僕はわりと映画を観るのは映画館でなくともかまわないというタイプではある。もちろん、劇場のサウンド・システムでなければ十全に体験できない映像もあることはわかっているけれども。
で、ともかく、そんなタイプなので見損なった作品などは家でDVDやネット配信で観ることもある。1日の夜は1年ほど前に公開された際に観られなかった次の作品を観た。
パブロ・ソラルス『家へ帰ろう』(アルゼンチン、スペイン、2017)
引退して家を手放して娘たちに売らせ老人ホームに入ることになった仕立屋の老人アブラハム(ミゲル・アンヘル・ソラ)が、命の恩人との約束を果たしにポーランドのウッチに戻る話。つまりアブラハムはアウシュヴィッツを生き延びたユダヤ人で、だからポーランドに行くのにも決してその名を口にしようとしないし、マドリードから陸路行くことになった時には、ドイツを通過したくないと駄々をこねる。
ロードムーヴィーなので、途中、いろいろなことが起こる。それが楽しい。仕立屋らしく、アブラハムの着ている服がしゃれている。ふた組のスーツだけ(青いストライプの三つ揃いとサーモンピンクのツーピース。アスコット・タイにハンチング)なのだが、いずれも、良い。監督は演劇畑の出身らしく、アブラハムと娘たちの関係を『リヤ王』のエピソードそのままに描いているなど、悪くない。
ナチスに収容されていた人物だけあって、アブラハムの前腕部には番号が刺青してあるのだが、たった三語(Yo te quiero つまり「愛してる」)が言えなかったために家を追い出され、マドリードに住む娘クラウディア(ナタリア・ベルベケ)の腕にも同じ数字が(たぶん)刺青してあった。そこがこの映画の『リヤ王』への応答。親子関係が『リヤ王』に基づくことはエンド・クレジットにも明記してある。アウシュヴィッツの収容者たちが腕に番号を刺青されたことについてはエドゥアルド・ハルフォンに「ポーランドのボクサー」という短篇小説がある。
冒頭の孫とのやりとりがいい。
冒頭の孫とのやりとりがいい。
撮影時には気づかなかったけど、不思議な生き物がいる写真。