ちょっと前にラモン・デル・バリェ=インクラン『夏のソナタ』吉田彩子訳、西和書林、1986を手に取り、奥付のあたりを眺めていたら、吉田さんがフアン・バレーラ『ペピータ・ヒメネス』を訳したと書いてあった。
知らなかった。1874年刊、19世紀スペインの代表的書簡体恋愛小説のこの作品が日本語に翻訳されているなんて!
探したらすぐに見つかった。
フアン・バレーラとボルヘスが、しかも「キリスト教文学の世界」(「キリスト教世界の文学」ではなく)というシリーズの一環として出版されていたなんて。吉田彩子訳の『ペピータ・ヒメネス』と、鼓直訳の『伝奇集』。しかも、この『伝奇集』の解説を田中小実昌が書いているのだ!
これはもう「解剖台の上でミシンとこうもり傘が出会う」くらいの驚異ではないか?
神学生ルイス・デ・バルガスがおじの司祭に宛てて送った、寡婦ペピータへの思いからなる手紙と、その後の顛末を語った補遺からなる、いかにもな19世紀恋愛小説だ。神学生はやたらと恋をするのだ。
第一通の3月22日は、久しぶりに故郷に帰ってきたルイスの感慨から始まる。
ここを離れたのはほんの子供の頃で、今大人になって帰ってきてみると、記憶の中にあった様々なものがとても奇妙な感じです。すべてが私が覚えていたより小さく、ずっとずっと小さく、しかし又はるかに美しく、みえます。(20ページ)
恋愛は久しぶりに故郷に帰ってきたもののこうした眼差しによって可能になる。ホルヘ・イサークス『マリーア』(1867)がそうだった。新たな目で眺め返された故郷に美しいあの人が現れるのだ。