先週の金曜日、5日には荻窪の本屋Titleでのトークショーを聴きに行った。久野量一さんと星野智幸さんによるもの。つまり、以下の小説を巡る対談。
カルラ・スアレス『ハバナ零年』久野量一訳(共和国、2019)
1993年の最大の経済危機を迎えていたころのハバナが舞台。その前年くらいに初のハバナを体験した久野、星野のふたりがいかにこの小説に感情移入したかという話題から始まって、いわゆる「ネタバレ」のないよう注意を払いながら、ふたりでこの小説の世界を追体験していた。
小説はアレクサンダー・グラハム・ベルよりも前に電話を発明しながらも特許申請の手続きなどの問題で手柄を横取りされてしまったイタリア人技師アントニオ・メウッチの失われた文書を巡るミステリー仕立て。久野・星野両氏が「ネタバレ」のないように注意していたというのは、そういう理由。
メウッチが最初に電話の原理に気づいたのがハバナの劇場で勤めているときのことで、その後の再現実験に関する文書を、それぞれの目論見を胸に秘めて(腹に抱えて)探す人々の話。中心人物は皆、偽名ということにされるのだが、語り手は数学者のジュリア。彼女が恩師にして元愛人のユークリッド、作家のレオナルド、美男子エンジェルの三人の男(文書保持が疑われる容疑者)に翻弄されながら、それぞれ三人のために問題の文書を探す。
メウッチのことを小説にしようと思い、そのための決定的な資料として問題の文書を探している作家のレオナルドの話を聞いたジュリアがそれをユークリッドに語ったところ、彼もまたその文書を探しているとのこと。ユークリッドの子供の友人でジュリアとレオナルドを引き合わせたエンジェルも実はその文書にはひとかたならぬ興味があることがわかったあたりから、展開が加速する。同じ文書を欲しがっているらしいイタリア人バルバラやエンジェルの元妻マルガリータ(彼女は一度も登場しない。ただ常に言及されるだけ)らも絡み、登場人物相互の知られていなかった関係が露呈し、ジュリアはそのたびに三人の男たちのそれぞれに裏切られたと感じ、態度をコロコロ変える。論理的な数学者の頭脳で推理しておきながら、感情に基づく思い込みで自らの立場を変えて宝探しに挑むジュリアの視点から描かれるので、問題の所在が明らかになったり紛糾したりという一進一退を繰り返す。そういったところが読ませるポイント。
NHKラジオのテキストでの連載、7月号はこれで書こうかと思っている。それだけでなく、今学期の授業も、まずはこの問題から入っていこう。
で、タイトルの「定冠詞の不在」というのは、この小説の原題のこと。
Habana año cero
La Habana ではなく Habana だ。定冠詞がついていないのだ。それもまた意味深。訳者の久野さんはこの小説で重要なポイントのひとつは3という数字なので、三語にこだわったのではないか、との見解。
写真はイメージ。黒胡椒たっぷりだからこその alla carbonara 。うまそう。自画自賛。