2009年10月20日火曜日

お仕事

昨日のこと。図書館主宰の連続講演会「読書への誘い」第1回。沓掛良彦氏。

ぼくはこれの係だし、何より沓掛先生はぼくの先生でもある。拝聴し、一献傾け、ふらふらになって起床。今日は法政で非常勤のお仕事。

2009年10月17日土曜日

落とし物ばかり

ジョイス・シャルマン・ブニュエル『サルサ!』(フランス、スペイン、1999)

なんてのを見たのは外語祭が近づいてきたからだ。今年のスペイン語劇は、このフランス映画の舞台をマドリードに移し替えて、脚色して作るとのこと。パンフレットに何か書いてくれと言われ、劇場公開以来ほぼ10年ぶりに見たという次第。

2つほどの名前の邂逅について書いた……いや、まだ書き終わっていない。書く。書けるかなあ? 書きたいなあ。

忘れ物を取りに大学に行ったら(こんなことばかりだ)、就職相談会とかで、1階のフロアをパーティションで切っていろいろな企業が専用ブースを立てていた。こんなことやるんだな。

探していたものが見つかる前に、なくしたと思ったものが見つかった。本来の目的は、あきらめかけたところで、目の端に、あってはならぬ場所にそれがあるのが見えた。何かが狂い始めている……

2009年10月16日金曜日

本に「冊」という単位はない

今朝、いつも通る東八道路が、この数年ではじめてのことだが、殺人的渋滞に見舞われていて、途中で道を変えて大学まで行った。

帰宅してポストに見いだしたのが、

管啓次郎『本は読めないものだから心配するな』(左右社、2009)

ご恵贈いただいたのだ。こんなまるで救いのようなタイトルの本を! そしてすぐに見いだしたのが、表題の1文。「本に「冊」という単位はない」。もちろん、優れているのは、この後。「あらゆる本はあらゆる本へと、あるゆるページはあらゆるページへと、瞬時のうちに連結されてはまた離れることをくりかえしている」(8-9ページ)

これを導く渡辺一夫やヴァルター・ベンヤミン、クロード・レヴィ=ストロースらのエピソードが楽しい。ちなみに、ここに引用されているベンヤミンの読書録の通し番号の話、ぼくはスーザン・ソンタグのベンヤミン論で読んだ。もちろん、この本にこうした情報の後に「(ということをどこかで読んだ)」と書いてあったとしても、それは戦略的レトリックだ。と思う。

2009年10月13日火曜日

第8回

先日、第10回分を送付したと書いたが、入れ替わりに届きました。

『NHKラジオ まいにちスペイン語』2009年11月号。「愉悦の小説案内08」

今回は2回続けて翻訳されたばかりの作品を取り上げた。ロベルト・ボラーニョ『通話』「短編集だけと長編小説のように読む」

『通話』で一番人気は「ジョアンナ・シルヴェストリ」じゃないかと思うのだけど、ぼくは最後の「アン・ムーアの人生」に焦点を当ててみた。

2009年10月12日月曜日

今日も今日とて仕事ずくめ

翻訳を1章、仕上げて送付。NHKの連載の稿を仕上げて送付。第10回を送ったわけで、つまり残りはあと2回。明日の授業の準備もせねばならぬが、もうひとつの仕事のひと区切り、今日中につけられるだろうか?

そんな状況下にいながらも、ちょっとあることのついでにロマン・ポランスキー『ナインスゲート』(1999)なんてのを見て、うむ、やはり原作で火に包まれないところも映画ならば火に包まれなければならないのかと、確信を新たにする。

加藤幹郎はどこかで、映画には水が使われるものだというような趣旨のことを言っていたと思うが(うろ覚え)、水と同時に映画につきものなのは火だ。火に包まれる建物と人を写すことが映画の目的のひとつだ(だから逆に言うと、安易に火で終わらせる小説は映画に媚びを売っているだけの怠惰な作品だ)。

水と火。

うむ。何かを思わせる。何を思わせるかは、また今度。さ、仕事仕事……

帰宅

10日の劇、『ドン・フアン』はコメディア・デラルテ風というのか? の仮面劇。モリエール『ドン・ジュアン』なども盛り込んでいる。アフター・トークで古屋雄一郎さんも言っていたように、ドン・フアンの地獄落ちの処理が鮮やかな作品。モリエール風にスガナレルと名乗った道化役、つまりドン・フアンの付き人が「おれの給料」とつぶやく点も、モリエール。

懇親会。2次会。3次会。何やら不当な非難を受ける激しい集まり。寝たのは3時だった。

近年には珍しく、翌日の研究発表もフルで参加した。静岡県大はすてきな大学だった。UCLAをモデルにしていると見た。規模ははるかに小さいけど。

2009年10月10日土曜日

静岡

9日(金)は、以前書いた、NHKのアナウンサーになったという教え子が、全国版のニュース番組に出ると知らせてきたので、朝も早くからチェック、時間切れで見られないパートはHDDに録画、1限からの授業に出た。ぼたん鍋が食べたくなった。

2限の時間に車を置きに家に戻り、3限の時間は会議(やれやれ)、4限3年ゼミ、5限4年の卒論ゼミ。議論が沸騰した(やれやれー!)。

で、静岡にいる。学会なのだ。日本イスパニヤ学会第55回大会@静岡県大。今回の目玉は静岡県立芸術劇場でのオマール・ポーラス演出『ドン・フアン』の観劇。楽しみ♪

2009年10月4日日曜日

螺旋は人生のようだ

カルロス・サウラ『ゴヤ』(1999)

「螺旋は人生のようだ」というのは、この映画の最初のセリフ。「最もセクシーな画家」(オルテガ)ゴヤを撮った映画はいくつかある。それを全部は見ていないと思うが、それでもやはりサウラのこの映画は特異だろうということはわかる。ゴヤの絵を描こうという意図だけが常に何よりも前にある、そんな映画だ。

ちょっとあるシーンを確認したいだけだったのだけど、結局全編見てしまった。

明日からはフルで授業のある週が始まるというわけだ。まだその覚悟はできていない。

2009年10月3日土曜日

渋谷では落とし物ばかり

2日(金)は渋谷のペルー料理屋《ミラフローレス》。今月末から2年間ボゴタに日本語を教えに行くことになった卒業生を祝って。

落とし物をした。

今日はキューバ映画祭でトマス・グティエレス=アレア『ある官僚の死』(1966)。官僚仕事に対するコミカルな皮肉の効いた作品。スラップスティックの要素も取り入れ、楽しい映画だ。

昨夜の落とし物は無事回収。しかし、代わりに(?)傘を落とした。お気に入りの折りたたみ傘をバッグの横にさしておいたのをいつの間にか雑踏の中で落としてしまったようなのだ。

そろそろ折りたたみ部分の布がくたびれてきていたことは間違いないが、それでもまだなくしたくはなかった。

2009年10月1日木曜日

初日

授業初日。本来、レギュラーの授業はひとコマだけだが、リレー講義のとりまとめ役などで大わらわ。それになんといっても怒濤の訪問客! 休みの間、あるいは留学の間、人に、少なくとも日本語でしゃべれる人に飢えていた人々(?)や将来のことについていろいろな不安や疑問や悩みを抱えた人々など。

明日は3コマ。そして飲み。