
ぼくは『ラテンアメリカ主義のレトリック』あとがきで書いた、その本には入れることのできなかった研究などの紹介をした。グローバル化による国民国家の変質に対抗するように、国家と草の根の両方からロジックの変化に対する挑戦が現れてきた、そうした認識を扱ったいくつかの研究者の態度を紹介した次第。時代が変われば認識が変わるのだ、という話。
そして休みなしの授業の日々が始まる……
今日は、授業であまり聴けなかったが、大学では「人類学的思考の沃野:追悼 山口昌男」というシンポジウムが行われていた。4限が早く終わったので30分だけ、青木保の基調講演を聴いた。
ぼくが大学に入ったころ、既に山口昌男はよく知られた人物で、ぼくも彼がAA研の所属で、授業などは持っていないのだということを知り、入学後、少なからず失望したような記憶がある。ある晩、都電荒川線西ヶ原四丁目の停留所(つまり、当時の外語の最寄り)近辺を歩いていると、酔っぱらいの中年代性の集団がいて、中のひとりが大声で「山口さん! 山口さん!」と呼び止めていた。見てみると山口昌男がふらふらとあらぬ方向に歩いていこうとしていたのだった。
山口昌男は酔ってふらふらと軽い歩みを見せる。それがまたよく似合う人であった。