2011年9月6日火曜日

はっとする午後1時

ロマン・ポランスキー『ゴーストライター』(フランス、ドイツ、イギリス、2010)

ポランスキーの映画にはたいてい原作がある。『ローズマリーのあかちゃん』も『テス』も『死と処女』も『戦場のピアニスト』も……『チャイナタウン』は違うのか? 実際、『テス』あたりからポランスキーをそれとして認識した人間としては、原作を読まずに観るのもどうかと思ったのだけど、原作のロバート・ハリスをぼくは『羊たちの沈黙』のトマス・ハリスと勘違いして、あれの原作は映画への色目が目に余るものがあってだめだったとの意識がよみがえってきて、まあ今回は映画だけでいいや、と思った次第。もちろん、ロバートとトマスは別人だ。

元イギリス首相アダム・ラング(ピアース・ブロスナン)の回顧録を書くことになったゴーストライター(ユアン・マグレガー)が、USAマサチューセッツ州の島マーサズ・ヴィンヤード(ただし、ポランスキーは合衆国には入国できないので、他の場所でロケ)の別荘にこもることになる。前任者は首相の右腕だったのだが、不審な事故死をしたというこの仕事、引き受けた瞬間から、主人公は荷物を奪われ、ラングにはスキャンダルが巻き起こり、その妻ルース(オリヴィア・ウィリアムズ)は夫と秘書アメリア(キム・キャトラル)との関係を疑っているわで、不穏な空気たっぷりだ。

巻き起こったスキャンダルというのは、おそらく、実際にあった、無実の英国籍のパキスタン系の青年たちが9・11以後のテロ警戒網にひっかかって捕まり、拷問を受けたという事件にヒントを得たものが発端。実際の事件で拷問が行われた場所がキューバのグワンタナモ基地。『グアンタナモ、僕達が見た真実』という映画にもなっているし、関連の書籍などもある。だが、この映画では、特にそれが大きな問題ではない。ともかく、この問題に端を発して、ラングがCIAの工作員に操られ、その意向を受け、繰り出すことごとくの政策をCIA、つまり合衆国追随型のものにし、それによって不当な戦争を起こした罪があるのではないかと、国際司法裁判所に告訴されるという話。主人公は、前任者がラングとCIAの癒着の証拠を握っていたのではないかと思い至り、発見したいくつかの証拠をたぐって真相を探ろうとする、という話。

名人技と言っていい語り口で、前半の実に雰囲気のある語り口と後半のスピーディーな展開を同居させ、飽きさせない。うまいな、と思う。さすがはポランスキーだ。この映画を何よりも面白くしているのはピアース・ブロスナン。かりにも元ジェームス・ボンドなのに、今回はスパイに操られて傀儡に成り下がってもしかたがないかと思わせる政治音痴な馬鹿なオヤジぶりを発揮してすばらしい。はじめて主人公と出会うのは、専用ジェットでマサチューセッツの空港に降り立ったときなのだが、そのとき、いかにも外遊先についた国家元首といった風情であたりを睥睨して手を振ろうとして我に返ってやめる、その仕草が、滑稽ですばらしい。この仕草は、わずかに違うしかたで、後半のクライマックスにもう一度繰り返されるのだが、こうした作りが心憎いのだ。

映画が始まる前に見たスチール写真の1枚に、ベッドに入ってこちらを見つめるオリヴィア・ウィリアムズを写したものがある。一目見たとき、ぼくはこの女性がシャーロット・ランプリングかと思ってはっとした。ランプリングにしてはとても若かったので、思い直した。

ぼくはシャーロット・ランプリングを見ると、はっとしないではいられないのだ。