2010年10月11日月曜日

Bastan las que por vos tengo lloradas

イルダ・イダルゴ『愛その他の悪霊について』(コスタリカ、コロンビア、2009/オンリー・ハーツ、2010)

『文學界』10月号で田村さと子がそのカルタヘナ映画祭での上映を見ずにその地を後にしたと報告していたガブリエル・ガルシア=マルケス原作の映画化作品。DVDになって発売された。

18世紀のカルタヘナ・デ・ラス・インディアスで貴族の娘シエルバ・マリア(エリサ・トリアナ)が犬に噛まれ、狂犬病の疑いをかけられて修道院に収監され、その後見を預かった若い神父カエタノ・デラウラ(パブロ・デルキ)と恋に落ちるが、狂犬病の嫌疑がかけられていたはずの少女には、いつの間にか悪魔払いが強要され、追い込まれていくというストーリーの、中編というほどの短い作品ながら、様々な方向性の示唆に富む実に豊かな小説が原作。DVDジャケットの宣伝によれば、これを観た原作者は「この作品には原作のエッセンスがある」と言ったとか。

「原作のエッセンス」のひとつは、なんと言ってもカルタヘナの街並み。雨に煙る沿岸地帯のこの街の雰囲気は、湿気でむせかえるようなカリブのそれを確かに伝えていると思う。

カエターノがヴァチカンで図書館つきになることを夢みるビブリオフィルであるところから、この小説では様々な書物への言及、そこからの引用などが散見されるのだが、原作を読んだときにはたいして記憶に残らなかったのに、こうして映像で再現されると改めてその重要さに気づかされたのが、表題に挙げたガルシラソの詩からの引用。「汝のために流せし涙にて充分なり」と旦敬介は雅やかに訳しているが、これを発しながらカエターのがシエルバ・マリアを愛撫するシーンなどは官能的。原作を普通の速さで読んでいたのでは不覚にも気づかなかったな。なるほど涙は官能の表現なのだと、改めて気づかせてくれる。

最初の方で、朗読するカエターノを司祭のドン・トリビオがたしなめるシーンがある。「そんな風に読んだんではアリストテレスが台無しだ」とかなんとか言いながら。これに相当する記述なりシーンなりが原作にあったかどうか、覚えていないが(確かめておこう)、とても印象に残るシーン。これもまたひとつの「原作のエッセンス」だろう。