2022年1月1日土曜日

加計呂麻島で年越し

年末年始になると僕は常に、自分が故郷に根付いていないなと思う。幼なじみたちは正月になると「さんごん」(三献)と呼ばれる二つの吸い物と刺身のセットと豚骨の煮物で正月を祝うと言っている者も多いのだが、そういう儀式など僕はずっと無縁だ(加計呂麻島の向かい、古仁屋の出身の藤井太洋さんがさんごんの写真をツイッターに上げていた)。かといっておせち料理を準備したり食べたりという習慣もない。いつもと同じ昨日と今日なのだ。


昨日は、すでにアップしたとおり、加計呂麻島に移住した人のドキュメンタリーを観たのだから、もう少し加計呂麻島に没頭してみようかという気になった。


NHK北海道で(僕が映画を観ているころに)放送された「奄美・アイヌ——北と南の唄が出会うとき」このリンクか、もしくは、このリンク)。NHK+ で観ることができた。ここには朝崎郁恵が出演していて、まずOKIをはじめとするアイヌの人びとが彼女の故郷・加計呂麻島を、そして次に朝崎が旭川を訪れ、それぞれの土地の声を聞きながらそれぞれの唄を歌い、かつセッションするという形式のドキュメンタリーだから、つまり、加計呂麻島なのだ。



島唄とアイヌの唄のコラボレーションについては『アイヌと奄美』(SPACE SHOWER, 2019という五枚組のCDセットがある(写真)。付属のブックレットの朝崎の証言によれば、2003年、奄美パークで開かれた「神唄祭り」にアイヌの安東ウメ子(2004年没)が参加したことがきっかけになっているという。CDはアイヌの唄2枚、奄美の唄2枚で、五枚目がコラボレーションという形になっている。


しかし、こうして映像で実際の演者たちがセッションしているのを観るとやはりCDで別々に聴くよりふたつの近さが説得力をもって伝わるものである。


そして、昨日の予告どおりアレクサンドル・ソクーロフ『ドルチェ——優しく』(日本、ロシア、1999を続けて観たのだった。


島尾ミホが母について、父について、夫について、そして娘マヤについて独白し、それに最低限の演出と補助的な映像を編集したあまり長くない一篇。ささやくように、時に母に語りかけながら、時には本当に独白のように人生を振り返る島尾ミホひとりで(マヤが出てくるけれども)持たせるのだから、つくづくすごい映画なのだ。すごい人なのだ、島尾ミホは。再見(あるいは3度目だったか?)ながら、たとえばミホがマヤを呼ぶときのその調子に驚いたりする。


(本当はその前に、同じくNHK+ でクイーンの1986年ウェンブリー・スタジアムのコンサートというのを観ながら夕食を摂ったので、完全に加計呂麻島に浸ったわけではないのだけど)