2014年7月11日金曜日

Donde hay amor hay dolor (愛あるところに痛みあり)

ちょっと前にいただいていたのだった。『中央評論』No.287。『アマディス・デ・ガウラ』福井千春訳の第二回が掲載されている。第一章、アマディスが生まれるところだ。訳あって母の許を離れることになる。貴種流離譚の典型だ。ワクワクの展開。

都甲幸治『狂喜の読み屋』(共和国、2014)もご恵贈いただいた。都甲さんがここ数年いくつかの媒体に書いてきた書評を中心とする文章をまとめたもの。『野生の探偵たち』の書評も、そう言えば、都甲さんが『読売新聞』に書いてくださったのだった。

こうした媒体のみならず、「必修基礎演習ガイドブック」なんて早稲田の教科書に載せたソンタグ『隠喩としての病』を薦める文章なども収められているのだから、都甲さんもちゃんと大学の仕事もしているのね、とわかるのであった。

ジョン・タトゥーロ『ジゴロ・イン・ニューヨーク』(アメリカ合衆国、2013)は、あのジョン・タトゥーロが(『天井桟敷のみだらな人々』以来か?)、ウディ・アレンを配して撮ったウディ風の都会派コメディ(というのか、こういうの?)だ。ちょっとしたきっかけでマレー(アレン)がフィオラヴァンテ(タトゥーロ)をジゴロとして手配することになり、軌道に乗るが、客として導いたさる高名なラビの未亡人アヴィガル(ヴァネッサ・パラディ)との間に恋が芽生えてしまう、という話。

「ウディ風」と書いたけれども、ウディ・アレンはこうは撮らないだろう、と思える箇所もいくつかあって、例えば、ジゴロとして最初の顧客パーカー(シャロン・ストーン)の家に出向いたときの、リヴィングを俯瞰するショットとか、そのガールフレンドのセリマ(ソフィア・ベルガラ)との顔合わせでダンスをするところとか、……こうした場所はクエンティン・タランティーノやコーエン兄弟、スパイク・リーら、タトゥーロを俳優として好んで起用したシネアストらから学んだところか? 


ニューヨークの多言語状況やユダヤ人社会に触れ、ペダンティックな引用も散りばめ、ウディ・アレン以上にウディ風なところもあって、それもまた面白い。初対面のヴァネッサ・パラディに対し、セファルディ(スペインなどに住むディアスポラ・ユダヤ人)だとのウディの噓に合わせ、タトゥーロは "Donde hay amor hay dolor"と言ってみせる。パラディは「ラディーノ語?」と確認。そうだ、と応えたものだから、彼女は「本物だ」と返す。ぼくはラディーノ語は知らないので、それがそうではないと言い切れないのだが、ぼくにはこのセリフは上に書いたスペイン語に聞こえた。笑うべき箇所なのだかそうでないのだか……