ベネズエラのウーゴ・チャベスが死んだ。
親チャベスでなければ反チャベスと見なされるような二元論がいやで、あまりチャベスに関することは話したくない。
チャベスは反米勢力の旗手と見なされていた。それは間違いない。貧困層に手厚い政策で支持を得ていた。それも間違いない。USAの後ろ盾を受けた新自由主義勢力から反発を浴び、政権を転覆させられたことがある。というのも、部分的には正しい。ではどちらにつくか、……という話になるのがおかしい。
チャベスがいったんクー・デタに倒れた2002年ころ、中産階級の一部がとてつもない恐怖に支配されていたということだけは、知っておいていいと思う。下に向けての平準化が行われ、つまり自分たちも貧民層になるのではないか、との強い恐れだ。
ぼくらが今、経験しようとしていることは、おそらく、同種の恐れだ。貧民層に没落していくのじゃないかとの中産階級の恐れ。グローバル化がもたらすものと反対勢力がもたらすものが同じ恐れだとしたら、行き場がない。
もちろん、没落した先で手厚くもてなされるか切り捨てられるかの違いがそこにはあるだろう。そう考えると、将来どちらを支持すべきかは明らかかもしれない。が、落ちていく者の恐怖はすべての思考を鈍らせる。皆怖がっている。ぼくも、何だか怖い。