2010年12月16日木曜日

オマージュへのオマージュ

ふっふっふっ、この話、面白いじゃないか。

そうか。やはり早くも気づいてしまったか。そりゃあそうだろう。本人だかなら。

種明かしをしよう。あの小説をくだんの若手俳優の作品としてリライトさせ、彼の名で発表させたのは私だ。つまり私が山田洋一だ。

何しろ盗作を主張しているこの人物は私の教え子だ。彼の書いた小説なら、たいていは持っている。彼は新人賞に応募する前に私に必ず原稿を持ってきて、意見を求めるのだ。私はそれを読み、彼自身のオリジナルは落選したけれどもリライトしたら良くなりそうだという作品があれば、時々、別の売れない作家志望の人物に売ったりしていた。私はいわばそういう裏の作家エージェントのような仕事をしているのだ。大学教師というのは世を忍ぶ仮の姿だ。

ちょうど、この人物の書いた小説『UTSUTSU』の落選の事実を知ったころ、その若手俳優の妻である人気歌手から夫が小説家になりたがっているという話を聞いた。私とその若手俳優の妻がなぜ知り合いなのか、どのような知り合いなのかは聞かないでほしい。大人の事情というものがある。私から口に出して言えることは、その若手俳優の妻こと人気歌手の、私はファンだということ、そして、私が彼女の中で気に入っているのは、その透明な歌声と、同じくらい透明な上腕部の柔らかい筋肉の肌触りだということくらいだ。

ともかく、私はその妻から話を聞き、P社の編集者にその話を持ちかけた。私は本名でP社から翻訳を2冊ほど出している。そのときの担当編集者に話したというわけだ。担当氏は今回の新人賞にも関わっている。『UTSUTSU』をリライトし、タイトルを変えて、その若手俳優の作品として例の賞をあげるというのはどうだろう、と。話題になるかもしれない、と。

「『1Q84』方式というやつですね?」編集者は電話の向こうでニヤリとした。
「『空気さなぎ』方式のように思えるかもしれないが、少しねじれがある」私は電話のこちら側で眉をひそめた。「私の教え子の名はふかえりの名と違って、いっさい表に出ないのだから」
「なるほど。失礼。でもともかく、面白いですね」
「だろ?」
「ひとつ賭けてみますか」

そんなわけで『UTSUTSU』は『MABOROSHI』と名を変えて世に出ることになったのだよ。許してくれ。確かに、若手俳優が賞金を返上すると言ったのは彼のスタンドプレーで計算外だった。本当は賞金の1割を、「原作者」として君にあげることになっていたのだけどね。それができなくて君は怒るかもしれない。だが、若手俳優は今度は印税を私の故郷に寄付すると言った(これでこの寄付の理由がわかっただろう? 私がかんでいるのだよ)。つまりは、先日の水害で被害を受けた私の実家に寄付するのだ。その金で実家を修復したら、残りを君に全額やろう。それで手を打ってはくれないか?