2011年9月2日金曜日

暗闇にすすり泣く声

『ベルナルダ・アルバの家』はぼくが読んだ最初のガルシア=ロルカの戯曲だ……と書いて思い出した! 2番目だった。でも、少なくとも一部、原文と対照した最初の戯曲だ。大学1年のときの教科書に、最後の部分が載っていたのだ。

フェデリコ・ガルシア=ロルカ『ベルナルダ・アルバの家』長谷トオル演出、神田晋一郎音楽、ウンプテンプカンパニー@シアターχ。

スペイン的対面感情とキリスト教的純潔概念、それに抑圧的な母が支配する女だけの家(父親が死んだばかり)の中で、その母と使用人ふたりに娘五人が繰り広げる葛藤の心理劇だ。『血の婚礼』のように悲劇のクライマックスで詩を多用するわけではないし、音楽的素材もふんだんなものではないけれども、いくつか出てくる歌や効果音をモチーフとした音楽(第8回公演『血の婚礼』のときと同様、神田晋一郎の)をつけ、生演奏でシンクロさせた音楽劇。

ストーリーはいたって簡単だ。五人の娘のうち、種違いの長女アングスティアス(中川安奈)がペペ・エル・ロマーノという男(一度も舞台には登場しない)と婚約するのだが、次女のマグダレーナ(こいけけいこ)はアングスティアスに嫉妬して快く思っていないし、四女のマルティリオ(森勢ちひろ)はペペに横恋慕、そしてペペは現実には末娘アデーラ(薬師寺尚子)に恋しているようで……そういった人間関係がカタストロフを招く、というもの。

ベルナルダが娘たちの上にしかける専政以外に、アングスティアス×マグダレーナ、マルティリオ×アデーラ、アデーラ×アングスティアスという娘たちの間の対立軸があって、それも劇の駆動力となる。今回出色はベルナルダ役の新井純(『血の婚礼』では母親役をやっていた)で、鬼気迫る演技であったけれども、それに負けずにこの娘たちの対立が表現されていたので、つまりは娘たちもたいしたものなのだと思う。

娘たちの対立を際立たせるのに役立てようとの演出なのだろう。4人の性格づけのために、たとえばマルティリオの背中に瘤を作り(原作にそうした指摘はなかったように思うが……調べておこう)、マグダレーナをとても背の高い女性に演じさせたりしている。こいけけいこはプロフィールによれば182cm。比較的長身の中川安奈よりもなお頭半分高く、水際立っていた。それが実によかった。

舞台は壁をあらわす紗の布が三方にかかっているという作り。ひとつ屋根の下で2人の女が同時にひとりの男と関係を持つという話だ。家には壁がいくつもあり、部屋があるのだから、見えないといえば見えないけれども、やがてはばれる。その見えそうで見えない緊張状態をうまく表象した作りだと思う。最終幕でその布に浮かび上がった模様が、怪しげで何ともよい。

ベルナルダのセリフで劇が終わり、照明が落ち、音楽が鐘の音をモチーフとしたテーマの最後のバリエーションを弾いている間、最後のシーンで泣いていた4人の娘たちのうちの誰かがまだすすり泣く声が聞こえた。つまり、役者のうち少なくともひとりは本当に泣いていたということ。そんな細部が、劇場で観ることの楽しみのひとつ。

『血の婚礼』の舞台がDVDになって、2000円で売られていた。買った。