『早稲田文学』2015年冬号にはエドゥアルド・ハルフォン「遠い」(松本健二訳)とベルナルド・アチャガ「アコーディオン弾きの息子」抄訳(金子奈美訳)が掲載されている。
「アコーディオン弾きの息子」は、作者の本名と同じ名の作家が、50で死んでしまった友人(アメリカ合衆国に移住し、しかし、妻に古い言語と言われるバスク語で回想録を書いた)の回想録を基に本を書こうとする話だ。ハルフォンの「遠い」は文学教師が、詩を書く教え子と交流を持つのだが、その教え子が大学をやめてしまい、その理由を尋ねにはるか田舎まで旅をする話。その学生はカクチケル語の話者でもある。
多言語状況というか、間文化性というか、そうした状況の中で書く言語を選択する人がいることをオートフィクションとして示しているという意味で、この2作品は、現代文学(スペインとかグワテマラとか、個別の一国に限らず)のあるひとつの方向を示している。
とろこで、ハルフォンの短編には授業の内容も少し書かれていて、同僚がどんな授業をするのかが常に気になる僕にとっては、そういうのぞき見趣味(? 研究熱心、と言ってもらいたい)をも満足させるものだ。
教師と学生との教室での関係というのはまた、ひとつの頻出するトピックで、その観点からも人を惹きつけるところ。