2010年12月24日金曜日

小説とは情報だ。あるいはサツマイモで世界を考える

村上春樹や島田雅彦も言っているように、小説とは情報だ。プロットとは別個に、どれだけ考えさせられる情報が詰まっているかが問題だ。優れた小説はちょっと読んだだけでいろいろなことを考えさせられる。

原書には目を通していたし、映画化作品も見ている(順序は逆だが)、何より来年、授業で読もうと思っているので、今すぐに読む必要もなかったのだが、バルガス=リョサ『チボの狂宴』をパラパラとめくってみる。やっぱり面白いんだよな。いろいろと考えさせられる。

……緋色の花弁と黄金色(ルビ:こがねいろ)のめしべをつけたハイビスカス(ルビ:カイエナ)、別名“キリストの血(ルビ:サングレ・デ・クリスト)”の花を見つけるのは気分がよいものだ。(14ページ)

の一文を見つける。メキシコではハイビスカスはjamaica(ジャマイカ。ただしスペイン語風にハマイカと発音)だ。少なくともハイビスカス・ティーは té de jamaica (ジャマイカ茶)。ジャマイカの向こう、ドミニカ共和国ではカイェナ(つまり、カイエンヌ。もっと向こうだ)と言うのだろうか? と立ち止まる。

内地でサツマイモと呼ばれるものは、サツマ、つまり鹿児島ではカライモと呼ばれる。カラとは唐のこと、として「海南の道」の交易を辿った柳田国男が思い出されるところ。

サツマイモと言えば、メキシコではcamote、キューバではboniato、スペインではbatata……などという語法を辿りながらヨーロッパとアメリカの植民の歴史に違う光を当てたのは、まさにドミニカ共和国の作家ペドロ・エンリケス=ウレーニャだった。

ジャガイモがヨーロッパに根づくのは意外に最近のこと。18世紀だ。一方、サツマイモはもっと早くにもたらされた。コロンブスその人が第一回目の航海から持ち帰ったともされている。で、ジャガイモpapaがヨーロッパにもたらされたときにサツマイモbatataの影響を受け、patata(英:potato)と語が変形した。一方でサツマイモは、アメリカからヨーロッパにもたらされたものの、原産はアメリカとは特定されず、オセアニアや中国などにはあったとされるが、でもフィリピンにはスペインが、日本にはポルトガルが持ち込み、……と考察を展開している。(Pedro Hinríquez Ureña, Para la historia de los indigenismos , Buenos Aires, Instituto de Filología, Universidad de Buenos Aires, 1938

サツマイモという言語がアンティール諸島と日本のアンティール(南西諸島。ハイビスカスの島々だ)との広がりと交易をともに知る手がかりとなるというこの一致、興味深くはないか? ぼくはもう10年くらい前にそう発想して、何か書きたいと考えていたのだけどな、うまく実を結んでいないな……ということをバルガス=リョサの小説から思い出したのだった。

でも、それとは別個に、このエンリケス=ウレーニャのような人の翻訳なんかもたくさんあれば、ぼくの授業も楽になるのだけどな。