2024年1月2日火曜日

ジョン・レギサモにいろいろ教えてもらった元日

ガルシア=マルケス『百年の孤独』を息子ロドリゴの監督によって映像化しているというから、いつかはそれが発表される先のNetflixに登録せねばと思っていたのだが、思い立って切りのいいところで11日に登録してみた。


過去の映画作品に関してはあまり期待できないようである。それはまあいい。それで最初に観たのはララインの『伯爵』でも『サンクチュアリ』でもなく、これ:


John Leguizamo’s Latin History for Morons 『ジョン・レグイザモのサルでもわかる中南米の歴史』


ボゴタ生まれで合衆国で俳優として渋いバイプレーヤーぶりを発揮しているレギサモ(僕はあくまでもレギサモと表記する)自身が脚本を書いて演じたひとり芝居。ラティーノでありユダヤ人を妻に持つ(という設定なのか本当のことなのかは知らない)レギサモが、「自分にとっての英雄について調べなさい」という宿題に悩む息子に応える形でコロンブス以後の歴史を振り返る。


ひとり芝居というよりはスタンダップ・コメディのように彼が繰り出す冗談の多くは理解できなかった(文化的背景の違いだろう)し、理解できた(と思った)にしても笑えないようなものもあるにはあったが、ともかく、そんな冗談で(多くはラティーノらしい)観客を笑わせ、盛り上げ、最後はラティーノの誇りに訴えかける演技はさすがであった。


エドワルド・ガレアーノ『ラテンアメリカの切開された血脈』(邦題『収奪された大地』大久保光夫訳、藤原書店)チャールズ・マン『1491』(布施由紀子訳、NHK出版)を必読書としてあげて歴史観の転換後の南北両アメリカの歴史を征服された者の視点から語る。さらには独立戦争や南北戦争にもラティーノの兵士や将校がいたこと、1930年のRepatriation (母国送還)の横暴、現在の人口比の割りにサバルタンな位置づけにならされているラティーノの現状などを訴えていく。


つまりは、タイトルにいうLatin History とはラテンアメリカの歴史でもありLatino History でもあるという内容。ある一視点からの南北両アメリカAmericas / Américas の歴史ということ。セサル・チャベス(英雄候補のひとりとして何度か名が挙げられる)の表記もまともにできない字幕翻訳者を産みだしてよしとしている日本のアメリカ合衆国派の人々は観ておいていい。ちなみにセサル・チャベスというのはラティーノの人権運動家で、UCLA のチカーノ研究学科はその名前を冠している。


気になったことをひとつ。レギサモはこの中でコロンブスがアメリカに梅毒を持ちこんだと断言している。一般に信じられている俗説ではコロンブスがアメリカからヨーロッパに持ち帰ったのが梅毒だという説だ。1495年にバルセローナで、ついでナポリで流行したからだ。


1993130日の『朝日新聞』は、アイルランドで梅毒菌におかされた人の人骨が発見され、それがコロンブスより以前のものだったので、梅毒のアメリカ起源説が覆されるのではないかと報じた。その後の成り行きはちゃんと追っていないが、そもそも、それ以前、ウィリアム・マクニール『疫病と世界史』(佐々木昭夫訳、中公文庫版)には「梅毒だけはアメリカのインディオから来たと信じる人がまだいるが、これも疑問である」(下、81)と述べていることだし、ともかく、梅毒のアメリカ起源説は否定されたものだと思っていた。ところが、最近、『日本大百科事典』や『世界大百科事典』の記述はこのアメリカ起源説を支持しているのを知って驚き、不審に思っていたところだったのだ。


そこへ、このレギサモの断言があったので、安心したというか、新鮮に感じた次第。実際、それは病気なのだから、いずれにしろやはりマクニールの言うように「新旧両世界間の感染症の全面的交換」が問題なのだから、コロンブスが持ち帰ったものはコロンブスが持ちこんだものでもあると考えるのが妥当だろうし、それでいいのだと納得した次第……という気になって念のためにWikipediaを引いたら、その英語版(日本語版は相変わらずだ)では「2020年に古生物病理学を代表する一団の研究者たちが、トレポニーム(スピロヘータなど)性の疫病――ということは梅毒を含むことはほぼ間違いない――がコロンブスの航海以前からヨーロッパに存在したこと示す証拠が採集された」と、ベイカー他の論文を根拠に断言されていた。


うむ。やはり、レギサモの見解の方がより新しいのであった。見直した次第。


もちろん、1年近く前に買ったこのAnker Nebula Capsule II で鑑賞。いい感じ。