んでるのが、これ。泉芳朗『お天道様は逃げてゆく』(黎明社、1934)。〈日本の古本屋〉を通じて手に入れたのだが、「500部限定版」の表記の後に手書きで番号がふってある。これは396番。

2021年3月23日火曜日

校正熱に取り憑かれる

ふだん万年筆を愛用している。キャップを開けたままにしておくとインクが乾いて困るので、そんなときにはローラーやボールペンを使うし、本への書き込みなどは鉛筆(シャープペンシル)だが、ノートに書くときには万年筆が多い。


万年筆はモンブランのマイスターシュテュック146(プラチナ)と149(ゴールド)、それにペリカンのスーベレーンM800 を順番に使うことがほとんどだった。もちろん、モンブランとペリカンでは書き味が違う。モンブランが好きだと思えるときもあれば、ペリカンが優勢を占めることもある。最近はほとんどモンブランを使っていた。146と149を交互に。


が、やはり、時にはペリカンも捨てがたいと思うのだ。うーむ……


! 


ペリカンに赤インクを入れてみようかと思いついた。赤ペンだ。採点したり校正したりするのに赤インクは必要だ。最近は短い校正ならばPDFで送られてきたゲラをiPad上で校正することが多いのだが、長いものなどはまだ紙が主流だ。そういえば教授会で向かいに座っていたFさんなど万年筆に赤インクを入れて校正していた。他にも、Iさんなども赤インクの万年筆を使っていた。しかもペリカンだった。


で、思い立って買ってきた。ペリカンの赤インク。


どうだ? 


ちょうど今日、小さな原稿の校正があったので、珍しくこれを印刷して紙で校正しようと思ったのだが、こんな時に限って訂正すべき箇所が一箇所もない。これで校了だ。うーむ……


まあいいや。これでペリカンもモンブランも使える。