2011年10月10日月曜日

本来の体育の日の今日、家に籠もって本を読む。


昨日、「先行するテクスト」とそれとの出会いのことを触れた。それについて、もう一言。

2、3回前の書き込みでパラグラフ・ライティングの話をしながら、「闘牛」についての原稿を例に出した。

実は、実際に闘牛について書かねばならないのだが、そこに伊丹十三が闘牛を「田舎くさい」と評したと引用した。

かなり鮮明なものとはいえ、記憶に基づく引用だった。学術論文は情報源を明らかにしながら論を進めるものだ。だから学術論文ならば記憶に基づく引用など許されない。けれども、これはいわゆる啓蒙書だし、注はつけないとしているから、いいか、とも思った。それでもさすがはふだんのオブセッションから自由になるのが難しい。ちゃんとどこからの引用なのか、文言が正しいのか、確認しなければ気が済まなくなった。

ところが、わが家に伊丹十三の本など置いていない。で、近場で一番大きな本屋に行ってきた(ついでながら、『ブエノスアイレス食堂』、平積みにされていた。おお。感動だ。みんな、買っとくれ)。問題の文章は、確認された。

伊丹十三『ヨーロッパ退屈日記』(新潮文庫、2010〔原書は1965〕)。ここの48ページにこうあるのだ。

闘牛を見る。おそろしく田舎臭い見世物だった。

ちなみに、この『ヨーロッパ日記』、ニコラス・レイ監督『北京の55日』(1963)をマドリードで撮影するために、スペインを始めイギリス、フランス、イタリアなどに行った、そのときの記録である。

そういえば映画についての原稿も書かなければならないのだった。そこであることに触れたいのだが、この伊丹の証言はそのための傍証にもなるかもしれない。思いがけない出会いで、自分の文章のための「先行するテクスト」がこうして、またひとつ見つかった。ひとつの「先行するテクスト」がふたつの後続のテクストに役立ちそうだ。こうした出会いが、貴重なのだ。

ま、あれとこれを結びつけて、伊丹の文章を自分のテクストのための「先行するテクスト」と指定できるかいなかは、ひとえにこちらの想像力にかかってくるわけだ。この想像力だけに頼って、それを文献検索で補わなくていいと勘違いしているかのようなのが、昨日言った「そうでない発表」をするひとの勘違い。

それはともかく、こんな出会いを求めて学会には行くわけだが、今回、途中の電車で読んでいたのは、ご恵贈いただいた、

野谷文昭編『日本の作家が語る ボルヘスとわたし』(岩波書店、2011)

ボルヘス会の主催になる講演会の記録を1冊の本にまとめたもの。多和田葉子や奥泉光、高橋源一郎ら、作家たちの語るボルヘスが実に面白いのだ。

ここで、星野智幸(「ボルヘスの不可能性と可能性」)は、ボルヘスがオースチンのテキサス大学キャンパス内の溝掘り人夫が英語で話している(英語をそういう階層の人がしゃべっている)ことに驚いたと書いている(『自伝的エッセー』)のを引用している。「現実の世界よりも文学の世界のほうがリアルだと感じるボルヘスらしさが炸裂している」(108ページ)と。

伊丹十三はボルヘスのこの驚きを相対化するようなことを書いている。空港での話。

 わたくしが、白人の下層労働者の姿を肉眼で見たのは、これが初めてであって、彼らのみすぼらしい、無知な様子が、わたくしには、よほど珍しい、不思議な、予知しなかった存在として写ったようである。白人が、あんな雑役をやってるぞ! と心の中に叫んで、わたくしは密かに恥ずかしくなった。これでは、例の、ロンドンでは乞食でさえも英語をしゃべる、という古臭い冗談から一歩も出ていないのではないか。
 自分の心の中のどこかに潜んでいた白人崇拝の念が、わたくしをひどく驚かせたのである。(65ページ)

ちなみに、伊丹十三は日本におけるブニュエル好きの代表格だ。ブニュエルがボルヘスを嫌っていたのは有名な話。星野さんも引用しているとおり、わざわざ自伝に書いている。ぼくはブニュエルもボルヘスも伊丹十三も好きだ。