2012年12月26日水曜日

25年前の自分に涙す


大学1年のころ読んでいた本の話など書いていただきたい、との依頼が来た。いいのかな? フーコーとか、サルトルとか、そんなの読んでいたけれども、そんな小難しいのを今どきの大学1年生に薦めていいのかな? などと思いながら昔のノートを見た。

高校時代の日記は、あまりにも直情的で恥ずかしく、あるとき、捨ててしまった。しばらく間が空き、大学2年の冬休みのころからのノートはすべて取ってある。この年、サルトル『奇妙な戦争』海老坂武訳(人文書院、1985)にほだされ、読書記録も日記も授業の記録も何もかも一緒くたにしたノートを作ることにした。それ以後のノートが手もとにあるということだ。正確には、それをPDFファイルにしてあるのだが。

読み返してみると、いろいろな発見がある。

1985年度、スペイン語学科(当時)の留年者は1、2年合わせて34人も出た!

この事実などは、留年のオブセッションに悩む現役の学生たちに伝えてあげたいな。がんばれ、悩んでいるのは君たちだけではない! ……あ、ぼくは別に、悩んでいたわけでなく、ただ、ある先生に教えていただいたと書いてあるだけなんだけど。そしてまた、君も危なかったと言われたと書いてあるのだが……

2つめの発見:ぼくは意外と真面目に授業のための本を読んでいる。授業のレポートを書くための、ということだが。行沢建三『国際経済学序説』、同『世界貿易論』とかカール・ポランニー『大転換』とか、フランク『世界資本主義とラテンアメリカ』とか……そんなのを読んで、引用して、コメントして、レポートに備えている(「早起きして図書館に出向き、『大転換』の続きを読む」なんて状況説明の一文なんかも)。そうしてできたレポートがどんなものだったかは、さっぱり覚えていないのだが。

読んだことも忘れているし、当然のことながら中身も覚えていない本もある。タデウシュ・コンヴィツキ『ポーランド・コンプレックス』とか。あるいはこんな記述もある:

グスターボ・アドルフォ・ベッケルの短編「宿屋『猫』」を読んで僕が想起したのはプーシキンの『スペードの女王』、トーマス・マンの『幸福』である。(1986年3月3日、月曜日)

うーむ。どれも想起しないな。ベッケルの短編もぜんぜん覚えていないな。

でもともかく、ぼくはいろいろな本を読み、精一杯背伸びしてコメントしているのだった。

けれども、そんな知的な生活よりも、やはり日記を読むのは辛い。誰と何があっただの、誰にどんな思いを抱いていただの、そんなことがまざまざと思い出されるのだ。