ウォルター・サレス『オン・ザ・ロード』(フランス、ブラジル、2012)
うーん、ヴァルテル・サレスでなくていいのか?
まあいい。ケルアックの小説に書かれていなくて、この映画に取り込まれた点は、サル・パラダイス(サム・ライリー)ことケルアックが、ディーン・モリアーティ(ギャレット・ヘドランド)ことニール・キャサディとの旅のことを書く存在である点が強調されていることだ。旅の途中サルはひたすら書いている。メモ帳もそれを買い足す金もなくなると、紙を拾ってそこに書きつける。ただひたすらに書きつけるのだ。
ただし、彼がそれをいざ小説にまとめようと思うと、タイプライターを前に書きあぐね、ただの一行も書けなかったりする。本を取り出し、ノートを見、そしてまた必要性を感じてメキシコに旅立ったりする。ノートを見ることが文章をまとめるのに役立たず、むしろ新たな旅を誘う。新たな取材へといざなう。
しかして、いざサルが霊感を得て書きだしたとき、それまでに体験した言葉がステレオ放送のように左右から前後から聞こえてきて、キーパンチングの音と溶け合ってひとつの音楽を構成する。やがて現実にBGMが流れてくる。この音楽=テクストの誕生の瞬間が貴重だ。
ぼくたちは誰も本を読むとき、文章を書くとき、頭の中に音楽を流す。が、内的な音楽はぼくたちの経験の音楽に過ぎない。ぼくたちの経験を凌駕する音楽を、外から与えてくれたら、ぼくらはそれに驚き、感動する。
帰りの電車の中で読み終わったのは、フアン・ホセ・サエール『孤児』寺尾隆吉訳(水声社、2013)。ぼくの中には読書中、ぼくだけの音楽が流れる。『孤児』は人喰いの話だ。人喰いについてはぼくは特別な音楽を持っている。だが、それを語り始めると長くなる。だから今は語りたくない。