いとうせいこう『どんぶらこ』(河出書房新社、2017)
これの書評をあるところに書いた。原稿は今し方送付したばかりなので、まだ読めない。
書評というのは常にそうしたものだが、分量が短い、この小説についてはもっと言いたいぞと思うことしばしばであった。
肝心の書評が活字になるのはまだ先の話なので、あまり本質的なことは書けない。重複のないように、でも言えなかったことを言うにはどうすればいいか?
僕はメモ(カード)を取っていたのだった。で、ともかく、まったく書評に使わなかったカードの中から、いくつか面白いものをあげておこう。引用とその説明だけだ。ここから作品の面白さを想像していただきたい。
1) 書誌情報
いとうせいこう 2017:『どんぶらこ』(河出書房新社) 研究室蔵
「どんぶらこ」7-90 初出:『文藝』2016年春号
「蛾」91-158 初出:『三田文学』2014年春季号
「犬小屋」159-234 初出:『三田文学』2014年夏季号
掲載順に注意。冒頭の「どんぶらこ」が最後に書かれている。
2) 自殺を看取る
這って移動してきた母は、救急車を呼べと私のすねを叩いたが、私は(自殺した父が:引用者注)しっかり死んでからだと思った。もし中途半端に生き延びてしまったら、私たち全員の明日がないのだった。三人とも生活保護を受けることは確実で、それは近所の手前、絶対あってはならないことだった。なんとかそこを食い止めるためにこそ、私はアルバイトに追われていた。父もそのために縄をなったはずだった。(72)
3) 不老不死
「Sちゃん」の父。「自分が不老不死かと思うぞやい。不老不死ちゅっても衰えちまって動けねえで点滴の針を腕に入れられてベッドへ横になって、トイレへ生きたくても動くと怒られて磔にあったようでどうしようもねえだよ。(86)
(略)こんな不老不死なら要らねえさ、俺は要らねえだよ、Sちゃん、人間は簡単に絶滅出来ねえだぞ、苦しみの時間は長(ルビ:なげ)えで、お前一代の言葉なんかじゃ届かねえほどあるで、ほいで、そのうちお前も必ずこうなるだでな、(略 86)これはお前だで。(87)
この逆説!
4) 魂の永続
作業場での会話の前日。お盆でその地方の習慣に従い、藁束を燃やしながらゲント伯父が言ったこと。
「(略)将来Sちゃに息子でも娘でも出来りゃあ、ここへ帰(ルビ:けえ)って来てもれえてえだが。あめさんの孫にもひ孫にも、生まれてこねえ子供にだって帰って来てもらいてえと俺は思う」
「生まれてこなくても?」
「そりゃそうせ。血はつながってるだで。伯父さんの焚いた火を見て、うちへもう来てるかもしれねえぞやい。Sちゃのずっとあとのホトケサマが、ぞろぞろと」(152 太字下線は原文の傍点)
5) 来ました
トランスジェンダーの美術家サナさんが「私」とともに「私」の母方の伯母の戦死した夫の名が刻まれた戦没者の碑の前で言ったすてきなひと言。
そして事情を知りもしないのに、来ましたよと言った。空の上にカモメのような白い鳥が飛んでいた。私はサナさんを真似て座り込み、両肘をアスファルトにつけて胸の前で十字を切った。来ましたよ、と私も心の中で言った。だからなんだ、今頃になってと遠くから責められれば答えようはなかった。目を閉じた。鳥が悲鳴のような声をあげる中、風がゆるやかに吹いていた。(136)
どうだい? 面白そうだろう?
読もうよ。